黒谷陽炎

生き残れるのか……?

残り十分。長いのか短いのかは、心の持ちようだろう。

俺のつぶやきを耳にした宮野秋雪が、冗談交じりのように笑みを浮かべながら応えた。

宮野秋雪

ま、もし危なくなったらおじさんを盾にするよ

黒谷陽炎

お前、本当に小学生か……?

宮野秋雪

それ、親にも言われたよ

黒谷陽炎

そうかよ

親にまでそう言わしめるのだから、こいつはどんな神経しているのだろうか。この状況下で、人が死んでいるのに、他人の心配が出来る。それは不気味でもあり、心強くもあるのだけれど。

そうして、時間は刻々と過ぎていった。誰の声も聞こえない。悲鳴も、何も……。

――と、誰かがエスカレーターを降りてきた。そっと柱の陰から確認したところ、その人は雪野文恵だった。しばらく逡巡した後、声をかけることにする。

雪野文恵

わ、びっくりした……。
急に出てこないでよ……

黒谷陽炎

すいません……

雪野文恵は「もう……」とため息をつき、俺の背後へと視線を這わせた。

雪野文恵

あら、あなたは……

宝条絢香

え、えと……

見つめられた宝条絢香は、しどろもどろになりながらも頭を下げる。最低限の応対とでも言おうか。

雪野文恵は悲しそうに笑みを浮かべた後、宮野秋雪に視線を移した。

雪野文恵

あら、案外ふつうなのね。もっと怖がっているのかと思ったけど

宮野秋雪

そこらの小学生とは違うからね

雪野文恵

まぁ……。なかなか言うじゃない。
そういう強気な子、嫌いじゃないわよ?

宮野秋雪

あんたに好まれようとは思わないよ

宮野秋雪はそう言って躱し、俺の背後へと隠れるように収まった。

雪野文恵は楽しそうに微笑み、俺の方を向く。

――そういえばこの人も、やけに冷静だ。人が二人も死んでいるのに……。

そんな俺の感想も知る由なく、雪野文恵は俺を見て首を傾げた。

雪野文恵

そういえば……あなたは誰だったかしら?

どうやら真面に知られていないらしい。

黒谷陽炎

黒谷陽炎って言います……

改めて自己紹介すると、雪野文恵は「そういえばそんな名前だったわね」と納得したように頷いた。そんなも何も、これが本名なんだけど……。

――その後、しばらく雪野文恵と話した。内容はもちろんこの鬼ごっこの事だけど、彼女はやはり、
目に見えて怯えているという感じは無かった。

黒谷陽炎

雪野さんは怖くないんですか?

思い切って訊いてみる。

雪野文恵

そうね~、あんまり怖くはないかしら。
まあ、人を殺すのはどうかと思うけどね~

そういうわりに、本気で思っているかはよくわからない。

ただ、楽しんではいるようだった。

そうして物蔭で会話している内に、館内放送が流れた。ジョークの声が残り一分であることを伝える。

黒谷陽炎

あと、少し……

最後の一分と、集中する。

――しかし、結局は何も起こらなかった。最後の館内放送が流れる。

皆様、お疲れさまでした。
これにて鬼ごっこ、終了でございます。

瞬間、膝から崩れそうになった。何とか深く息をつくに留まり、解けた緊張感からどっと疲れが増したように感じる。

早々に一階に降りた宮野秋雪と雪野文恵に続き、俺と宝条絢香も降りていった。

一階に着いたところで、宝条絢香が俺の服を引っ張った。振り向くと、彼女は俺の目を真っ直ぐ見据えた後、頭を下げた。

宝条絢香

あの、ありがとうございました。助けてもらって……

その感謝の言葉に、俺は急いで首を振った。

黒谷陽炎

いやいや! 何もしてないし! 感謝されるようなことは……

そう。何も出来ていない。

俺は、救えなかったのだ。

――しかし宝条絢香は首を振って、俺の手をぎゅっと握った。

宝条絢香

一人より、ずっと心強かったです。
――ありがとうございます

彼女のその笑顔に、俺は少し、救われたような気がした――。

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