残り十分。長いのか短いのかは、心の持ちようだろう。
俺のつぶやきを耳にした宮野秋雪が、冗談交じりのように笑みを浮かべながら応えた。
生き残れるのか……?
残り十分。長いのか短いのかは、心の持ちようだろう。
俺のつぶやきを耳にした宮野秋雪が、冗談交じりのように笑みを浮かべながら応えた。
ま、もし危なくなったらおじさんを盾にするよ
お前、本当に小学生か……?
それ、親にも言われたよ
そうかよ
親にまでそう言わしめるのだから、こいつはどんな神経しているのだろうか。この状況下で、人が死んでいるのに、他人の心配が出来る。それは不気味でもあり、心強くもあるのだけれど。
そうして、時間は刻々と過ぎていった。誰の声も聞こえない。悲鳴も、何も……。
――と、誰かがエスカレーターを降りてきた。そっと柱の陰から確認したところ、その人は雪野文恵だった。しばらく逡巡した後、声をかけることにする。
わ、びっくりした……。
急に出てこないでよ……
すいません……
雪野文恵は「もう……」とため息をつき、俺の背後へと視線を這わせた。
あら、あなたは……
え、えと……
見つめられた宝条絢香は、しどろもどろになりながらも頭を下げる。最低限の応対とでも言おうか。
雪野文恵は悲しそうに笑みを浮かべた後、宮野秋雪に視線を移した。
あら、案外ふつうなのね。もっと怖がっているのかと思ったけど
そこらの小学生とは違うからね
まぁ……。なかなか言うじゃない。
そういう強気な子、嫌いじゃないわよ?
あんたに好まれようとは思わないよ
宮野秋雪はそう言って躱し、俺の背後へと隠れるように収まった。
雪野文恵は楽しそうに微笑み、俺の方を向く。
――そういえばこの人も、やけに冷静だ。人が二人も死んでいるのに……。
そんな俺の感想も知る由なく、雪野文恵は俺を見て首を傾げた。
そういえば……あなたは誰だったかしら?
どうやら真面に知られていないらしい。
黒谷陽炎って言います……
改めて自己紹介すると、雪野文恵は「そういえばそんな名前だったわね」と納得したように頷いた。そんなも何も、これが本名なんだけど……。
――その後、しばらく雪野文恵と話した。内容はもちろんこの鬼ごっこの事だけど、彼女はやはり、
目に見えて怯えているという感じは無かった。
雪野さんは怖くないんですか?
思い切って訊いてみる。
そうね~、あんまり怖くはないかしら。
まあ、人を殺すのはどうかと思うけどね~
そういうわりに、本気で思っているかはよくわからない。
ただ、楽しんではいるようだった。
そうして物蔭で会話している内に、館内放送が流れた。ジョークの声が残り一分であることを伝える。
あと、少し……
最後の一分と、集中する。
――しかし、結局は何も起こらなかった。最後の館内放送が流れる。
皆様、お疲れさまでした。
これにて鬼ごっこ、終了でございます。
瞬間、膝から崩れそうになった。何とか深く息をつくに留まり、解けた緊張感からどっと疲れが増したように感じる。
早々に一階に降りた宮野秋雪と雪野文恵に続き、俺と宝条絢香も降りていった。
一階に着いたところで、宝条絢香が俺の服を引っ張った。振り向くと、彼女は俺の目を真っ直ぐ見据えた後、頭を下げた。
あの、ありがとうございました。助けてもらって……
その感謝の言葉に、俺は急いで首を振った。
いやいや! 何もしてないし! 感謝されるようなことは……
そう。何も出来ていない。
俺は、救えなかったのだ。
――しかし宝条絢香は首を振って、俺の手をぎゅっと握った。
一人より、ずっと心強かったです。
――ありがとうございます
彼女のその笑顔に、俺は少し、救われたような気がした――。