――物語の時点は、2ヶ月前にさかのぼる。

 高校に進学して、学校生活にもようやく慣れたころだった。

 朝の教室で、何人かの女子が、ひとりの女子を囲んでいた。

 ねちねちと嫌な感じの言葉を放っていた。

 明らかにイジメだった。

………………

 イジメられてる女子は、俺の隣の席の近藤さん。


 正直に言うと、俺にはイジメを止めるような度胸はない。

 しかし、止めざるを得ない状況だった。

ふう

 俺は、大げさにため息をついた。

 それから、たしなめるような目を向けた。

 するとリーダー格の女子がこう言った。

女子のことに男子は首をつっこまないでもらえません?

……ため息をついただけだよ

あら、イヤらしい言い方だこと。あなた、私が誰だか分かっていますの?

ええっと、鷹司美由梨(たかつかさ・みゆり)さん、だっけ?

私がどういう身分なのか、分かっているかと問うたのです!

うーん

わっ、私だって、あなたなんか知りませんッ!

同じクラスの鰭ヶ崎(ひれがさき)ですよ

だからそういう意味では……

 鷹司美由梨は、くやしそうにハンカチをかんだ。


 と。

 ちょうどそこに、担任と副担任がやってきた。

おーい、出欠とるぞー

早く席につきましょうね

 女子がそそくさと席についた。

 そんななか、鷹司美由梨が俺を指さしてこう言った。

先生! 男子が近藤さんをイジメてます!!

はぁ!?

近藤さんの机に花を置いたり、汚い言葉をあびせたり、恥ずかしい写真を無理やり撮って、それをネタにゆすったりしているんですぅ

なっ!?

鰭ヶ崎、本当か?

ほんとうでーす

違う! 俺じゃない!!

俺じゃない……ってことは、誰かやっているのですか?

 みんなの視線が俺に集まった。

 言わざるを得ない状況だった。

 俺は、鷹司美由梨を見ながらこう言った。

鷹司さんたちです。彼女たちがさっきまで近藤さんを囲んでいたんです

 さあっと教室が静まりかえった。

 永遠にも感じられる沈黙が流れた。

 やがて担任が言った。

なあ、鰭ヶ崎。ウソをつくんじゃない。鷹司さんがそんなことするわけないだろう

先生!?

あー、学区外から来た生徒もいるし、副担任の流山先生も地元じゃないからね、いい機会だから言っておこうか。鷹司さんは、鷹司ホールディングスのご令嬢だよ

ほほほ

ちなみに言うまでもないが、当学園の理事長の娘でもある

だとしてもっ!

そうですよ

ダメですよ、流山先生。こういったことは未成年のうちからしっかり教育しないといけません。世の中には序列があり、上があり下がある。下の人間は、上の者に逆らってはいけない。それが社会のルール。いいか、みんなァ。しっかり現実を見て生きるんだぞー

バッ……

………………

というわけで、鰭ヶ崎。キミがイジメたのか?

いやっ、だから

興奮して立ち上がるんじゃあない。まあ、そんな調子じゃあ、キミがイジメたんだろ

そんなァ

 俺は、がく然としてまわりを見まわした。

 クラスメイトは、みな、うつむいていた。

 顔を上げているのは、無表情の担任と、自信満々の笑みの鷹司美由梨と、それから口をぱくぱくさせている副担任、流山先生だけだった。

おい、鰭ヶ崎。高校生になったんだから、もうイジメとかするんじゃないぞ

ちょっ!?

先生。わたし、イジメられてません……

はあっ!?

近藤さん!?

わたし、イジメられて……ないんです

ちょっと近藤さん、あなたっ

いいんです!

 近藤さんは一心に言った。

 クラスがまた静寂につつまれた。

そっ、そうか。じゃあ、何も問題無いな。鰭ヶ崎、座っていいぞ

先生!?

近藤さん?

いいの

 近藤さんは、はかなげな笑みをした。

 俺は口をとがらせたまま、席に着いた。

 座るしかなかった。

………………

………………

ほほほほほ

 何事もなかったように出欠確認がおこなわれた。

 そして1時間目の授業が始まった。

 授業が終わると、近藤さんは精一杯の笑みでこう言った。

ありがとね

……当たり前のことをしただけだよ

 俺は照れ笑いでそう言った。

 近藤さんは、くすりと笑った。

 なんだか心の距離が近づいたような気がした。

 胸の奥がくすぐったかった。

あら、仲がよろしいこと。あなた、やっぱり淫乱でしたのね。そうやってすぐに男子をたらしこんで、ああ、本当にみだらだわ。まったく、同じ中学の出身として恥ずかしいですわ

おいっ

男子は黙ってくださる? 私は近藤さんとお話ししているの。私と近藤さんはこう見えて結構長いのよ

長いって

今さらイジメとか言われても困りますわ。私と近藤さんは昔っからずっとこのような関係、こうやって友情を、ほほほ、育んできましたの

そんなっ

あなた、先生が言ったことをもうお忘れになったの?

 鷹司美由梨の勝ち誇った笑み。


 俺は言葉をつまらせた。

 近藤さんが気づかうような目で俺を見た。

 俺と目が逢うと、近藤さんは自嘲気味に笑った。

 それから首を振った。

 俺は苦笑いをした。


 そんな俺たちを見て、鷹司美由梨の顔色がさっと変わった。

あなた、あの写真をばらまいてもいいのッ!

やめて!!

今後一切、男子と会話をしないこと。目を逢わせてもダメ。もし守れなかったら、ばらまくわよ

おいっ

お黙りなさいッ!

とっ、とにかく約束をやぶらないこと。せいぜい気をつけなさい

………………

………………

 それから近藤さんは、ずっとうつむいたままだった。

 俺は声をかけることも彼女のために何かしてあげることもできなかった。

 鷹司美由梨は、そんな俺たちを遠くから眺めて、ニヤニヤしていた。

 何もできずに一日が終わった。

 そして。

 翌日から近藤さんは学校に来なくなった。

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