魔王のはじまり
第一章「魔竜一族」
前編
魔王のはじまり
第一章「魔竜一族」
前編
里は、炎の海に包まれていた。
うそ……だろ……?
異変を感じ山から急いで戻ってきたというのに、里はすでに落とされていた。
この世界で最強の魔力を持ち、魔王と呼ばれることもある、魔竜一族。
その里が、半時も持たずに壊滅させられたのだ。
いったいどんな手を使ったんだ?
その疑問は、里に近付くとすぐに解けた。
なっ……魔法が封印された?
魔法の殆どが使用できなくなっていることに気付く。
どれだけ魔法の力が強くても、魔法を封じられ武力で襲われればひとたまりもないだろう。
こんなこと、どうやって……!
俺は封印に構わず、里に向かって駆け出す。
一番近い、集落の裏門を目指した。
あれは! お、長!
しっかりしろ! なにがあった!
魔竜一族の長。いつも抱えている長い杖を手に持ったまま倒れていた。
お……おぉ……エルトか……無事、だったか
長……!
長を抱えると、手にべっとりと血が付く。
慌てて魔法で止血しようとするが、封印されていてそれすらもできない。
外の人間の、魔法技術を侮っていたのう……。
まさか魔法を封じられるとは……
これは外の人間の仕業なのか? おのれ……!
やつら、周到に準備していたようじゃの……してやられた
そうだ、魔法生物は? あいつらがいれば
魔法が封じられても、魔法により生み出した生物、魔物ならば戦うことができたはずだ。
魔物もすべて、動きを封じられた。
まったく、よぉく研究しておる。みな、やられてしまった
そんな……! じゃあまさか、父さんや母さんも!?
お主の両親はわからぬ。おそらくはこの火の中に……
くっ……
じゃが……若い衆は逃がすことができた
えっ……! 本当か!
やつらも知らなかったのじゃろう。
秘術『深遠の門』まではな
あ……そうか! 秘術で遠くに飛ばしたのか!
ほっほっほ……よく知っておるの?
お前の年代の子らにはまだ教えていないはずじゃが
むぐっ……って長! 今はそんなこと言ってる場合じゃ!
そう、場合ではない。
外の人間が仕掛けた封印も、秘術までは封じられなかった。普通の魔法とはちと違うからの。なんの制限も無く術を使うことができたぞ
長……まさか
遥か遠くへと空間を結ぶ、深遠の門。
エルト、お主が密かに習得しようとしていたことは知っておる。
今も山に籠もって一人で修行していたのじゃろう?
それは……そうだけど。
長、まさか俺も秘術で逃げろと? 習得って言ったって、まだ実際にくぐったことはないんだぞ? それに
秘術、深遠の門。この魔法を使えば、遥か遠くまで瞬間的に移動ができる。
しかしこの魔法には、デメリットがある。
そうじゃの。先に逃がした若い衆とは、別の場所に飛ぶじゃろう
込める魔力の量によって、飛べる距離がかわってくる。それを正確に合わせることは難しく、ましてや別人が使って同じ場所に飛ぶのは不可能だった。
じゃが……エルトよ。それでもお主は逃げねばならぬ。
魔竜一族、ハイマジックの血を絶やさぬためにもな
長……俺は
辛い道になるじゃろう。お主に厳しい道を歩ませてしまうこと、長として心苦しく思う
……いえ。わかりました、長。
ハイマジックの血、絶対に絶やしません
若い衆はすでに逃げている。彼らがいれば大丈夫かもしれない。
だが、万が一がある。俺はその万が一のためにも、たった一人で生き延びなければならないのだ。
エルト。……己の見付けた道を、信じよ。血を絶やさぬという道は、決して一つでは……
長……?
あぁ……外の人間は、何故……。
我々はもう、争いに力を使うことは……無い……というのに……
……!
長! 長ぁぁ!
.
「我らが祖、魔竜エグゾドルアよ。
歪みを司り、力を生みし竜の神よ。
ハイマジックの魔力により、その力顕現せよ。
深き闇へ、悠久の果てへ、遥か彼の地へ。
ここに深遠の門を創造し、我を導き給え!」
.
.
ここは……森の中か? 静かだ……
ありったけの魔力を込めた……逃げられたはずだ。だが、おかげで……
魔力が尽き、視界がぐらぐらと揺れる。
だめだ……意識が……
俺はその場に倒れ、ゆっくりと意識が闇に閉じていく。
「……あら? そこに誰か――」
最後に一瞬だけ、女の声が聞こえた。