北斎

オッス!

不審者、もとい北斎は広重の気分などお構いなしに明るく挨拶してきた。

なにが『オッス!』だよ、不審者が。

広重

おはようございます

心の中で毒づきながらも、広重はきちんと挨拶を返す。

頭をぼりぼりと掻いて沸き起こるあくびをかみ殺した。

広重

どうし…

北斎

珈琲くれ

『どうしたんですか』という問いは、きれいさっぱり無視されて飲み物の注文をされてしまった。

広重

…うちは喫茶店じゃないんですがね

北斎

あれ? そうだっけ?

すっとぼけんなよ、オジサン。

広重

どっこいせ

文机に手をつくとつい口をついた。

北斎

どっこいせって…お前いくつよ?

へらへらと笑いながらオジサンが言う。

広重は、それをガン無視して奥の台所へ向かい、珈琲豆を棚から取り出す。

焜炉でお湯を沸かしながら一人分の豆を珈琲粉砕機に入れる。
もやもやと湧く感情を、豆と一緒に挽いていく。

ガリガリガリガリガリガリガリ

広重

ちっ

ばかばかしいと思う。

ガリガリガリガリガリガリガリ

なぜ甘党の自分が飲めもしない珈琲を豆から淹れているのか。

広重

……

口の細い薬缶で丁寧に濾しているのか。

広重

くそっ

ふう。
今日もうまく淹れられた。

余ったお湯で自分用に即席のミルクティを作り、お盆にのせる。

広重

たしか、お茶菓子が…

あったはずだとの棚の引き戸を開ける。

広重

あったあった

そこで、ふと縁側に目が行く。

二十二歳をからかう三十八歳が、背中を丸めて絵を描いていた。
和紙の上をさらさらと絵筆が行き来する。

広重

なに描いてんだ?

薫り立つ珈琲の載った盆に黒糖饅頭を雑に入れ、縁側へ急ぐ。

遠目にも、そのうまさが知れる。
線の引き方、被写体のとらえ方、構図の取り方。
その全てに『北斎』が溢れている。

広重

……


それは、文机に突っ伏している、自分の姿だった。
『うまい』などと、軽々しくいうのも憚られる。
自分には、それを口にする資格すら無いのだと、思い知らされる。

広重

…どうぞ

北斎

おう、サンキュ♪

畳に盆を降ろすと、北斎は筆をとめて自分の珈琲茶碗に手を伸ばす。
馥郁としたその香りを嗅いで、ゆったりと口に含む。

北斎

うまい!

広重

……どうも

実にうまそうに云われてしまった。

~おまけ~

広重

北斎サン、『偉人転生コンテスト』で大賞を受賞したそうですよ

北斎

おお! マジか

広重

はい。なので一言どうぞ

北斎

うれしい!

広重

ホントに一言だな…

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