教室には、
女の先生が黒板をチョークで叩く音、
生徒たちがノートにペンを走らせる音、
教科書のページをめくる音が響いている。
今は英語の授業中。
緊張感あふれる授業中なのだ。
でも。
教室には、
女の先生が黒板をチョークで叩く音、
生徒たちがノートにペンを走らせる音、
教科書のページをめくる音が響いている。
今は英語の授業中。
緊張感あふれる授業中なのだ。
でも。
芯条くん、芯条くん
僕にだけは緊張感のない女子の声が聴こえる。
僕の斜め前の席の女子、沙鳥の声だ。
芯条くん、芯条くんってば
放っておくと、ずっと僕の名を呼び続けるだろう。
僕は仕方なく返事をした。
ただし、声で返事をするわけじゃない。
……なんだよ、沙鳥？
頭の中で返事をする。
僕と沙鳥は、
念じるだけで言葉のやり取りができる超能力者、
いわゆる「テレパス」なのだ。
でも今は授業中なので、
できれば静かにしてもらいたい。
芯条くん
僕の願いをよそに、
沙鳥は今日も僕に話しかけてくる。
暇ですね
暇じゃないよ。授業中だろ
そうでした。でも、なんかみんな黙っちゃって寂しくないですか？
授業中だからな
ちょっと心理テストでもしません？
沙鳥は、人の話を聞かない。
いや、人のテレパシーを聞かない。
心理テスト？
うん。きのうテレビでやってたんです。この心理テストをすると
その人が頭の中で考えてることがわかっちゃうんです
それって
僕ら、もうできてるんじゃないかな
言われてみればそうかもですね
だろ。だからこの話はおしまい
後ろ姿を見る限り、
沙鳥は大人しく机に向かって、
黒板の英文をまじめに写しているように見える。
芯条くんの心理あばきたいです
だが、本当は全力で授業をさぼっていた。
このチャンスを逃したら、次にいつ心理テストできるかわかんないですよ？
いつでもできるだろ
人間、いつ心理テストのできない体になるかわかりませんし
心理テストのできない体ってなんだ
どうせ芯条くん。心理テストがいつでもできるような体を保つこと、普段から心がけてないでしょう？
がける必要ないからな
そうこうしているうちに、
テレパシーでなく現実の、先生の声がした。
はい。では次に進みます。ねくすとぺいじ――
英語の先生は、
英語の先生のくせに発音がなってない。
……。
つーか、いつのまに次のページ？
沙鳥とテレパシーで話しているあいだ、
僕は授業に集中できない。
怒られないよう教科書を見ている振りはするけど、
意識は沙鳥との会話に向けられてしまうから、
ちっとも先生の話が頭に入らないのだ。
……沙鳥。もうすぐ中間テストだし。僕、ちゃんと授業受けたいんだよ
心理テストと中間テスト。どっちが大事なんです？
中間だよ
では仕事と恋人、どっちが大事です？
どっちも今ないよ
あなたが森の中を歩いていると、茂みから小さな動物が顔をだしました。その動物はリスとウサギ、どっちですか？
さらっと心理テストはじめるなよ
正解はリスでした
心理テストに正解とかないだろ
……芯条くん
沙鳥は声の、いや、念のトーンを少し落とした。
今、あなたの脳に直接話しかけている
ずっとそうだったろ
何を今さら。
きょうは私、朝からどうしても誰かの心理をテストしたいんです
心理をテストしたい気持ちがあふれ出すぎて、今にも寝てしまいそうです
寝なよ、じゃあ
存分にぐっすりと。
僕は授業に集中するから
しょうがありませんね。わがままな芯条くんのために、ここは一つ、私が折れましょう
誰がわがままだ
心理テスト、一応、１０個考えてきましたが
考えてきた、ってオリジナルなのか。
しかも１０個も。
わがままな芯条くんの意見を聞き入れて、特別に今回はその中から……そうですね
１０個で手を打ちましょう
数減ってないけど
鋭い小僧め
小僧って
それじゃ流血大サービスで、１個でもいいです
少しでもつきあってあげないと、
沙鳥は解放してくれそうにない。
僕はしぶしぶ、折れることにした。
じゃあ、一個だけな
わーいです
あと流血じゃなくて、出血な
わーいです
なぜ喜ぶ。
では、さっそく始めます
芯条くんは今、ポプラが並ぶ通りを歩いています
ああ
そして、その中の一軒のポプラに立ち寄りました
そっちのポプラなの？
同じコンビニが何軒も並んでる道なんかないだろ
広島なんじゃないですか
広島にもそんなないよ
つーか聞き返されても。
さて、芯条くんはコンビニに入ると、まず何コーナーに行きますか？
ポプラである必要はあったのか。
さ、何コーナーですか？
うーん
ＡＴＭかな
えー
えー、って
では、そのＡＴＭは
何の略でしょうか？
これって心理テストか。
何の略かは知らないけど
正解はAutomated Teller Machineでした
無駄にいい発音。
テレパシーだけど。
いや、だから心理テストに正解とかないだろ
まさか言葉の意味もわからない場所へ、真っ先に向かう気だったとは
いいだろ別に。お金おろしたいんだよ
ふーんです。そうですか。真っ先に向かう場所はＡＴＭですか
沙鳥は納得した様子の念を送ってきた。
教えてくれてありがとう、芯条くん
ああ
それきり、沙鳥のテレパシーは途絶えた。
……。
……えっ、終わり？
……あの、沙鳥さん？
思わず僕が念を送ると、沙鳥は返事を返してきた。
あ、もう邪魔しないから安心してください。授業に集中集中
なになに、ケンはメアリーと口けんかをして――
いや、沙鳥
口論の末、ケンは大理石の灰皿でメアリーのこめかみを――
教科書にそんな英文ないだろ
ちょっと芯条くん。授業の邪魔です
えー
どの脳がそれを言う。
心理テストは１個だけって約束でしょう？
なぜ僕の方がたしなめられているんだ。
いや沙鳥。心理テストやっといて、結果教えないってありえないよ
え
結果知りたいんですか？
そりゃ、知りたいよ
なんだか芯条くん。心理テストに乗り気じゃなかったみたいですし、結果はいらないかと思ったんですが
いるよ！ 結果聞いて「へー」とか「あたってるー」とか言うまでが心理テストだよ！
むしろ、そこがメインだよ。
結果は、私が墓場まで持っていくつもりでしたが
そんな衝撃的な結果でたの？
しょうがない。教えてあげましょう
なんで僕が頼み込んでるみたいになっている。
コンビニに入って最初に行く場所……。この心理テストはですね
あなたが、理想の結婚相手に対して、何を一番求めているかがわかります
わりとちゃんとした内容のテストだった。
それで？
僕が沙鳥の答えを待っていると、不意に声がした。
みすたあ芯条君
先生が僕の名前を呼んでいる。
前に出てきて、この空白に入る単語を書いてください
くっ、思わぬ邪魔が……。
いや、違った。
邪魔なのは沙鳥の方だ。
危なく感化されるところだった。
らいとなう
はい……
僕は席を立つと、黒板の前まで歩いていった。
黒板には英文が書かれていて、
途中に空白があり括弧がついている。
うん。
授業を聞いていなかったから、全然わからない。
僕は不本意ながら非常手段に出ることにした。
沙鳥さん……
どうしました？
頼む、教えてください
沙鳥はなぜか英語が得意だ。
無駄な発音のよさを兼ね備えているほどに。
沙鳥のせいで窮地に立たされたのだ。
助けてくれたっていいだろう。
よかろう
なぜか偉そうだが、ここは我慢だ。
ありがとう
いいですか、芯条くん
うん
沙鳥は、教えてくれた。
ＡＴＭを選んだあなたが求めているのは『安定した収入』です
……
今、それは求めてない。
