貴方の願いを一つだけ叶えてあげる。









もしも願いが叶うなら、



何を願う?





——2時間前

疲れた……

 コンビニから帰る僕は茂木拓雄(もぎたくお)、大学1年。

 とはいえ、学校には入学式以来いっていない。



 なぜなら、僕は『Dの意志を継ぐ者』であることが原因である。



 もちろん見ての通り、ここで言うDとは、『ダサい』、『デブ』、『童貞』などであり、ひとつなぎの財宝など全く縁の無い話だ。


 ああ、なんて不公平なんだ。



 キモいといわれ続けて18年。

 高校まで鳴かず飛ばず、というか泣かされ飛ばされのぼっち生活。

 大学こそはと行ったその日に、ハンカチを拾ってあげた初対面の女子から、いきなり気持ち悪いと言われ登校拒否。



 なにをしても上手くいかないのはこの顔のせいだ。


 美形に産まれた奴はそれだけで得をしているではないか!

 例えば面接で、同じ学力なら絶対顔がいいほうをとるじゃないか。

 そう、生まれながらに不公平だ。
 天は人の下に人を作りやがった。
 べらんめえ。

 そんなことを考えなら帰路についていた時のことだった。

うわっ!!

 突然後ろから足を捕まれるような感覚があり、振り向く僕。

ニャー

なんだ猫かよ……

 漆黒の毛が汚れて、身体も痩せ細っているのだろうか。

 まさに野良猫感を醸し出しているが、どことなく気品のある黒猫。

 僕はヨイショと黒猫を抱え上げ、顔を覗き込む。

お前も醜いなあ。
黒猫ってだけで敬遠されそうだしな……

 いやいや、猫に仲間意識を持ってどうすんだ。

 しかも黒猫は黒猫でファンもいるだろうに。

 僕みたいなキモデブなんて好きな奴、どこにもいないよな。

 もう猫より下だよ。


 そう思いながらポイと黒猫を離し、再び帰路につく。




 野良に構っている暇はない。

 まあ、暇だらけなんだけど。





 その時だった。




キキーッ

 ブレーキ音が鳴り響く。

 嫌な予感がした。

あぶねーだろ!!

 そう怒鳴り声が聞こえたあと、僕の横を車が通りすぎる。

 振り返ってみると。


 それがこの物語の始まりになるとは思いもしなかった。



 黒猫が、車に撥ねられたのだ。

おいおい、まじかよ

 駆け寄ってみると、地面に横たわっている黒猫の姿があった。

 僕は咄嗟に抱きかかえ、走った。



 善意なのか黒猫のみすぼらしさに同情したのかわからないが、病院へ走った。

 動物病院のドアを叩いて回る僕。

 正確にはピンポンを押して回ったのだけど。



……三軒目だろうか。


 ついには、出てきてくれた獣医が手当てをしてくれ、猫は一命をとりとめる。

貴方は優しいですね

いやあ、そんな。
当たり前のことをしたまでで

車に轢かれたと言ってたけど、どうやら栄養失調で倒れただけだったようだよ。
車はただ避けようとしたんじゃないかな

そうだったんですか。よかった

レントゲンと栄養剤、その他合わせて1万8千円でいいですよ

え?

一泊させますともう少しかかりますが、どうされますか?

お会計お願いします……

 動物病院、高いんだな……。

 このままバックレるか。

 なんて気は起きず、小さい呼吸をする黒猫を見て、命を救った——正確には獣医に救ってもらったのだが、その感動はお金には代えられないと感じた夜だった。


 猫を連れて帰ることにした僕は、動物病院でキャットフードを少し分けてもらい、再び帰路につく。

 家に着いた僕は頭を抱える。

 一人暮らしの安アパートだから猫なんて許されないだろうな。

 これからどうするか。

 頭の後ろで両手を組み、だらしない腹を出しながら寝っ転がっていると、黒猫が僕の上に乗っかってきた。






……貴方の願いを、一つだけ叶えてあげる

??

 何か頭の中で言葉が響いた。

 ウィスパーボイスの綺麗な女性の声。

 僕は電気を点けて黒猫を見る。

お前、なんか言った?……なわけないか

 




その時だった。

もしも願いが叶うなら、何を願う?

 って、なんだ!?

 僕の上にゴスロリの格好をした美女が現れた。

 完全に僕を踏みつけている。

おい、豚野郎。何を願うのかって聞いているのですわ

ハイ!?

 聞き捨てならない——だが聞きなれた罵声がハッキリ聞こえて僕は、ガバっと起き上がる。

 すると彼女は体勢を崩し、レースの施された黒いワンピースの足元から純白の下着が露わになる。

あわわわ、ごごごごめんなさい!

……キモ

え? だれ? てか、だれ??

私は神に使いし四大天使が一人、ラファエルよ。
さっき助けてくれやがったから、とりあえず願い叶えてあげますわ

えと、意味わかんないんだけど……

ブヒブヒうるさいわね、消えてくれませんか?

ここ僕の家なんだけど……

だから私はラファエル。
いやむしろ神と呼びなさい。ネ申。
黒猫の姿で地球散策中、飢え死にしかける。貴方に運ばれ一命をとりとめる。今に至る。以上

神って……厨二病ですか?
それに確かラファエルって癒しの天使なのに、全然イメージ違うんだけど……

ごめんなさい。
ちょっと私、ブタ語ってわかりませんので

てか、さっきからひどくないですか?

……

……

……こちらを見ないでいただけます?
吐きそう

だめだ、この人、やばい人だ

命を救ってくれやがったことは、確かに

え?

感謝してるわ……

え、あ、うん。いや、僕は別に!

ですから、排水口の匂いをさせるその腐った口から、早く願いを言ってごらんなさいよ

要するに、さっき助けた黒猫が今の貴女ってことですかね?

……チッ

なんでそこ舌打ち!?

早く言えこの豚。これは要請ではなく、命令よ

 願いか。

 いきなり言われても難しいな。

 お金がほしい。

 でもお金はいつか無くなるからなあ。


 となると、やっぱり顔じゃないか。

 美男子に産まれて酒池肉林したかった。

 僕はグイっと身をのりだし、その願いを言ってみることにした。

神様、僕を人生が変わるぐらいの美男子に変えてください!

……あの、近寄らないでもらえます?

神様、僕を人生が変わるぐらいの美男子に変えてくださいー

まあ……いいでしょう。では、さっさと終わらせますわよ

 そう言ってラファエルは両手を合わせ、祈りのポーズをとった。

 ラファエルは急に発光しだして、僕は思わず目を閉じた。




それとともに、意識も遠ざかっていったのだった……。


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