知らない場所だ。
薄暗くてよくわからないが、長い廊下が奥までずっと続いている。
とりあえず、この廊下を進んでみよう……
ここは……どこ……?
知らない場所だ。
薄暗くてよくわからないが、長い廊下が奥までずっと続いている。
とりあえず、この廊下を進んでみよう……
足音だけが響く廊下。
アレは……?
しばらく進むと、女の人が立っていた。
白いワンピース、黒く長い髪。
顔はわからない。
その女の人はなぜだか壁の方を向いていて、後ろ姿しか見えないからだ。
声をかけてみようか……
迷ったが、なんだかそれはしてはいけない事の気がして出来なかった。
黙って後ろを通り過ぎよう……
ならべく足音を殺し、そっと女の人の後ろを歩いていく。
廊下は無音。
静けさで耳が痛いとすら思える。
やっとその後ろを通り過ぎ、少し距離を置いてから
そっと、後ろを振り返ってみた……。
いない……
そこにいたはずの女の人の姿は、もうそこにはなかった。
そんな…………
不安を覚え、私は向き直る。
と────
私の目の前に
女がいた。
…………シデ……ノ……クニヘ……
死出ノ国……
シデノクニヘノイキカタ……ハ……
低く、くぐもっていて男性とも女性ともつかない声。
耳元で囁かれているように錯覚すら覚える。
シデノクニヘノイキカタは……
聞きたくない、聞いてはいけない!
そう、コレは夢だ!
覚めろ! 覚めろ!!
覚めろ!!
死出ノ国への行き方は……
暗いトンネルを抜ける、光の見える先……赤く染まる……そこがオマエの死出ノ国……
オマエノ……死出の国……
いっ、いやあぁぁぁ────!!
夢……?
体が微かに震えていた。
背中にはぐっしょりと汗をかいている。
イヤな夢……。
きっと、あの話を聞いた後にサキがあんな事になったから……
今日は、サキのお葬式だ。
あの日──
絵莉から電話があった日。
死んだって……どういうこと?
私にもよくわかんないよ!
今、サキのお父さんから電話がウチにあって……
塾の帰りに事故に遭ったって……
サキの家は絵莉の家の隣で、二人は幼なじみだった。
家族ぐるみでの付き合いで、よく旅行も一緒にしていた。
嘘……、どうして……?
サキ……
突然の友達の死。
しかも、あんなに仲が良かったサキが死んだなんて……。
お葬式へと向かう最中、私は現実としてまだそれを受け止められずにいた。
……美織
自宅の前で、絵莉は立ち尽くしていた。
………………
余程サキの事がショックだったのだろう。
その表情はヒドく憔悴している。
……サキのお葬式?
……うん……
…………ねぇ……
……なに?
……あのね、アタシ……あのさ…………
どうかしたの?
……こんな事言ったら、変に思うかもしれないけど……
何?
なんだか絵莉の様子がおかしい。
友達が死んで悲しんでいるというよりも、まるで何かに怯えている様な……。
…………夢
えっ?
夢を……見たの……
夢?
その時、私の背中にヒヤリと冷たいものが走っていった。
……アノ話、覚えてる?
サキが死んだ日に話していた……
死出の国……
…………っ!!
明らかに絵莉の表情は動揺している。
そう……その話……あのね
アタシ見たの……その夢……
えっ!?
絵莉も?
も?
も、って……美織も、まさか……!?
私はただ頷き返事をする。
……ねっ、ねぇ、アノ夢の話
もしかして本当なんじゃないのかな……?
えっ!?
待ってよ、まさか……
たまたまそんな夢を見ただけだって……
たまたまじゃないよ!
だって、サキが……
サキ?
絵莉は俯き黙ってしまった。
サキがどうしたの?
……昨日、サキのうちにお通夜の手伝いに行ったら、親戚の人が話ているのを聞いちゃったの……
事故でしょ?
可哀想にね~……
お棺開けられないって……
ここだけの話なんだけどね……
事故に遭う数日前から様子がおかしかったんですって……
私も聞いたわよそれ、なんでも夢が怖いとかどうとかって……
そうそう、その夢見たら死ぬんだって、泣き喚いたそうよ
それって……まさか……
アノ夢よ……
それしかないもの!
でも、夢を見たから死ぬなんて……
アタシだって信じたくないよ!
けど、二人共同じ夢を見て、更にその夢を見たサキが死んでるんだよ?
確かに、アノ夢は普段見る夢とは違っていた。
嫌に生々しく、現実なのか夢なのか戸惑うほどで、今でもアノ女の声が耳について離れない。
けれど、私にはどうしてもひっかかる事がある。
……もしサキがアノ夢を見ていたのなら……
どうして私たちには、その事を話してくれなかったんだろう……
信じてもらえないと思ったんじゃないかな……
そうかな……
今まで、悩みがあったら真っ先に話してくれていたのに……
嫌な事だから話したくなかった……とか
じゃあ、どうして泣き叫ぶほど怯えていたのに自分の夢ではなくても、私たちに『死出の国』の話をしたのだろうか?
不安な気持ちを抱えたまま、私たちはサキのお葬式へと向かった。
何度か遊びに来た事もあるサキの家。
途中から降り始めた雨や白と黒の並んだ花輪のせいもあって、今日はなんだか薄暗く陰鬱としている様に見える。
サキの家には、もう既にたくさんの弔問客が訪れていた。
1階の居間に設置された祭壇には、サキの大好きだったグラジオラスの花と笑顔で微笑む写真が飾られ、そのすぐ側にご両親が座っている。
サキのお母さんは、泣き腫らした目で呆然と虚空を眺め、お父さんは膝をグッと握り締め泣くのを我慢している様だ。
私たちは焼香を済ませ、ご両親に挨拶をすると居間を出て玄関へ向かった。
と、そこで絵莉が急に足を止める。
絵莉、どうしたの?
…………
二階へと続く階段、それをじっと見つめていた。
ねぇ、サキの部屋にもしかしたら
何かこの事に関連する手がかりがあるんじゃないかな?
二階には、サキの部屋がある。
手がかり?
うん……サキ言ってたよね
私たちにアノ話をした時、最初ネットの生放送で聞いたとかなんとかって……
う、うん……
部屋のパソコンに、まだ履歴が残ってるんじゃない?
そんなの、調べてどうするの?
……アノ夢を見たら一週間以内に死ぬ……
もしそれが本当だとしたら、アタシたちあと一週間しか時間がないんだよ?
ううん、もしかしたら以内って事はもっと早くに死ぬ可能性だって……
そ、そんなの作り話だって、サキもそう言ってたし……
それならそれでいい……
絵莉は階段を昇りはじめる。
ちっ、ちょっと待って!
そんな勝手に部屋に入っていいの?
少しパソコンを見るだけだから……
…………
サキの部屋。
そっと、その扉を開けて中へと入る。
前に遊びに来た時と全く変わらない。
コルクボードに貼られた私たちの写真。
本当に、サキは死んでしまったのだろうか……。
未だ私はその現実を受け入れられずにいた。
あった、これの履歴を見てみよ
絵莉は、勉強机の上のPCの電源を入れた。
ううん~……コレ?
違う……コッチか?
しかし、なかなかアノ話に結びつく様なページは見当たらない。
勝手に部屋へ入った事への罪悪感と、なかなか見つからない事からの焦り。
私は絵莉を急かした。
ねぇ、早く出ようよ……
見つかったらマズイんじゃない?
あとちょっとで終わるから!
その時──
…………っ
誰か来た!
ゆっくりと部屋の扉が開いた……。