――11/30(月)

はあ。まいった。









いやーまさか、









僕って本当……。









でもなぁ~~。



ショックが大きい。
何が大きいかと言うと、
ショックが大きいのだった。
そして僕のショックは大きかった。

おはらっきー!

おっす。あのさあ……。

ん?

バイトまた落ちたわ。



夏服が終わった頃からだ。


僕は家の中では彼女に会いたくてたまらず、
今はどこで何をしているのかとか、
どうしてあんなに魅力的なんだろうとか、
そんなことで頭の中が
いっぱいになって落ち着かず、

学校の中では今何を考えているのかとか、
どうしてあんなに魅力的なんだろうとか、
そんなことで頭がいっぱいだった。


僕なんかが吐いた二酸化炭素が
教室の中で彼女の二酸化炭素と
混ざりあってしまうことが
恥ずかしいやら申し訳ないやらで
耐えきれなくなり、

せめて学校にいる間は
呼吸するのを我慢しようと思い、
2分30秒が経過したところで
気を失い保健室へ運ばれた。


このままじっとしていたら
どうにかなってしまう!
いや、現時点でかなりどうにかなってる!


そうして気を紛らわせるために
バイトでもしようと思った、
のだが、

まー気を落とすなって! 次いこうぜ!

うん。ありがとう。



バイトの面接って、落ちないものだと思ってた。


でもこの間からカフェ、コンビニ、と
バイトに応募してきて、
先週面接に行ってきたCDショップからも
不採用の通知が届いた。


そんなに自分のことを
有能とは思っていないけれど、
こんなにも人から必要とされないと、
僕って何なんだろうと思う。



教室に着いた高校生が
まず始めに何をするかと言えば、
そうモンストである。

今日までガチャの当たり確率アップか

そうだ。課金しよう!



名案だ!


課金をする。

お金がなくなる。

バイトをしないといけない理由が増える。

追い詰められた僕の内なる力が目覚め、
なんやかんやでバイトにも受かる。


そうと決まれば善は急げだ。
僕は課金画面を開くと
『1000円』を選択し、オーブを購入した。

さあガチャを引くぞ!



課金して引くガチャはスリルが違う。


画面上の虹色のガラス玉を弾くと
ドラゴンのオブジェが回転し、
モンスターが現れた。

『人食いショートケーキ』

外れだ……。もう一度引こう。

『人食いショートケーキ』

ダブった……



貴重なお小遣いが一瞬にして溶けていく。
やめておけばよかった!

『闇金ウシジマくん』だったら、
こういう場面から破滅の人生が始まるのである。

ぬあー! 最後のチャンスだ!
僕の中のツモ運よ、うなれ!



『No.???? 魔人ジェニー』

ん? なんだろうこれは。


画面に映し出されたのは、
長い金髪に不思議な洋服を着た女の子だった。
こんなモンスターは見たことが無い。


ステータスを確認しようとしたものの、
表記が文字化けしてしまっていて
よく分からなかった。

おはよー!

!!

おはよう!

おはよう!



それまで朝の眠気と初冬の肌寒さの中で
上野動物園のパンダのように
無気力だったクラスメイト達が、
彼女一人が教室に入ってくるだけで
とたんに活力を取り戻した。

もちろん僕だって同じだ。

勉強教えてもらってもいい?

うん。私にわかることなら。

この間話したマンガ、
持ってきたから読んで感想聞かせてよ!

ありがとう!
帰ったらゆっくり読むね!

はあ。今日も可愛いな。



可愛くて、
頭が良くて、
誰にでも愛想が良くて、
いつもにこにこと笑っていて、
それがすごく可愛くて、
そんな彼女が人気者にならないわけがなかった。


ポケットに携帯をしまった僕は、
その直前の不思議な出来事を
すぐに忘れてしまっていた。


だけど事態はすでに進行してしまっていて、
そこから逃れる方法なんて
始めから残っていなかったのだ。

 



気が付けば放課後。
また彼女の姿を後ろから眺めるだけで
授業がすべて終わってしまった。

次に彼女に会えるのは16時間後だ。

おい、帰ろうぜ

あーー。うん、そうなんだけど……。

ごめん! 先に帰っててくれ!

? 分かったよ。



ばつの悪そうな安井は、
僕と目を合わさずに
そそくさと教室を出て行った。


僕は階段を下りて
玄関で靴を履き替え、
校門を出たところでボロ自転車に跨る。

最近なんか様子がおかしいんだよな。
困ってることがあるなら相談してほしいけど。
明日聞いてみようかな。



それよりも今はバイトのことを
考えなければいけなかった。


実はCDショップの他にも、
ピザ屋の宅配の仕事にも応募をしていて、
その面接が今日この後に始まるのだ。


先月16歳になった僕は
原付免許を取得していて、
自分のバイクが買えるようになるまでは
バイトでもいいから運転がしたかった。

そうか。貯金が貯まったら
原付も買えるかも。



もし原付を買えるようになったら、
海までツーリングしよう。
安井には自転車に乗らせておけばいい。


水平線を横目に長い国道を流して、
海に着いたらイカ焼きを買って、
そんな姿をあの子が見たら
教室と違う一面に思わずときめいちゃったり、
はしないよな。原付だし。


『ピザ・デーモン』は自宅と学校の
ちょうど中間点にあって、
考え事をしている間に
馴染みの赤い看板が見えてきた。

相変わらずすげー名前……。



お店の前に自転車を停めるのは
なんとなく悪いかもと思い、
その先のタコスなんとかという
軽食屋の前に停車した。


自転車を降りたとき、
暇そうに店番をしていた
メキシコ人の男性にこちらを見られたけど、
残念ながら今の僕には
口をタコス臭くするわけには
いかない理由がある。


『ピザ・デーモン』では、
中年の男の人がこちらも暇そうに
店番をしていた。
まだ夕飯時には早いから
注文もないのだろう。


おそらくこの人が店長だと思い、
自動ドアを潜ったところで声を掛けた。

あっあの、16時から面接のお約束を頂いていて

遊川くんだね。お待ちしてました。
どうぞこちらへ。

はひっ



レジの脇のカウンターからキッチンへ入り、
その先の控え室のようなところに通された。

きっとみんなここで着替えたり、
休憩したりするのだろう。


当然だけどやけにピザの臭いがするな、
と思ったら、
灰皿やシフト表の散らばったテーブルの上に、
ほとんど手の付けられていない
ピザが一枚お皿に乗っているのだった。


多分控え室の背景画像が
見つからなかったんだな、と僕は思った。

なるほど。自宅から近いんだね。

はははいそうれす!

バイクの運転はどう?
自信はある?

自信は、分からないですけど、
丁寧に運転すれば問題無いと思います。

そうだね。
何よりも大切なのは事故を起こさないことだから、
丁寧に運転するのは大事なことだね。

ありがっ、とごじゃいます!

うーん、ていうかね、
言いづらいんだけど、

実は日曜日にも別の子が面接に来てさ、
まあやる気はあるみたいだったから、
その子に合格って伝えちゃったんだよねー。

せっかく来てもらったから
面接だけはしようと思ったんだけど、
見ての通り、うちのお店小さいでしょ?

宅配の子はこれ以上増やす余裕もないんだよね。
人を増やし過ぎるとシフトの不満が出てくるし、
それを管理するコストも大変でさ。

それで、大変申し訳ないんだけど、
今回は不採用ってことで。

いやー申し訳ない!

……。










大した時間は経っていないはずなのに、
辺りはもう暗くなっていた。


この季節の日の沈むのは本当に早い。
これからはそれがもっと早くなって、
そして世間は2016年になる。


僕はいつになったらバイトが決まるのだろう。


先程と同じメキシコ人の
刺すような視線を感じながら、
けれどそれに気づかないふりをして
自転車に乗った。

人が決まるのは仕方ないよ……。
決まるのは。
だけどそれを教えてくれないっていうのは何なんだ?

大人になったらホウレンソウが大事なんじゃないのかよ。
履歴書も写真もタダじゃないのに。



今日はついてない。
朝から気分の落ちることばかりだ。


早く家に帰って、ご飯を食べて、
お風呂に入って寝よう。


肌寒い風や、街灯の明かり、
そういったあらゆるものが
僕に辛く当たってくる気がして、
ペダルを漕ぐスピードを上げた。


突き当たりの角を曲がったところで
僕の目に飛び込んできたのは、

――

今日はついてる!



学校の外で彼女に会えるなんて初めてだ!


どうしよう、声を掛けてみようかな。
でも何を話せばいいんだろう。
万が一僕が彼女の後をつけ回してきたみたいに
思われたら、逆に嫌われるかな。


僕は悩みながら、彼女の姿を追いかけた。

視界の先に見えた彼女は
ちょうどお店に入っていったところだったので、
50メートル向こうまで自転車を走らせて、
お店の正面まで来たところで
再びその姿を捉えることが出来た。

花屋……。

彼女について、
僕の知っていることは少ない。


お花が好きだったのか。
そんなことを思いながら、
僕の目に飛び込んできたのは、

――

――

……安井?















次回の更新日は11/24(火)予定です!

ささやかな日々の終わり

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