祖父が何者で、私が何なのか、そんなことはわからない。
もしかしたら知っている人はいるのかもしれないけど、何も明らかにならないまま過ごしていく可能性だってあるだろう。私の予知夢もずっと終わらないまま続いていくのかもしれない。
だとしても、私には海里くんがいる。
同じ祖父の血を引いた従弟がいて、何者かもわからない私を大切に思ってくれている。
他のことが曖昧ではっきりしなくても、これだけは確かだ。信じていい。
祖父が何者で、私が何なのか、そんなことはわからない。
もしかしたら知っている人はいるのかもしれないけど、何も明らかにならないまま過ごしていく可能性だってあるだろう。私の予知夢もずっと終わらないまま続いていくのかもしれない。
だとしても、私には海里くんがいる。
同じ祖父の血を引いた従弟がいて、何者かもわからない私を大切に思ってくれている。
他のことが曖昧ではっきりしなくても、これだけは確かだ。信じていい。
……そうか、同じ血か。
私、一人じゃないんだね
私は彼の言葉に、霧が晴れたような気分になって顎を引く。
それから、目の前にいる従弟の顔を見つめた。
彼はこの一ヶ月ですっかり大人になってしまったようだ。迷いのない表情は凛々しく、瞳はひたむきに私を見つめている。
私の方が年上だという自負がこれまではあったけど、そんなものも海里くんといる時は必要ないのかもしれなかった。
海里くん、もう十分すぎるくらい、いい男になってるよ
片手は繋いだまま、私はもう片方の手を彼の背中に回して、そっと抱きついた。
今は全部でその体温を、血の温かさを感じていたかった。
本当に?
のどかさんに釣り合うかな、今の俺
嬉しそうに言った海里くんが、やはり片手で私を抱き締める。
釣り合うどころか追い抜かれている気さえする。これからは私もちょっと、気持ちを入れ替えて頑張らないと。
私が『エスパー美女のどかさん』なのか、『天狗の美女のどかさん』なのかは未だに定かじゃない。
あるいはそれとはまた違う、不思議な力を持った存在なのかもしれない。
これから先、その真実の程を突き止められるかどうかさえわかったもんじゃない。
だけど私が何者だろうと、海里くんの従姉である事実だけは絶対に揺るがない。
揺るぎないものが一つあれば、それを支えに生きていける。
わからないことだらけでも、変なことが起こっても、よく当たる予知夢を見たとしても、それが海里くんの夢ならそう悪いもんじゃないって今は思う。
あの葉団扇のことは気になるけど、あれもそのうち役立つ機会があるかもしれないし――仮になくても、海里くんと一緒に守っていこうと思っている。
だから私は難しく考えるのをやめた。
代わりにこっちにいられる時間を存分に楽しんでやろうと、台所を借りて海里くんの為に甘いお菓子を作ってあげた。夜も遅かったけど海里くんと二人でそれを食べ、さっきまであった不安も忘れて楽しく過ごした。
そして眠りに就いたその晩も、夢を見た。
翌朝、少し早めに起きてきた私を、海里くんは笑顔で出迎えた。
のどかさん、午前の電車で帰るんだろ?
俺、駅まで送って――
言いかけて、海里くんが言葉を止める。
睨んでいる私に気がついたからだろう。途端に怪訝そうな顔をした。
あれ、どしたののどかさん。
機嫌悪い?
悪くないけど、ちょっと距離を取ってくれる?
あんま近づかないで
え、何でだよ。
急に冷たいこと言って
『何で』じゃない!
君がどんな魂胆でいるかは夢でお見通しだからね!
私のよく当たる予知夢はまたしても海里くんの夢を見せてくれた。
田舎町を離れ家路に着く私を、先月と同じように海里くんは駅まで送ると言ってくれた。
別に断る理由もないしもっと一緒にいたいしと私はその申し出を受けたわけだけど、辿り着いた先の駅で彼は事もあろうに――。
全く、この間まで私の後をついてくるよちよち可愛い海里くんだと思ってたのに!
夢のことを思い出すと文句も言わずにはいられなかった。
ついでに顔も熱くなったけどこれは、怒りのせいだ。多分。
所詮は君も男の子、油断も隙もあったもんじゃないね!
噛みつく私に、海里くんはようやく合点がいった様子で唇の両端を吊り上げた。
もしかして俺、夢の中でのどかさんに何かした?
何したの?
そ……れは、別にいちいち説明するようなことでもないけど!
いや、言ってもらわなきゃわかんないし気をつけようもないよ。
教えて、のどかさん
口調だけは可愛く、しかし表情は自信に満ち溢れた海里くんが私にねだる。
しかしよもや言えるだろうか。
あんな夢の中身を――ともすればまた欲求不満ではないかと自分の深層心理すら疑ってしまいそうになるあんな夢を、海里くんに打ち明けるのは死ぬほど恥ずかしい。
恥ずかしさで死んだ人間がいるのかはわからないけど、私がその最初の一人になってしまう恐れもある。
まだ祖父に会いに行くのは早いし、と言うか死ななくたって海里くんには言えそうにないし!
俺がしようと思ってたことと、のどかさんの夢が同じだったら嬉しいんだけどな
海里くんはにこにこと笑みながら、まるで探るような視線を私に向けてくる。
私は頬を膨らませて応じた。
絶対言うものか!
教えてよ、のどかさん。
じゃあせめて、のどかさんが嫌だったかどうかだけでも
嫌かどうかじゃなくてだね、交際一ヶ月の間柄でいきなりあれはいかがなものかと!
あ、嫌じゃなかったんだ。
わかった、覚えとくよ
何も言わないうちから納得した海里くんが、その後で笑い声を立てる。
だってのどかさん、顔緩んでんじゃん。
怒ってみせようとしても駄目だよ
予知夢というやつは時に不便なもので、これから起こることを正確に当ててくれるから困る。
駅に着いたら何が起きるかわかっているというのに、平常心を持って立ち向かえるだろうか。と言うか何かこう、予知夢が本当になっちゃうのかななんて期待と言うか、身構えてしまうではないか。それはもう顔だって緩む。
それにしても、海里くんは日を追うごとに祖父みたいな頭の使い方をするようになってきた。
もし祖父がエスパーか天狗かそういった存在だったとしたら、その不思議な力を私が、そして叡智の方を海里くんが受け継いだのかもしれない。それだって当て推量でしかないけど、何となくそんなふうに思う。
次はいつ来る? 年末?
それとも十月の連休?
駅までの道を歩きながら、海里くんは何だか上機嫌だ。昨日の出来事はもう不安でもないのか、すっきりした表情でいる。
私も彼の楽観主義を見習って、あれこれ考えるのはやめとこうと思う。
言っとくけど、浮気とかしたら夢でばれちゃうかもしれないんだからね!
するわけないじゃん。
せっかくのどかさんと付き合えてるのにさ
海里くんはきっぱり言い切ると、祖父とよく似た形の瞳を細めた。
俺ものどかさんの夢が見たいな。次は夢に出てくる能力を身に着けてよ
そんな力がもしあったら、真っ先に祖父が夢枕に立ってそうな気がするから、やっぱりないんじゃないかな。
でもまあ、この先何が起こるかわからない。
いつかそういう力が本当に備わるかもしれないから、その時に備えて会えない間も常にこの美貌を維持しておこう。
私だって、海里くんに釣り合う彼女でありたいしね。