第一回
第一回
招待状
黒谷陽炎(くろやかげろう)様
この度、あなた様は我が社が主催いたします、鬼ごっこのメンバーとして選ばれました。
このメールを見た後は、下記のメールアドレスまで、ご連絡ください。
と、わけのわからないメールが来たのは、今朝――といっても午前十時頃なのだが――目を覚まして携帯を確認しているときだった。
黒谷陽炎、十七歳。高校三年生。
夏休み、受験勉強の真っ只中で届いたのは、人生初の迷惑メールだった。
…………
時間は過ぎて。
俺はメールアプリを開いて件のメールに再び目を通していた。もしかしたら何か見逃しているだけなのかもしれないと思ったからだ。
しかし、会社名といい、アドレスといい、やはり思い当たるものは何もなかった。
しょーもな、誰が送るんだ、こんなもん……
俺は再認識したその馬鹿馬鹿しすぎる内容にそう吐き捨て、そのメールをゴミ箱へと葬った。このメールアプリのゴミ箱は何日か経つと自動的に中を空にするので、わざわざ自分でする必要はない。
……にしても、鬼ごっこかぁ……
最後にやったのはいつだっただろうか。思えば、高校に入ってからは一度もしていない。小学六年生の妹はいるが、流石に二人でする遊びでもないしな……。
懐かしい感覚を覚えながら、椅子の背凭れに寄りかかる。今の今まで勉強中で、気づけば夕方の五時だった。一時から勉強しているから、もう四時間ほどぶっ続けなわけだ。我ながら大真面目だなと思う。
ちょっと休むか……
身体を伸ばしつつ、そう思う。根を詰めすぎるなとも言うし、また夜に再開すればいいだろう。
勉強机から離れ、ベッドにダイブする。メールアプリを閉じて、LINEの方を確認した。通知が溜まっている。いくつかは気にしなくていいものなのだが、他のいくつかは返した方がいい。
ベッドに仰向けになり、それぞれのメッセージに返事をしていく。
――と。
最近暇だ~~
なんか面白いことねぇかな~~
幼馴染であり同級生でもある大山陸から、とても受験生とは思えないメッセージが来ていた。
いや、勉強しろよ!
陸は別に頭が良いわけじゃない。が、悪いわけでもない。中の上から中の下の間をうろちょろしているような成績だ。
だから「暇なら勉強しろ」と、有名キャラの怒ったスタンプ付きでそうメッセージを送った。返信が来るのかは判らない。
――それから何人かのメッセージに返事して、俺は一段落とした。少ししたらソシャゲでもしよう。暇つぶしにはちょうどいい。
そう思って、昼寝でもしようとしたその時。
――それは、メールの着信音だった。件のメールのことがあってドキッとするが、確認するとただの宣伝メールだった。またどこかの会社が新しいソシャゲのアプリを出すらしい。
…………
と、別にそれはいい。
ただ、メールアプリを開いた俺の手は、気づけばゴミ箱を開いていた。さっきのメールを開き、再び目を通す。
――と、同時に思い出すのは、陸のメッセージだった。
なんか面白いことねぇかな~~
面白いこと……か
アドレスをタップし、返信を選択する。何か書いた方がいいのかと思ったが、結局空メールで送ることにした。送信を押すと、風を切るような音に続けて、『送信完了しました』と画面に表示される。
もうどうにでもなれだな……
内心でため息をついて、画面を眺める。
――と、十秒も経ってないのに返信が来た。
早っ! いくら何でも……
そう突っ込みつつ、確認する。
エントリー№4 黒谷陽炎様。
メール受け取りました。参加、誠にありがとうございます。
確かにあの会社だ。エントリー№とか気になるけど、とにかくこれで参加は決まりらしい。
――ってあれ? これ返信した時点で参加決定になるのか?
となると、やはりこれは――。
ほとんど詐欺じゃん……
まあ、誰が送るんだって言ったの俺だけどさ……。
自分のことを棚に上げていたのを思い出し、メールアプリを閉じる。
と、またメールが届いた。見ると、これまたさっきの会社からだった。
黒谷陽炎様
全員が揃いましたので、開始いたします。本日午後九時にαデパートまでお越しください。
…………え?
全員が揃った? ――いや、まだそれはいい。
本日? 午後九時? 何言ってるんだ?
俺はメールの本文を何回も見返したが、それは一文字も変わらなかった。確かなものとして、存在している。
マジかよ……
俺は混乱しつつも、心の片隅でたぶん行けるんだろうなあと考えていた。九時十時くらいなら、母さんも許してくれる。母さんは門限などに関しては寛容だったはずだ。
……とりあえず行ってみるか……
俺は今度こそメールアプリを閉じ、母さんに許可を貰うため一階に降りたのだった。