ここは新宿、時は現代。細い路地裏を通った人知れぬ場所に、一つの喫茶店がありました。そこで開かれるのは秘密のお茶会、会員制。今日も気ままに気心知れた、現代を生きる伝説の人たちが集まったようです。店の中を覗いてみれば、カウンター席に二人の男と一人の女性が座っています。

桃太郎

いやー、辛いね。どこも不景気でさ。鬼からカツアゲした金も尽きそうだし、次どこ襲おうかな~

浦島太郎

開口一番それですか桃太郎君

カウンター席の真ん中に座るのは鬼退治の桃太郎。左隣に座っているのは浦島太郎です。さっそく放った桃太郎の暴力的な発言に呆れているようです。

かぐや姫

そうよ、あんたいい加減にしてないと捕まるわよ?

右隣に座る女性は竹物語のかぐや姫。浦島太郎と同じように、野蛮な桃太郎を注意しています。

桃太郎

あの頃は許されてたよ

かぐや姫

あのねえ、私たちが現役だった頃とは時代が違うんだから。気を付けなさいよ本当

浦島太郎

桃太郎君、残念です。日本を代表する英雄が時代の移り変わりで社会不適合者ですか。まあその点僕は善良な市民なんでいいですけどね

桃太郎

何言ってんだよ浦島てめえ。お前こそ最大の負け組だろうが。聞いたぞ、お前ヘルス竜宮城出禁になったんだって?

浦島太郎

ヘルスって言うの止めて欲しいな

桃太郎の言葉に浦島太郎は眉を曲げて言い返します。ですが、桃太郎は気にしている様子はありません。むしろ鼻で笑っています。

桃太郎

じゃあ竜宮城ってどんな場所だよ? 違うならお前説明してみろって

浦島太郎

いいでしょう。かつてカメが僕を案内してくれる時に言った台詞ですが、カメは僕にこう言ってくれたんだ

桃太郎からの挑発に浦島太郎は毅然と答えると、以前教えてくれたというカメを話しはじめました。

カメ(気にしたら負け)

いいか浦島? 竜宮城とは女性器とよく似ている。まず濡れているし、客が出たり入ったりするのも同じだ。それに潜水服を着て入るのも同じだし、破れていたら大変なことになるのも同じだ。だから浦島、竜宮城に入る前にはしっかり全身を洗ってきれいにしておくんだぞ

言い終わると浦島太郎は満足気に頷きました。

浦島太郎

うん、確かこう言ってた

桃太郎

あー、要するに竜宮城って遊郭ってこと?

浦島太郎

その、うん、まあ・・・・

否定はしないようです。

かぐや姫

それで浦島、あんた本当に出禁になったの? あんたから竜宮城取ったらただの人じゃん。こんな陰湿な男の腐った事情なんかに顔突っ込みたくないけどさ、日本昔話のよしみで相談に乗ってあげるから、話してみなさいよ

桃太郎

おう、話せ話せ。面白そうだから聞いてやるよ

浦島太郎

ありがとうかぐやさん。それと桃太郎君、君のメルアド消しておくよ

浦島太郎と言えば竜宮城。その竜宮城に入ってはいけなくなってしまったとは、どんな事情があったのでしょうか。気になりますが、どうやら本人にも分からないようで、表情が優れません。

浦島太郎

でも、僕にもどうして入って駄目と言われたのか、てんで分からないんだ。いつも通りカメに案内されて入ろうとしただけなのに、門番からそう言われて。事情を聞こうと思って乙姫ちゃんと話がしたくても、会ってくれないんだ。訳が分からないよ。竜宮城は僕にとってのパラダイス、聖域だったんだ。そりゃあ、二回や三回は本番をさせてくれと頼んだよ? でもどうして出禁になったんだ、こんなの絶対おかしいよ

桃太郎

おかしいのはお前の頭だ!

桃太郎

それだよ! 気づけよ! なんでお前の中では二、三回なら許されることになってんだよ!

かぐや姫

ねえ、浦島。あんた帰ってくれない?

浦島太郎

ひどいな

かぐや姫

あんたの方がよっぽどひどいわ

浦島太郎に二人からの辛辣な視線が向けられます。ですが仕方がないでしょう。浦島太郎は低俗で陰湿なゴミクズビチグソ野郎だったのです。
 一人はカツアゲ。一人は出禁。残されたかぐや姫は頬杖をつき、ため息を吐きます。

かぐや姫

まったく、どうして私の周りにはこうもロクでなししかいないのよ

桃太郎

俺とこいつを一緒にするんじゃねえよ。それとお前だって補導歴あるだろうが、月から家出少女

桃太郎が小馬鹿にしたようにかぐや姫に言います。すかさずかぐや姫は言いました。

かぐや姫

観光よ

桃太郎

それが言い訳?

かぐや姫

これが建前

桃太郎

本音は?

かぐや姫

両親がウザかった

浦島太郎

ねえ、月には可愛い女の子たくさんいる?

かぐや姫

あんたまだいたの?

 それをかぐや姫は汚物を見るような目で返します。
 一人はカツアゲ、一人は出禁。残った少女は補導歴。そういえばもう一人はどこだろうかと、桃太郎が首を右に左に動かし始めました。

桃太郎

そういえば金太郎はどうしたんだ? あいつ今日非番だろう?

かぐや姫

あいつだったら捕まったわよ

桃太郎

マジで!?

かぐや姫の答えに桃太郎が驚きます。浦島太郎は興味がないようで落ち込みながら紅茶をすすっていますが、かぐや姫はやれやれと首を振りました。

かぐや姫

このご時世におしり露出して歩いてたら警察に職質されて、それを振り払おうと手を上げたからお縄に掛かったわ

桃太郎

なるほど。ケツ丸出しとか、野原しん●すけが成人したみたいな奴だったな

 常にケツ丸出し星人の金太郎は檻の中。クマと相撲をして勝った彼も、国家権力には勝てなかったようです。
 金太郎の境遇に思うところがあったのか、桃太郎は納得したのか達観したのか、背もたれに背中を預けました。

桃太郎

まあ確かに、昔とは違うんだ。俺たちも自重して生活しないとな。時代には逆らえねえってか

浦島太郎

桃太郎君。君はいい加減働くべきだ。力持ちなんだし格闘家にでもなればいいじゃないか

桃太郎

俺の力は見世物じゃない。悪を倒すための選ばれし力なんだ

浦島太郎

それでやってることがカツアゲ? 桃太郎君、君言ってることメチャクチャだよ

かぐや姫

ねえ、こいつ一四才から時間が止まってるんじゃないの?

桃太郎

うるせえよ!

二人からの指摘に桃太郎は片手を振って突き放します。それが癇に障ったのか、かぐや姫は席を立ってしまいました。

かぐや姫

あー、はいはい。そうですか。じゃあ私はここらで月に帰らせてもらうわ

桃太郎

天に還る?

かぐや姫

月に帰るよ

ですが、桃太郎の聞き間違いに足を止めてしまいます。

かぐや姫

変な聞き間違いしないでよ。天に還るって、それ死ぬ直前のムキムキマッチョマンが言うセリフでしょう? 私は月に帰るのよ、じゃあね

かぐや姫は自分のお代をカウンター席に置き、今度こそ扉を開け出て行ってしまいました。
 すると表通りで停車していたタクシーを見つけたようで、掛け声を上げながら慌てて走っていきます。

かぐや姫

へい、タクシー。月までお願い!

カランカラン、と音を立て扉が閉まります。桃太郎はやれやれと、姿勢を正し正面に向き直ります。

桃太郎

聞いたかよ、へいタクシー、月までお願い~だとよ。あいつのおつむもたいがいだな

浦島太郎

はあ、もう竜宮城に行けないなんて。居場所を失った。生きている意味がない。鬱だ、死のう

桃太郎

まあ待てって浦島。今日は俺が良い店連れっててやるよ

隣で今も落ち込み呟いている浦島太郎を、桃太郎は片腕を首に回して抱き寄せます。浦島太郎は苦しそうな表情をしながらも、忘れられない竜宮城に悲痛な思いをしています。

浦島太郎

無理だよ、僕は竜宮城一筋だったんだ。今更別の場所なんて

桃太郎

いやそれがな、最近近くに良いのができたんだよ

明るい口調と楽しげな表情に、浦島太郎は暴れるのを止め、恐る恐る見上げました。

浦島太郎

……どんな店?

 浦島太郎からの眼差しに桃太郎は親指を立て、ニカッと笑い言いました。

桃太郎

ヘルス鬼が島

浦島太郎

決まりだね

 そして、二人はお代を払うと、仲良く店を出て行くのでした。
 ここは新宿、時は現代。細い路地裏を通った人知れぬ場所に、一つの喫茶店がありました。そこで開かれるのは秘密のお茶会、会員制。今日も気ままに気心知れた、現代を生きる伝説の人たちが集まったようです。
 なお、現代では低俗な模様。

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