時々、ダーツを投げる合間に、先輩は奇妙な事を言い出すことがあった。
 その日は平日の昼間ということもあって、客は僕と先輩だけだった。マスターは常連客の僕たちに店番を頼み、昼飯を食べに行ってしまっていた。
 僕は店に置いてある古い漫画雑誌を読み、先輩は黙々とダーツを投げている。
 漫画雑誌のページを捲る音、ダーツがボードに刺さる音、たまに刺さったダーツを引き抜きに行く先輩の足音……後はうるさい蝉の声。

なあ、ダーツ占い知ってるか?

 先輩はダーツを投げながら言った。
 女帝といい先輩といい、一人で黙々とダーツを投げる事が出来ないらしい。必ず僕に話しかけてくる。
 無視するわけにもいかず、僕は漫画を読みながら答える。

知らないです。初めて聞きました。真ん中のインナーブルを当てたら両想いになれるとかですか?

 インナーブルはブルと呼ばれる真ん中の二重円の内側だ。
 先輩はニヤッと唇の端を上げる。

ん~そうだな……世界が滅ぶとか?

 僕は呆れた顔をしていただろう。1999年夏の会話だ。ノストラダムスの大予言では世界が滅ぶと言われていて、僕が読んでいた漫画雑誌は去年のだが、ちょうどノストラダムスが題材の漫画のところを読んでいた。

世界が滅ぶって……先輩のダーツ一本で、世界の命運を占うんですか? じゃあ、先輩のダーツがアウターブルに入ったら、セーフ?

 アウターブルはブルの二重円の外側だ。

ん~、そうだなぁ。アウターブルなら……俺の仕送りが止められる

……ちっさ! 世界滅亡と先輩の仕送り停止って、差があり過ぎですよ!

何言ってるんだ! 仕送り停止なんて、死活問題じゃないか!

先輩だけの個人的すぎる規模ですよ! まったく……

 僕はもう何も言う気力が無かった。
 しかし、先輩は何やら不満顔で、ブツブツ言いながらダーツを投げる。
 すると……見事インナーブルに刺さった。
 思わず沈黙する僕と先輩。先輩など、投げた姿のまま固まっている。

……た、たまたまですよね?

 僕が乾いた笑い声を上げるが、先輩は無表情にもう一度ダーツを投げる。
 ……インナーブル。
 ぞわっと寒気が走る。空気がピンと張っている気がする。さっきまでの夏の気だるい空気など無く、蝉の声だけが変わらず煩い。
 先輩は表情を変えずに、ただ今までよりもゆっくり慎重に構える。

先輩……もう……

 止めましょうと言いたかった。
 しかし、先輩は本気で狙っている。先輩は……当たって欲しいのだろうか? まさか……世界の滅亡を願ってるわけじゃない……はず。いくらノストラダムスが好きだからって……そんなこと、真剣に願っては無いだろう。きっと。
 先輩の三投目は……。

あっ!

 外れだった。

あ~あ、残念。スリー・イン・ザ・ブラック達成のチャンスだったのに

 先輩は残念そうに溜息を吐く。

そっか、そうですね。スリー・イン・ザ・ブラックのチャンスでしたね。ふふ

 僕は自分の勘違いに笑ってしまう。先輩が狙っていたのは、スリー・イン・ザ・ブラックで、占いの事などどうでも良かったらしい。世界滅亡がどうとか、いつもの先輩のおふざけだったんだ。

先輩が外れたというのに、ずいぶん嬉しそうだね。この後輩君は

いひゃ! いひゃいです!

先輩を笑った罰だよ。ははっ!

 先輩は僕の頬を引っ張り、楽しそうに笑う。

 まあ、頬は痛いけど、いつも通りの空気と先輩に僕は笑っていた。
 僕はこの夏の気だるい空気と先輩が好きだ。けど、季節は変わるし……まわりも変わっていく。ノストラダムスが忘れ去られる頃、先輩と僕はどこで何をしてるんだろう……?
 ……そういえば、先輩は金持ちの息子だった。どうにでも安泰の未来だ。むしろ、僕の方がやばい……。

 ちなみに、スリー・イン・ザ・ブラックは、インナーブルに三回刺さる事をいう。ブラックというのは、インナーブルが黒いかららしい。

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