俺の名前はチビ。歳は十五歳ぐらい。外見は名前の通りチビだ。でも、俺はそのことを気にしたことがない。背の高さをカバーするだけの中身を持っている自信があるし、気にして背が伸びるなら、世界中からチビがいなくなっているだろ? だから、俺は気にしない。無駄に悩まない主義だし、脳みそを働かせるのは俺の役目じゃない。ノッポの役目だ。ノッポは俺の親友で、名前のとおり痩せて背が高い。歳は十五歳と主張してるけど、俺は怪しいと思ってる。もっと歳を食ってるんじゃないかな。まあ、何歳だろうと俺には関係ないけどさ。
 そのノッポの様子がおかしい。初めて会ったときからおかしなヤツだったけど、今朝はもっと変だ。昨日の夜、俺が拾ってきた雑誌を読んでからだ。とても気になる記事があったらしい。

そんな真実の欠片もない、下劣な雑誌を読むのはやめなさい

 と、普段のノッポは言っていたくせに。朝から熱心に雑誌を読んでいる。
 食事当番のノッポがこんな感じだから、朝食はパンとコーヒーだけだ。目玉焼きでも欲しいところだけど、絶対に聞こえなさそう。
 ノッポは雑誌からやっと顔を上げ、何を言うのかと待っていたら、いきなり雑誌の記事を声に出して読み始めた。

悲鳴と怒声、拳銃の音とドラッグ中毒者の笑い声。魔境と呼ばれる街・トウキョウ。そのトウキョウの外れに森が広がっている。樹海である。普通の人間は一度足を踏み入れたら帰れない。人を飲みこむ森と信じられている。その樹海にはいつの頃からか、ある噂が流れ始めた。
 樹海の奥に一軒の家があり、二人の少年が住んでいる。見た目は普通の人間だが、本当は何百年も生きており、すごい力を持っている。彼らの好物である甘い食べ物をあげたら、どんな厄介事でも解決してくれる…。
 どう思います? チビ

あははっ。まるで俺たちみたいじゃん

まるでではありません! そのまま私たちのことを言っているんですよっ!

 俺は少し考える。

…それっておかしくないか? だってさ、俺たちはそんな百年以上も長生きしてないじゃん

ああっ、もうっ! このおバカさんは

 俺の鋭い指摘に、何故かノッポは長い黒髪を掻き毟る。
 やばい。ヒステリーが起きる寸前だ。俺は反射的に椅子を引いて、いつでも逃げられる体勢になる。
 ノッポを大きく深呼吸すると、片頬を引きつかせ、感情を押し殺した声で説明してくれる。

あのですね。噂話っていうものは、広まれば広まるほど大袈裟に伝わるものです

そういうもんなの?

そういうものです。どこの世界に甘い食べ物一つで、厄介事を解決したりしますか。労力に見合ったお金を頂かなければ

 ノッポはすっかり冷えたコーヒーを一口飲み、さらに話しを続ける。

この記事は半分が嘘で半分が真実ですから、余計に困るんですよ。もし、この記事を本気にして、菓子箱を抱えた遭難者が続出したら困りますし、逆にせっかく裏社会に浸透していた私たちの存在をただの噂だと思われても困ります

ああ、確かに困るな。お菓子も好きだけど、肉も好きだからな

 俺も納得して頷くが、なぜかノッポは白い目で俺を見ている。

…まあ、食べ物のことは置いといて。とにかく、この記事の出所を確かめなければいけません。誰が私たちのことを喋ったのかをね

 ノッポはすっと目を細める。怒ってやがる。
 うーん、言い忘れていたけど、俺たちはあくまでも裏社会での厄介事を引き受けるから、表社会に存在がばれるのは困る。だから、依頼者には俺たちの存在を喋らないように、ノッポが脅かしているはずなのに。
 ノッポはコーヒーを一気に飲み干し、白いロングコートを羽織る。

さあ、チビ。早く食事を済ませてください。トウキョウに出かけますよ

五日前に仕事が終わって帰ってきたばかりなのに、またトウキョウに行くのかぁ。めんどいな

仕方ないでしょう。私たちの仕事生命が掛かっているんですから

 俺は最後のパンの欠片を口に放りこみ、龍の刺繍の入った赤いスカジャンを着る。

その街のチンピラみたいな格好はどうにかなりませんか?

 ノッポが眉をひそめ、何度目かの文句を言った。俺も何度目かの返事をしてやる。

俺のポリシーだ

はいはい。わかりましたよ。それでは、せめて本物のチンピラみたいに喧嘩するのは止めてくださいね

おうっ! 任せとけっ!

 胸を張って言ったのに、何故かノッポはこめかみを指で押さえ、

頭痛がしてくる…

 と呟いていた。変なヤツ。
 そういうわけで、俺たちは樹海を出て、魔境と呼ばれるトウキョウへ行ったのである…と言いたいところだけど、俺たちって必ずトラブルに巻き込まれるんだよなあ。
 樹海を出た頃はまだ昼間で明るかったが、車の姿はない。俺たちはビニールシートと枯葉で隠していた愛車でトウキョウに向かっていた。車は自殺志願者が樹海に入るときに捨てていったやつだから、結構イイものだ。
 隣でノッポはうたた寝をしている。俺は鼻歌を歌って、ガラガラの道路を気持ちよく運転している。ここまでは良かったんだ。俺がヒッチハイクしている男を見つけてしまうまでは。
 その男は大きなリュックを背負った男で、なんだか放浪者らしい汚さだった。親切な俺は車を端に寄せる。男は急いで俺の傍にやってきた。目深に被っていた茶色の帽子を取り、もじゃもじゃ頭が出てくる。

どうもぉすみません。トウキョウまで乗せてくれませんか?

 男は間近で見てもヒゲ面で、顔がわからない。声の感じから二十歳前後だと思うけど。

俺たちもトウキョウに行くところだから、乗ってきな

ありがとう。僕の名前はホタ。君は?

俺の名前はチビ

チビ? 本当に?

 ホタは怪訝な顔をする。俺は慣れているので笑う。

ああ。チビだ。深くは聞くなよ

オーケー。わかったよ、チビ。よろしく

よろしく

 ホタと握手をするが、思ったよりもゴツゴツしている手に驚いた。もしかしたら、力仕事をしているかも。
 ホタは後部座席に乗り込み、再び車は走り出す。

ところで、僕はお隣さんに挨拶したほうがイイかな?

 言われて見てみれば、珍しくノッポが寝こんでいた。いつもなら目覚めているはずだけど。
 俺はちょっと考えて答える。

別にいいんじゃん。どうせそのうち起きるだろ

それもそうだね。じゃあ、名前だけでも先に教えてもらえないかな?

 名前を教えてもイイのかなあ。ノッポは自分の名前が嫌いみたいで、よく偽名を使うんだよなあ…。まあ、いっか。

ノッポ。俺と同じで変な名前だろ?

 後ろからクスクス笑う声が聞こえる。

ご、ごめん。あまりにも似合いすぎて…

俺は自分の名前は嫌いじゃないからいいけど、ノッポは自分の名前が嫌いみたいだから、笑ったら危険。温厚な振りして結構短気だから、絶対車から叩き出すよ

気をつけるよ。でも、本当に面白いね。ノッポとチビだなんて。トウキョウまで楽しい旅になりそう

 今から考えると、ノッポを起こすべきだった。ノッポはいつも忠告してたんだよ。

いいですか? 誰かと会ったり何かを見つけたら、必ずすぐに私に教えるんですよ

 でも、俺はしなかったんだよ。今ごろ後悔しても仕方ないんだけどなあ…。はあ。
 トウキョウの看板が見えたのは、日が沈みかけているときだった。と言っても、もうすぐ着く予定の繁華街は人工の光に溢れているから、暗闇の心配をする必要は無い。

ホタ、トウキョウのどこらへんで下ろして欲しいんだ?

 俺はバックミラーを見ながら訊く。ホタは帽子を被り直し、下りる準備をしていた。

え~と。ああ、そこのホテルで停めてよ

 ホタが身を乗り出して指差したのは、赤く点滅する看板だった。

はぁ? ここ?

 俺は眉をひそめた。看板には『深夜城』とある。名前からしてラブホテルだが、独特のケバケバしさがないどころか、どっから見ても閉鎖してる。営業中だとしても絶対に何かが出そうな雰囲気だ。もしかしたら、トウキョウミステリースポットとして既に雑誌などに紹介されているかもしれない。

本当にここでいいのか?

うん。そこの緑ののれんの中が駐車場だから、そこで下ろしてよ

…まあ、そう言うなら

 本人が希望するんだから仕方が無い。車は緑ののれんを潜ってみると、意外なことに車が三台も停めてあった。どうやら利用者はいるらしい。
 端に車を停めた。ホタは短く礼を言うと、さっさと奥の暗闇に歩いていく。俺は少し迷った後、隣で未だに眠りこけているノッポを置いて、ホタを呼び止めに走った。車のキーはついたままだが、盗まれる心配はない。ノッポが撃退してくれるだろう。
 ホタはちょうど錆びた扉を開けて、建物の中に入ろうとしていた。静かな駐車場に軋んだ音が響く。俺は声を張り上げた。

ホタッ! ちょっと待ってくれ

 振り返ったホタの手には、いつのまにか小型のカメラが握られていた。俺は怪訝な表情のホタの腕を掴み、駐車場に引き戻す。

どうしたんだい?

どうしても気になってさ。ホタはこんな所にいったい何の用事なんだよ?

ああ、やっと訊いてくれたね。普通はトウキョウに何しに行くのか訊くのに、チビは全然聞こうとしないから、不思議に思ってたよ

 どうやら俺が質問するのを待っていたらしい。あいにく俺は愛憎劇を過激に書いた週刊誌に興味はあっても、野郎のヒッチハイカーには興味がない。だけど、興味がないと言われると、人間は腹が立つものだから言ってはいけないとノッポに言われている。だから、適当に誤魔化す。

俺は育ちが良いから、人のプライベートなことを根掘り葉掘り聞かない主義なんだよ。ただ、ここのホテルは人気がないし、繁華街まで歩くには遠すぎるし、こんな所に置いて行っても大丈夫なのかと思ってさ

チビは本当に良い人なんだねぇ

      
 ヒゲが邪魔でわかりにくいが、どうやら微笑んでいるようだ。俺は返す言葉が見つからずに、黙って頭を掻いた。
 良い人ねえ…そんなこと言われたのは初めてだな。

本当はあまり自分の仕事を話さないほういいけど、君は良い人だから教えるよ。僕は取材記者なんだよ。この雑誌を読んだことないかな?

 ホタがリュックから取り出したのは、俺の大好きな週刊誌だ。しかもノッポが読んで激怒したやつだし。ホタは得意げに胸を張る。

僕は様々な噂の真相を取材するのが仕事なんだよ。ほら、今月号の僕の特ダネ

 …俺たちの記事じゃん。コイツが犯人だったのか。
 あっさり犯人を見つけてしまい、俺はどうしたものかと考える。 
 コイツをそのまま捕まえてもいいけど、ノッポにどんな目に会わされるか想像するだけで恐ろしい。だからといっても、このまま見逃してもどうせすぐに捕まるだろうしなぁ…。
 俺が悩んでいる間に話は進んでいく。

今回の取材はここのホテルの噂を確かめようと思ってね

噂って…化け物が出るって噂か?

なんだ。チビも知ってるんだ

 そりゃあそうだろう。何も知らなくても、こんな人気がなくて冷たい空気が流れていれば、誰だって何かいるかもぐらいのことは想像するだろ。むしろ何も感じないほうがおかしいって。

僕の調査によると、ここは五年前にホテルを建てる際、地中から骸骨の頭部だけが入った木箱を発見した。一応、無縁仏として供養をしたらしいんだけど、それ以来、ホテルには女の生首が飛びまわると噂になり、有名なミステリースポットになっている

ほうほう。それで、ホタはわざわざ女の生首を捜しに来たんだ

 俺は適当に相槌を打ちつつ、ホタに一歩近づく。

まあ、そういうことになるね。でも、本当かどうかは疑わしいと思うね

 ホタの後ろには開いたドア。先の見えない暗闇がある。

怪しいと思っているのに記事にするんだ?

もちろん。仕事だからね。ほとんど嘘だろうなぁと思いながらも本当のように書かなきゃいけないから大変だよ

 ノッポが聞いたら嬲り殺しにしそうな発言をする。俺はいつでも飛びかかれる用意をする。

早い話、取材は儀式みたいなもんだよ。嘘か真実だろうと関係無く、おもしろい記事が書ければ女の生首の写真なんて…!

 ホタは最後まで言えなかった。俺がホタの胸倉をつかんで引っ張ったからだ。

うわっ! 何するんだよっ?

 悲鳴を上げるが、俺はそんなのに構っていられない。
 暗闇に白い点が浮かんだと思えたら、すごいスピードでこっちに向かってくる。白い点は能面のような女の顔になり、俺の目の前で停止した。
 女はぐるりと俺の回りを飛び、紅のついた薄い唇を開く。

あらあら。あなた、私のお仲間ね

えっ!

 ホタは尻餅をついたまま小さな声を上げたが、俺と女が同時に見ると、慌てて口を押さえた。転んだ拍子に帽子を落してしまったようで、両手で固く帽子を握り締めている。
 女は俺よりもホタに興味があるらしい。恐怖で固まっているホタに顔を近づけようとするので、俺は女のバサバサの髪の毛を掴む。

いたっ! ちょっとっ、痛いじゃない

やめろよ。怖がっているだろうが

なによ。長い間、狭い箱に閉じ込められて大変だったんだから、これぐらいの楽しみを満喫したっていいじゃない

 女は眉をひそめると言いたいけど、眉が無いから眉間に皺を寄せたと言ったほうが正しいかな。

だからって、俺の知り合いには手を出すな。他のにしろよな。恐怖を求めた人間がいっぱい来てるんだろ?

…わかったわよ。お邪魔したわね

 女は未練があるようにチラッとホタを見たが、俺と目があうと渋々暗闇に消えて行った。
 まったく…悪戯が過ぎて、また閉じ込められても知らないぞ。

ほ、本当にいたんだ…

 ホタはまだ足元をふらつかせながら立ちあがり、帽子を被る。そして、俺の顔を見て言った。

チビ、君はいったい何者なんだい?

 うーん。やはりそうきたか。俺はちょっと頭を掻き、肩を竦めて答える。

人間だよ。ただ…少しばかり変わった血が混じっているだけのね。
深くは聞かないほうが身のためだ

 俺が二ッと笑いかけると、ホタも笑顔を返す。目許が笑えてなかったけど。

さて、車に戻るか…。取材は終わったし乗って行くだろ?

…頼むよ

 
 
 出版社の前で車を停め、ホタと別れの挨拶を交わしていたら、ノッポが起きた。

やあ。おはよう

あれ? やっと起きたんだ

 ノッポは何故か俺を無視して、じっとホタを見ている。ホタは助けを求める様に俺を見る。

あっ、そうか。ノッポは知らないんだ。こいつはホタ。ちょっと会社まで送ってあげたんだ

そうなんだよ。送ってくれてありがとう

 ホタは手を差し出したが、ノッポは腕を組んだまま。

ホタ。君と握手をしてあげても良いかなと思ってるよ。ただし、隠し事は嫌いだな

 ホタは大きく目を見開く。いったい何の話をしてるんだ?

君の帽子に仕込んだカメラを渡してもらうか?

 帽子に仕込んだカメラ?

それとも、取り上げられたいですか? そうなると、短くても一ヶ月は病院のベッドで寝ていただくことになります。
 どちらでもお好きほうをどうぞ

 ホタは低く唸ったカと思うと、突然笑い出し、帽子をノッポに投げた。

あっははは。なるほどね。寝たふりをして僕を観察していたのか。ということは、僕がヒッチハイクをした時点で気づいてたんだね

ええ。当然です。あんな車がめったに通らない道の途中でヒッチハイクなんて不自然ですし、君が挨拶のために帽子を脱いだとき、微かですがカメラのレンズが光りました。その後もあの生首女が現れたときに、帽子が脱げた振りをして写真を撮りましたね。
 私たちの正体がわかる上に、生首女の写真まで撮れて一石二鳥だと考えたのでしょうが、チビとは違って私は甘くありませんよ

そのようだね。せっかく君たちが僕の記事を見てトウキョウへ行くのを張りこんでいたのに、今までの苦労が水の泡と化したよ。
 仕方がない。簡単な仕事なんて無いからね

 ホタは悪びれた様子も無い。俺はあまりの事実に頭が真っ白で、バカみたいに口をぽかんと開けて、二人のやり取りを聞いていた。

それじゃあ、なかなか貴重な体験と社会勉強をありがとう。
 チビもごめんね。騙したりして。君は本当に良いヤツだよ

 俺に気色の悪いウインクをして、ホタは行ってしまった。俺は未だに立ち直れなくて、運転席に座ってハンドルを握ったままだったが、横から低い声がした。

…あれほど何かあったらすぐに知らせるように言いつづけていたのに…

 はっ! やばい! 怒ってやがる。

い、いやさ、でもさ、起こすの悪いと思って…

 ヘドモドしながら必死に弁明するが、ノッポの顔を見た瞬間、無駄な努力だと悟った。

…ホタの様子を観察する以上に、本当はチビがちゃんと私の言いつけを守るか見ていたんですよ。
 …帰ったら、じっくりたっぷり話し合いましょうか

 やっぱりトウキョウなんかに来なければ良かった。

 

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