第16話「拝啓お母さん、愛子は元気です」
第16話「拝啓お母さん、愛子は元気です」
よし
プロデューサーの目が、わたしたちに向けられます。
そして、次の瞬間――。
餌は若葉にしよう
その口が、非情な言葉を発しました。
ホッと胸を撫で下ろすアイドルたちの中。
ひっ
あわわわわ
そ、そんなぁ!
瑞樹さんは泣きそうです。
ど、ど、どうしよう。
もう周りの人が餌にされるのはいやです。
でもわたしにできることなんて、笑顔くらいしか!
と、そこでミミタンが手を挙げました。
ま、待ってくださいプロデューサー!
んー?
ミミタンは決死の表情。
もしかしてミミタン、自分が身代わりに!?
そんなのだめだよ!
だったら、わたしが、って。
SR丘ちゃんを特訓してどうするんですか!? 意味ないですよ!
えっ!?
ええっ!?
なんかすごいことを言い出しました。
だいたい、プロデューサーそんなに丘ちゃん好きじゃないって言っていたじゃないですか! わざわざSRだからってそんなの曲げちゃうんですか!? 男の人なのに、ポリシーもなにもないんですか!
えっ、いやそれは
プロデューサーが押されています。
め、珍しい。
普段怒らない人が怒るとこわいですよね……。
つってもなあ、別にもう若葉は使わないしな
大丈夫ですよ、プロデューサー! 若葉ちゃんはまだまだいけますって!
26歳とかもうババアだし……
そんなことないですよ! セーラー服だって似合います! 園児服だって大丈夫ですよ!
無理だよお~!
わたしもそう思います。
うわキツ、的な。はい。
だったらー! はいはーい!
どうした丘ー
間を取って、そこのギャルっ子を餌にしないっすか?
と、視線の先には。
はああああああああ!?
喜多村はなびちゃんの姿が!
ちょ、なに言い出してんのよ! あたしが餌にされるはずないでしょ!? あたしは丘が来る前まで、リーダーやってたのよ!
あー、喜多村妹かー
ないでしょ!?
だったら園児服着れるっすか?
着ないわよ! どっから出てきたのよそれ!
わたし、はなびちゃんのその姿も可愛いと思います!
あんたこそどっから出てきたのよぉ!
ぜえぜえはあはあと、息を切らせるはなびちゃん。
プロデューサーはケータイ片手に迷っているようです。
ど、どうしよう、このままじゃ……。
わたしとミントちゃんの視線が合います。
どちらも、大切な人を餌にされたくない。
でも。自分が名乗り出るのはこわいです。
どうしよう、どうしよう。
と、そのとき、瑞樹さんが手を挙げました。
いいよう、もう、わたしで~
み、瑞樹さん!
瑞樹ちゃん!
だってわたし、園児服なんて着れないし~……
大丈夫だよ、バッチリ似合うよ!
そうですよ、諦めないで!
その励ましはなんか変だと思うわ!
というわけで、プロデューサーは――。
なんかよく考えると、Rを餌にするのももったいなくなってきたな。SRってレベルアップも大変だし
えっ!?
プロデューサーが心変わりを!
ノーマルでいいか。おーい、矢中ー
……
いつものように三春さんが丘ちゃんたちをぞろぞろと連れてやってきました。
が、それを見たSR丘ちゃんの表情が変わってゆきます。
む……
なにも知らずに笑っている丘ちゃんたち。
SR丘ちゃんは慌ててプロデューサーに向き直ります。
あ、あの、よく考えたら丘、別にそんなにレベルあげたくなかったかも!
はあ?
ノーマル餌にしても大した経験値にならないっすよね? だから、ね、ね?
わけわかんねーやつだなー
でもプロデューサーは、お前がそう言うなら、と丘ちゃんたちを再び寮に戻してゆきます。
ほっ
その姿を見て、みんながちょっぴりしんみりした顔になります。
でも、そうですよね、同じ顔の子が餌にされて、いい気分にはなりませんよね。
丘ちゃんだってわたしたちと同じ気持ちなんです。
それに気づいたわたしたちは、バツの悪い顔を見合わせました。
って、な、なんすか。別に丘は、そんな……つもりじゃ……
視線に気づいた丘ちゃんは、照れたようにそっぽを向きました。
はなびさんが嘆息します。
……まったく。だったら最初から大人しくしときなさいってーの
少し和やかな雰囲気が流れ出したそのとき。
プロデューサーがケータイのボタンを押しました。
まあそれはそうとして、若葉は餌にしよう。もう使わないしな。
えっ!?
え!?
瑞樹さんが光の粒になってゆきます。
そしてそれは――ミミタンの体の中に吸い込まれていって。
え?
ミミタンのレベルがメキメキあがってゆきます。
そして、ミミタンは――。
……え?
茫然としたミミタンの目から、涙が一筋こぼれます。
あっという間の出来事でした。
……
……
……
……
静まり返ったレッスン場。
ミミタンはぽつりとつぶやきます。
……あたし、園児服にあうかな
それは似合うと思います!
拝啓、お母さん。
原宿でスカウトされた愛子は、アイドルとしてがんばっていこうと思います。
だから心配しないでね。愛子は平気です。
毎日楽しく生きています。
優しい先輩もできました。素敵な友達もいます。
いつかみんなをお母さんにも紹介したいです。
――それまでにわたしたちが生き残っていれば、ですけどね。