第17話「さよならレアリティ」(前編)







……

ね、ねえミミタン、なにか飲む?

……ううん、大丈夫

 力なく微笑むミミタン。
 やっぱり元気がないみたいです。

 仕方ありません。
 友達が自分の餌になってしまったんですから。

 わたしの視線に気づくと、ミミタンは微笑みました。

平気だよ。あたし、何度も同じようなことを体験してきているから。今はちょっと辛いだけ。すぐに元気になれるよ

ミミタン……

だってあたし、アイドルだもん。あたしの笑顔が曇っていたら、みんなを励ますことができないからねー

 えへへ、とはにかむミミタン。
 さすがミミタン、驚異の人間力です。

 ゆっくりと廊下を歩いてゆくわたしたち。
 すると、壁に新しいポスターが貼ってあるのを見ました。

あれ、なんでしょうこれ

あ、ガチャ更新のお知らせだね

ガチャ更新?

 手配書みたいに、たくさんの顔写真が載っています。
 今回の目玉はふたりいるみたい。

ひとりは新納陽子。

ひとりはキュー・ロリフィル。

 なるほど、このSRアイドルのふたりが今月のスターってことですね。
 うなずくわたしの前、ミミタンがつぶやきます。

でも、大丈夫だよ、。プロデューサーはそんなにガチャ回さないから。きっと今月も平穏無事に過ごせるよ

プロデューサーいっつもレアばっかりだもんね。じゃあきょうもレッスンがんばろ!

うん、そうだね

 と、わたしたちは笑い合っていました、この時まで。








というわけで、きょうからよろしくしてやってなー

よろしくお願いしまーす

よろしくですぅー

いやー、まさか二回引いて、二回ともSRが出るとはなあ。こういうものもあるもんだなあ。はっはっは!

 というわけで、SRアイドルがさらにふたり加わりました。

……

わー

 みんなに激震が走りました。
 SRさまが、同時にふたりも――!







 新納陽子ちゃんは、みんなとすぐに打ち解けました。
 素直でとてもいい子だと思います。

 それに華があって、すごくかわいいんです!

ま、これからよろしくね、みんな!

 さらにキュー・ロリフィルちゃんも、です。
 彼女はわたしたちをお姉ちゃんと呼んで、いつもニコニコと笑っています。

 お人形さんみたいでかわいい!

お姉ちゃんたち、新米アイドルのキューにいろんなことを教えてくださいね

 SRアイドルって言っても、わたしたちと変わらないひとりのアイドルです。
 仲良くやれそうだなあ、とわたしは思っていましたけど……。

 はなびちゃんなんかは相変わらず、うなっています。

ぐぐぐ、またあたしたちの席が取られちゃうわ……!

まあまあ、はなびちゃん。これまでだってうまくやってきたんだから、これからだって大丈夫だよ。のんびりとプロデューサーを信じて待とうよー

あんたはホンットに気楽ねー……

 はなびちゃんからの半眼にも慣れました。

 わたしやミミタンたちと仲良く話してくれるSRの子が、悪い子のはずないよね。
 はなびちゃんはちょっと警戒しすぎなんだよねー。

 だってわたしたち、SR丘ちゃんとも今では普通におしゃべりしているし。
 仲良しだもんねー。

べっつに、丘は慣れ合うつもりはないっすよ。丘が目指すはトップアイドルだけっす

ねえねえ丘ちゃん、今度一緒に原宿いこうよ

えっ、絶対いくっす! 楽しみっす!

えへへ

ハッ、はめたっすね!?

 丘ちゃんに追っかけ回されて、わたしはきゃーきゃー言いながら逃げ惑う。
 一方、キューちゃんははなびちゃんにニコニコと笑いかけていた。

ね、はなびお姉ちゃん。キューにいろんなことを教えてください

はなびおねえちゃん、って……

 はなびちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をした。

いいじゃないのあなたたちSRなんだから。黙っててもプロデューサーにちやほやされる身分なんでしょ

でもでも、もっともっとアイドルとしてがんばりたいですぅ

がんばられちゃ困るのよ、あたしたちレアのアイドルが。毎日ポテチでも食べて一日中、寮でゴロゴロしてればいいのよ、あんたたちは

歌ったり踊ったり、華やかなライブしたいですよぉ

知ったこっちゃないわよ、自分の面倒は自分で見なさいよ。シッシッ

えー

えー

 はなびちゃん、年下の女の子に対してめちゃめちゃ厳しいです。

ごめんね、ふたりとも。このお姉ちゃんは前に、自分のお姉ちゃんが餌にされたからって、精神が崩壊しているの

あたしは正気だっ!

疲れている人はみんなそういうんですよ、はなびちゃん

そうなんだ……

かわいそうですぅ

やめろっ! SRがあたしに同情するなっ!

 がるるると犬歯を剥くはなびちゃん。

 キューちゃんが微笑みます。
 それはまるで聖母のような、慈愛の笑みでした。

ね、はなびお姉ちゃん、これからはキューがそばにいますからぁ

 差し伸べられた手。
 しかしはなびちゃんはそれを振りほどきます。

ええい、だからいらないっての! あたしはもうひとりで生きていくんだからー!

あっ……

 はなびちゃん、きょうはいつにも増して過敏です。
 スタスタと歩き去ってゆくはなびちゃん。
 その後ろ姿を見送って、陽子ちゃんがぽつりとつぶやきます。

別に、好きでSRになったわけじゃないんだけど……

 その言葉をはなびちゃんが聞いたら、たぶん激怒すると思います。
 でも、なんとなくちょっとだけ、気持ちがわかりました。

キューちゃん、気にしないでね。はなびちゃんは普段はああじゃないんだけど

大丈夫ですよぉ、愛子お姉ちゃん

 くるりと振り返ってきたキューちゃんは、先ほどとはまるで違う笑みを浮かべた。

たぶん、こわがっているだけなんですよねぇ、キュー、ちゃんとわかっていますからぁ

う、うん

 その笑顔は、なぜだかちょっぴりこわいものでした。
 なにもなければいいのですがー……。

……








 そして翌日。
 わたしは暗闇の中、椅子に縛りつけられた状態で目覚めました。

って、なんでですかぁ!?

 突然の超展開!
 アイドルモノから、ホラーものに早変わりですか!?

ふふふ、どうやらお目覚めのようっすね

よくここにきたなー

我らがSR同盟に、ようこそぉ

 ええっ。

ようこそってあなたたちが連れてきたんですよね!?

あの忌々しき喜多村はなび!

他にも、数々のナマイキなレアアイドルたち

彼女らを葬り去るために、ミューたちはここに同盟を結成したんですぅ

聞いてないし! っていうか葬り去るって!

 動揺するわたしの前、丘ちゃんが手を掲げます。

というわけで、丘恵美率いるSR同盟の傘下に入るっす、愛子ちゃん! そうしたら悪いようにはしないっす!

わたしSRじゃないのにー!?

 へっへっへ、と下卑た笑みを浮かべながらわたしに迫ってくる丘ちゃん。
 その肩を、キューちゃんが掴みました。

待って、どうしてあなたがリーダーなんですぅ?

……え? いや、だって、一番最初にいたわけっすから

キュー納得できません。ね、陽子ちゃん

うん。リーダーはキューでいいんじゃない?

だそうです。多数決で決まりです

ま、待ってくださいっす! 愛子ちゃんは!?

え、えと

 縛りつけられたまま、わたしは小首を傾げて。

丘ちゃんはリーダー向きじゃないかも……なんて

3対1です。決まりです

あ、はい

あの、そろそろほどいてほしいんですがー……

 SR同盟だなんて、この事務所はどうなっちゃうんでしょうかー。

 心配です……。



















そして次回、プロダクション最大の危機が!?

後編に続く――。

第17話 「さよならレアリティ」(前編)

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