―麻子宅―
―麻子宅―
重要な事柄を話し合うべく、私とオルちゃんはテーブルをはさんで向かい合っていた。
珍しく真面目な雰囲気なので、オルちゃんは慣れないのかなんだか気持ちが浮ついているように見えた。目の前に運ばれたジュースをちょこちょこと、唇を濡らすように飲んではその視線を部屋のあらゆるところへ向けている。
さて、オルちゃん。そろそろまじめに考えなくちゃいけないときがきたかもね
う……な、何を?
わかってるでしょ。どうしてオルちゃんは人間になったのか。そして今後、どうすべきなのか
そんなの、昨日の夜だって言ったでしょ。わかんないよ、自分がどうしてこうなったのかなんて
そうね。じゃあそこを掘り下げるのはもうやめましょ。
だったら、今後をどうしていくかね
……
昨夜のことだ。私が会社のイケメン社員・平田さんに誘われて食事へ行くと、もしかして告白されるのではないかという予測を裏切り、大のオ◯ニーマニアだった平田さんは私を同士だと思い込んで仲間になるよう誘ってきた。
無論、私はそれを断ったわけなのだけれど、そこにオルちゃんと、平田さんの知り合いである穴太郎さんという人がやってきて、デートはおじゃんとなった。デートとはとても言い難いものだったが。
そこで穴太郎さんから予想もしなかった事を聞かされることになる。穴太郎さんもまたオルちゃん同様に、オ◯ニーグッズが擬人化した存在のひとりだというのだ。
―昨夜―
さて、場所も移ったわけなので、詳しい話を聞かせてくれませんか?
麻子ちん、私この梅酒サワーっていうの呑みたい
機械だから呑めないでしょ
気分だけだよ。ねえ、いいでしょ。
さっき麻子ちん達がレストランでご飯してたの、すごく羨ましかったんだよ
岩山さん、いいんじゃないでしょうか。
人数分の飲物を頼んでない客がいるのもおかしな話ですし
そうですね……
チ◯ポの説得はすぐに聞くんだね
チ……?
さて、詳しい話、詳しい話か……
それはつまり、俺は、いや俺たちは一体何者なのか、ってところから話さないといけないんだよな
……
そうなると、結論から言おう。俺にもわからん
そんな……
おい、穴太郎。そんな突き放すような言い方……
わからんものは仕方ない。俺だって気が付けばこんな身体になっていたんだ
俺と平田の出会いは……平田が会社帰りにふらりと立ち寄ったアダルトグッズショップだ
ああいう店ってそんな気軽に立ち寄れるものなのかしら……
アダルトグッズメーカーの最大手、アグネット社の新作ホールの発売日だったので、喜び勇んで買いに行ったんです
そのときの感情までは訊いてないです
つまり、そのとき買ったホールが穴太郎くんだったわけね
その夜、早速ホールを使って五回戦キメた僕は眠りについたわけですが……
ちょっと多すぎないですか?
自分は三回戦だったくせに……
目が覚めたら、こいつがいたわけです
へえ……私達とたいして変わらないんだ
……あの
岩山さん、どうしました?
いえ……
平田、いい加減わかってやれ。お前みたいにあけすけに自分のオ◯ニーの話をできるやつがどうかしてるんだ。相手は女性だぞ
穴太郎さんが一番常識的だ……
俺だって驚いたさ。いつの間にか人間みたいな身体を有しているし、人間とあらかじめある程度のコミュニケーションはとれるようになっている。
自分の使命というか、やらなきゃならないことも理解している。ただひとつわからないのは、どうしてこんな姿になったのかというだけだ
使命ってことは……あなたも『お花摘み』の手伝いをしなければならないってことを理解してるってわけね
お花摘み?
それより、穴太郎くんはどうして私を自分と同じ存在だと勘付いたの?
人間らしさがなかったからさ。
生きているものの感覚が。俺も同じだからな
なるほど。わかるようなわからないような
あの、少しでも記憶に何か残っていませんか? ほら、オルちゃんも一緒に思い出して
岩山さん、多分無意味だと思います。僕も何度かこいつに聞いてみましたが、やはり他の記憶はなにもないようです。何がどうして、こうなったのか
そうですか……あの、これって私達以外にも起きてることなんでしょうかね
ネットなどを色々と当たってみました。
けれど、似たような事例は見つかりませんでしたね。僕たちと同じものをかったユーザーも皆、そういった現象には見舞われていないようでした
起きてても普通、誰にも言わないだろうけれどな。お前たちがまさにそうだろ
そりゃそうだけどさ……
あれだけ日頃のオ◯ニー事情をあけすけにしている『オナ協』の中にもいなかったんだ
でもそうなると、もう手っ取り早く真実を知るには手段がひとつしかないんじゃないですか?
アグネット社に直接、理由を訊くんだよな。それは俺達も考えた
実は『オナ協』にはアグネット社の社員が数人いまして……
彼らを通じてアグネット社の製造責任者に直接理由を聞きに行ったんですよ
で、どうだったの?
哀れみの表情で、あなたはヌキすぎて幻覚を見てるんだと言われました
まあそうなりますよね
ひっどーい!
まるでオ◯ニーを危険ドラッグみたいに!
そういうことじゃない
彼らが何かを隠したり、嘘を付いているようには思えませんでした。なので、おそらく本当に何かの超常現象なのか、それとも……
……
な、なに?
言いたいことはわかる。俺とオルガマニアが結託して嘘偽りを言っているのか。あるいはお前ら人間二人が同じ幻覚を有しているのか、だろう
でも、そっちだって『相方』と生活を共にしてわかっただろう。俺たちはまごうことなくアダルトグッズの化身であるし、お前たちはいたって正常な人間だ
でも私、二人がちょっと羨ましいな
どうしてですか?
チ◯p……平田さんって人、あなた、オ◯ニー好きなんでしょう?
で、包み隠さず積極的にしているわけなんだから、二人の利害は一致してるわけじゃない。っていうことは穴太郎くんは毎日、自分達の『使命』を行い放題ってことじゃん
麻子ちんなんかさ、私が家にきた途端から急にカマトトぶりだして、オ◯ニーなんか絶対しないって言い出して……
ちょ、ちょっとオルちゃん!
冗談じゃない! 僕はこいつなんかと一緒にオ◯ニーしませんよ!
え、そうなの?
ていうか声大きい……
いいですか、オ◯ニーっていうのは自由なんです。たったひとりで、誰からも邪魔をされず、好きなやり方で、自由に快楽を謳歌する。そういうものなんです。
こいつは元がアダルトグッズとはいえ、この見た目とこの機能性だ。こんなのとてもじゃないけれどオ◯ニーなんて言えない!
『一緒にやる』なんて邪道も邪道、自慰から逸脱した双方向のプレイだ!
そういうわけだ。知ってると思うがこいつ、こだわりが異常なんでな
そ、そう……
結局その日は満足な情報を共有することができずに、私たちは別れた。
とりあえずは各々に原因を探っていこうということになったけれど、私にはどうにもめぼしい結果を残せるような気がしていなかった。
もっとも、オルちゃんと暮らしていくうちに、これってそれほど重要なことなのだろうかと思うようになった部分はある。。
異様な状況にすっかり麻痺してしまったのかは自分でもよくわかっていない。けれどとりあえずわかっていることはひとつある。
私はそれほど、今の状況を悪く思っていないということだ。
あの……このままじゃダメかな?
今の生活のままで……
そうね……
麻子ちんは急にわけわかんないやつが居候になって迷惑かもしれない。だったら私だって外に出てお金を稼いでくるし、そういうことじゃないっていうのなら、出来る限りのことはなんだってする
そりゃ、追い出されたって何もできないからここにすがりつく他ないっていうのはあるけれど、そういうのはナシにしたって私はこの生活が好きだよ。
麻子ちんと二人で暮らすのが好き。麻子ちんは、やっぱり私を受け入れられない?
その、アダルトグッズとしてとかじゃなくて、これからの同居人として……
……そんなことはないわ。でも、やっぱり生活をともにしていくなら、お互いのことを理解しないといけないじゃない
そうだね……だったら、教えてよ。麻子ちんのこと
私のこと?
そう。私のことで差し出せるものは、残念だけどもう何もない。
だったら今度は、私の知らない麻子ちんの、昔のことを教えてほしい
私の、過去……
オルちゃんの言葉で、私の記憶の底が掘り返されていく。
頭の中を巡ってくる、かつて私が暮らした景色や触れてきた人々の姿、それらが認識の中にせり上がってきたとき、私は強烈で鮮明な嫌悪感を催し、不意な目に襲われた。
麻子ちん!?
そこで私の意識は途切れた。
第八話につづく