筆でかいたようなカメノコ、の文字のとなりには、小さな亀が大きな亀の上にちょこんと乗っている、なんとも可愛らしいレリーフがある。

なにやってるんだ?

 店の奥からのマサヨシの叫び声に、なんでもないと答え、俺はサンザシに耳打ちする。

ウサギと亀、だろ!

 ぱっ、とサンザシが微笑み、小さく拍手をする。

正解です! クリア条件は、亀の勝利を見届けること、ですね

つまり、このまま待機? やけに簡単だな

それは、今回この物語にはクリア条件がふたつあるからなんだよねー!

 音もなく目の前に現れたのは、いつものごとくセイさんだ。例えではなく文字通りひっくりかえる。

あはははは、そんなに驚かなくても!

 セイさん、腹を抱えて大爆笑。ひどい。

お、お、驚くに決まってるじゃないですか!

 ぜいぜいとあえいでいる俺につかつかと歩み寄ってくるセイさん。




 笑顔を浮かべたまま、そっと手を伸ばし、

崇様!

 サンザシが止める前に、セイさんは俺の胸ぐらをつかみ、

崇様を離してください! 

乱暴はやめてください!

 止めるサンザシを静かに払いのけ、

どうして今回、君の名前が崇になったか、当ててごらん



 そう微笑んで、突き放すように手を離し、また、音もなく、消えた。




 バランスを崩した俺は、再度後ろに倒れる。なんとか手をついたものの、驚いたことには変わらない。

 手のひらが、じんじんと痛むが、そんなことより、頭がずきずきと、警告をするかのように痛みだす。






 タカシという名前を、使った理由?

 そんなの、この物語よりも簡単だ。

 俺が、避けたいと思っていた、まさにそれが、もうすぐやって
くる。

 つまり、タカシという、この名前は、もう――使わない。

 このゲームは、終わり。

 そういうことなんだろう?


崇様! 崇様!

 はねのけられたサンザシは、自分も痛かっただろうに、立ち上がり、あと少しで転びそうなほど前のめりになって、俺に手を伸ばす。

お怪我はありませんか! あの方は、あの方は本当に乱暴です……!

 サンザシが、俺の頬に手を触れて、寂しそうな顔をして、すぐにひっこめる。


 この、しぐさ。


 もうすぐお別れかもしれない彼女に、俺は力ない微笑みを返す。

それ……

え……?

そのしぐさ、初めて会ったときも、された

……あ

 サンザシは思い出したのか、ひっこめた手を胸の前で握りしめて、困ったように笑う。

そうでした、ね

サンザシこそ、怪我はないの

わ、私ですか? 私は、大丈夫です

 よく考えれば、よかった。

 よく考えれば、俺たちは、心配するときに手を伸ばすような、そういう間柄で。

サンザシ、君のことを忘れていてごめん

え……?

 サンザシの目が潤む。まただ、この悲しそうな表情。


 悲しい顔はさせたくない。それでも。

いつも、ごめん

 それでも、もし。


 もし俺が、君を思い出せなくても、それでも、なんて言ったら、どうなるのだろう。

もし、俺が

 手を伸ばす。


 サンザシの、震えている手に、触れる。


 サンザシは、はっと息を飲んで、

コ――




 何かをいいかけたまま、ぱん、と弾けて、消えた。

5 駄菓子屋の未来 記憶の原点(14)

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