ふんふふんふふんふーん♪

 
 放課後の第三迷宮入り口、迷宮研究会の拠点にて。

 上機嫌なリクシエルが、壁に一枚のチラシを貼っていた。
 使い魔による筆写で量産されたチラシだ。字がだいぶ雑だがコストが安いために学内でよく使われているコピー手法である。
 

よし!

わー何貼ってるんです?
えーとどれどれ

ふふ、先生に頼まれたのさ!
刷りすぎて余ったからここにも頼むって

 
 リクシエルは楽しそうにプルルカを抱え、掲示物が見やすい位置まで持ち上げた。
 貼りたての紙には『新入生への献血協力のお願い』と大きく書かれている。
 

けん……けつ

うん、あの針刺してヂューってやるあれ。
協力したら食券かオリジナルグッズが貰えるんだって

あわわ、痛そう……
学校で血を集めてどうするんでしょうか、病院に送るのかな

それもあるし、吸血種の生徒向けの飲料を作ったりもするらしいんだ

学校側で生徒の情報をしっかり管理してるから、安全性が高いんだって

そういえば健康診断の時にちょびっと血採られましたねー

 
 床に降ろされたプルルカは、採血のことを思い出してしまったようでその場に固まっている。
 針が刺さる感覚がかなり怖かったらしい。
 一方リクシエルはジャケットを脱いでシャツの袖を捲り、意気込んでいた。
 

私もこの後行ってみ……

 
 第三迷宮の大扉をくぐり、ダグラスとユェヅィオが入ってくる。
 ……が、片方はどうにも様子がおかしい。
 

うぃーっす

あっ、お疲れ様ー!

コンニチワー

えっ あっ
なんか元気無さそうだけど大丈夫ですか

あー大丈夫大丈夫、ちょっとクールでドライでアカデミックな気分なだけ……

事情はよくわからないけど、凹んでるなら気分を切り替えて一緒に冒険でも行かないかい?

例えばこの……献血センターとか!

あ、それは今禁句……

ごっふ

なんか死んだ!?

 
 着くなり机に突っ伏して動かなくなってしまったユェヅィオを傍目に、三人は顔を寄せて話し合いを始めた。
 ダグラスは床に座り、プルルカは精一杯の背伸びをする。
 

いったい何があったんだい?

献血センターで魂でも抜かれてきたんですか?

あー、まあちょっと……

 
 振り返り、意気消沈している学友に
 

説明してもいいか?

 
と問うと、渦中の男は力なく手を挙げて応えた。
 

二人とも、ユズに妹がいるの知ってるか

はい!
とってもかわいい子だって言ってましたねー

今年中等部に入ったんだっけ?

ああ、その妹と昨日な……











 
 遡ること一日弱、校門前にて。

  部活動や自習を終えてから帰宅する生徒の中に、桃色の髪から飛び出した触角をぴこぴこと動かしながら歩く少女の姿があった。
 八本の脚による独特な歩行リズムはユェヅィオとほぼ同じものだ。
 

あれ……お前の妹じゃないか

お、本当だ。
おーい、モニャーっ!

あっ、お兄ちゃん!

わっ

 
 (兄曰く健康的な)青い肌の少女と、並んでいた友人が振り返る。
 中等部生であることを示す赤いリボンが揺れた。
 

こんな時間までいるなんて珍しいな、部の会議でもあったのか?

ううん、文芸部も顔出したけどすぐに引き上げてね、今日は献血に行ってみたんだ

チラシ貼ってるとこに出くわして、いてもたってもいられなくなっちゃって!

 
 じゃーん、と口にしながら少女が鞄から取り出したのは、二足歩行する水玉のようなシュールなキャラクターがスタンプされたノートだった。
 

食券もあったけどこっちにしちゃった。
献血センターでしか手に入らない限定品なんだって

献血……

私の血は他の種族の人への輸血には向かないから飲用になるんだって、センターの人が言ってたよ

私は血採れなかったけど食券貰っちゃったんですよー

ミオは定食食べて体重増やさないとね!

ちゃんと食べきれるかな……

 
 楽しげに話をする中等部生たちの姿は微笑ましい。
 年下の女子と何を話せばいいのかわからないダグラスは、この人大きいなーとでも言いたげな視線を向けられながらただ黙って佇んでいた。
 が、ユェヅィオはその隣で何やら困ったような顔をしている。
 

モニャ……あの、軽率に血分けに行くのはちょっと

???
何かダメなの?

あのな、俺らってここの殆どの生徒と血の色違うじゃん

うん

 
 妹の隣の少女が、チューブを通る紫色の血を思い出してうんうんと頷く。
 

つまりな、飲み物になっても色でまあ俺かモニャかだろうなーってバレやすい

うん

モニャが献血しに行ったことを知った変態ヴァンパイアが、次の日それを狙って買いに行ったとする、そして

いないでしょそんな人

これがモニャニヤちゃんの血か……げへへ……美味しいでござる……デュフフ

とか言いながら飲むかもしれないんだぞ!?

いないでしょそんな人!!

いないとも限らないだろ!?

 
 妙に力の入った熱演に、同じツッコミが二度入る。
 

と、とにかくだ、その辺お兄ちゃんとしては心配で……

心配も何も献血ぐらいセレ魔生(※)なら誰でもできることじゃん!
何でお兄ちゃんにいちいちダメダメ言われなきゃならないのさ!

※セレストラ魔術学校の生徒

私のこと気にかけてくれてるのはわかるけどさ、架空の変態持ち出すのやめてよ!

あっはい、しかしだな

しかしもおかしもないよ!
お兄ちゃんは学校に残って架空の変態と戦ってればいいじゃん!
私先に帰るからね!!

あ、ちょ、待っ

モニャ待って~!

 
 兄を置いてぺたぺたと早足で去ってゆく少女をその友人が追いかける。
 呆然とするユェヅィオの視界から、二人の後ろ姿は早々に消え去ってしまった。
 

やっちまった

やっちまったな











……で、その後はやっぱり……

丸一日口利いてもらえてないんだと

だよねーーー!

 
 あらましを聞いた二人はうんうんと深く頷いた。
  

かわいい妹に悪い虫がつかないようにしたい気持ちはわかるよ……私は妹いないけど……

気持ちはわかるけどその……
鬱陶しいお兄さんですねー

※Ω◎△〒↓×

おい直撃してんぞ

 
 ユェヅィオは今にも机と同化してしまいそうな姿勢でうめき声をあげている。
 三人はそれをただ黙って見ていたが、リクシエルが
 

そうだ!


 と呟き歩み出た。
 

ねえユェヅィオ、私これから献血センターに行ってみようと思うんだけど

耳詰まってたのか!?

ソウデスカ

良かったら一緒に行ってみようよ!

追い打ち !?

俺今そこに近づいたら死ぬ呪いにかかってるから……

血がどんな加工をされてどんな風に人の手に渡るのか、しっかり聞いて確かめてこないかい?

…………

こんなところで燻ってるより少しでも学んだ方がきっと何かの役に立つよ、行こう!

……それもそうだな

俺も当てずっぽうで物言っちまってたし……

 
 リクシエルの言葉に動かされ、ようやく上体を起こす。
 そして善は急げと連れ立って第三迷宮を後にした。その眼は謎のやる気でぎらぎらと輝いていた。
 

 
 少し離れてその様子を見守っていた二人は、感嘆の声と共にその様子を見守っていた。
 

流石だな……部長の風格がある

あっ……でも、献血ってたしか生徒手帳がないとできないんですよね

おう

生徒手帳が入ってるっぽいジャケットが、そこのイスにかかって

…………

 
 イスに近寄り、ジャケットの胸ポケットの中身を確かめる。
 結果は予想の通りだった。
 

アルがいないからツッコミが遅れちゃいましたねー

オカンかよあいつ、っつか今日は珍しくいないな

勇気出して他に気になってる部活にも顔出してみるって言ってました!

そうか、とにかく手帳は俺が持ってくわ。
お前はどうする?

ぼくは……遠慮しておきますです……

近づいただけで血抜かれたりはしないぞ

それでもあの、針刺されてる人が近くにいるって思うだけでその、コワイ

そうか……

後編へつづく!




#06 迷宮のごとき血の絆(前編)

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