7.さよなら、ロストパイン

三崎竜太

ばかもの!

清水有楽

ぐ……邪魔するな!

三崎竜太

くっ……この!

至近距離でのフラッシュ。
ナイフの攻防。
目がチカチカする闇夜の中で、僕と清水は、確かに戦っていた。

不知火みちる

え……

清水有楽

ふ……あは……
あはははは……!

不知火みちる

うそ……そんな……

清水有楽

おまたせ、みちる。
今から――

三崎竜太

なにもさせねーよ!

油断し、僕に背を向けた清水を、後ろからカメラで殴りつける。

小型とはいえ、十分な鈍器になりうるカメラだ。
清水は、その場でぐらりと倒れた。

三崎竜太

え、殺してないよね……?

不知火みちる

竜太!

三崎竜太

不知火?

不知火みちる

腕、傷が……どうしよう、手当てしなきゃ……!やだやだ、死んじゃやだ!

三崎竜太

いや、かすり傷だし……

不知火みちる

そ、そうなの……?
よかったー。

三崎竜太

……

三崎竜太

あ!

そうだ。
思い出した。あの日のこと。

竜太

……

大人の会議で家を追い出された後。

公園に着いたはいいが、おなかもすいていたし、夜も遅い時間だった。
だから、土管の中から写真を撮っていたんだ。

そしたら、女の子がやってきた。

???

あ……

竜太

???

……入っても、いい?

竜太

いいよ。僕のじゃないもん。

???

そっか。

竜太

あんたも追い出されたの?

???

うん……。

竜太

じゃ、一緒だね。

???

……はは、確かに一緒だね。

竜太

僕んちは、お父さんとお母さんが嘘つきだったんだー。でね、世界は全部嘘つきなんだぜ。

???

そうなの?

???

……じゃあ、お母さんの言っていることも嘘なのかな?

竜太

どんな?

???

私が誰かを好きになると、世界が滅びちゃうの。だから、誰のことも好きになっちゃいけないの。
それに、だーれも私のこと、スキじゃないもん。

竜太

……好きって嘘だもん。

???

え?

竜太

あ、パイン飴!

???

あ……ポケットから落ちちゃったのか。
これでもいいなら、あげるよ?

竜太

やったー!

竜太

パインの花言葉は、『完璧』なんだって。
僕のことだなーって。

???

君は、パイン君なの?

竜太

そうじゃないけど……

ユリ

おーい、ガキンチョー!

竜太

あ、おばさんだ!
そろそろ行かなきゃ、またね!

???

あ……

三崎竜太

あのときの……女の子?

不知火みちる

……お母さんがね、ずっと私のこと嫌いだったの。だから、毎日言われた。
『お前は誰のことも好きになってはいけないよ。世界が滅びてしまうから』

不知火みちる

だから、誰のことも好きにならなかった。
実際、皆私のことなんて見ていなかったから。
だから、君に『好きって嘘だ』って言われたとき、仲間がいるって思ったの。嬉しかった。

不知火みちる

だから、入学して君を見つけたとき、本当にびっくりした。すぐに分かったもの。

不知火みちる

けど……ずっと君を想っていたから、気持ちが止められなかった。すきになっちゃったらどうしようって。だって、スキなんて有り得ないもの。

永遠に人を愛するとか、
ずっと君が好きとか、
そんなものは嘘だ。

だから、僕達はずっと、自分だけのセカイに引きこもった。
だれとも触れ合わず、だれのことも好きにならず。

不知火みちる

さよならって、何度も言ったんだよ?
色んな男の子と遊んだら、忘れるかなって。
でもダメだった。ずっとダメだった。
ずっとスキなんて有り得ないのに、ダメだったの。

三崎竜太

不知火……

毎晩の浮気性も。
噂の男遊びも。
全部、全部、僕だった。
僕が、原因だった。

不知火みちる

君が、人を好きにならないのは知っていたから、馬鹿だよね。絶対に叶わないって、分かってるのに。

不知火みちる

えっ

三崎竜太

ごめん……ずっと、忘れてたっていうか気づかなかったっていうか。

三崎竜太

まだ、僕もよく分からない。でも今、僕が不知火を守りたいって想ったのは、その一瞬は、絶対に本物だった。

スキに懐疑的な僕らは、まだ、ちゃんと気持ちをつかめていないけれど。

きっと、さよならはできるだろう。



「さよなら、ロストパイン」


「さよなら、"失われた完璧な人"」


僕らは、これから、不完全な世界の、あやふやなスキを知る。
この、完璧なセカイが、完全に壊れた先で。

7.さよなら、ロストパイン

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