彼女と出会ったのは、
今年も終わりという頃……。
そう、冬休み中の話だ。

 

姫ー!

 

(姫……?
変わったあだ名だな)

姫と呼ばれて振り向いた女の子は、
今まで見たことが無いほどの
美少女だった。

美家 王子(びいえ おうじ)

(うわ、すごく可愛い……。
清純で、か弱そうで、
俺の理想そのものだ)

どうしたの?
次のサークルに
並ばなきゃいけないから
急いでるんだけど!

 

××さんの新刊、
買ったんだけど……

残ってたんだ?
良かったー!
じゃあ一冊ちょうだい?

 

あ……。
いや、それがね……

どうしたの?

 

私が買ったのが最後の一冊で……。
姫の分は、無いの

はあ?
私の分も買って!
って、ちゃんと頼んだよね!?

 

だから、
これが最後の一冊だったの!
仕方ないじゃん!

だったらそれを
よこしなさいよ!

 

だが断る。
××さんの新刊は私だって
楽しみにしてたんだから

うるさいわね!
つべこべ言わずに渡しなさい!

 

キャーッ!
痛い痛い!
髪の毛ひっぱらないでえ~!

 

(可愛い割には
凶暴な子だな……。
見た目とのギャップがすごい)

 

あ、そこのスタッフさん!

 

えっ、俺?

 

スタッフ腕章つけてるから、
コミケスタッフなんでしょ?
助けてください!
この女、傷害罪と窃盗罪です!

盗人猛々しいとは
よく言ったもんねっ!
私の本を盗んだのは
あんたでしょ?!

 

これは私が買った本よ!

美家 王子(びいえ おうじ)

ま、まあまあ二人とも。
お互いに貸し借りすれば
いいじゃないですか

新刊は人から借りるのじゃ
駄目なの!
自分で手に入れるから、
価値があるってもの……

で……しょ……?

 

(なんだ?
俺の顔を見たとたんに
動きが止まったぞ)

王子様……

はい?

あなたは私が追い求めていた、
本物の王子!

 

(何言ってんだこの子は?)

これからあなたのことを、
BL王子と呼ばせていただきます!

 

えっ、何その不穏なあだ名

 

さよなら、姫!

ねえ。
キミの友達、
新刊持ったまま
逃げて行ったけど……

あれはどうせ再録本に載るから
いいんです

 

だったらさっきの争いは
なんだったんだよ

これって運命的な
出会いですよね。
連絡先って
聞いてもいいですか?

 

(こ、これは……!
噂に聞いた女から逆にナンパ、
つまり逆ナン?!)

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

あ、いきなりでビックリですよね。
私の名前は、
藤吉 姫(ふじよし ひめ)です

 

(姫ってあだ名じゃなくて
本名だったのか……)

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

あなたの名前は?

美家 王子(びいえ おうじ)

えっ?
俺の名前は、
美家 王子(びいえ おうじ)だけど

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

な、なんて素敵な名前……。
やっぱりあなたは
BL王子だったんですね!

美家 王子(びいえ おうじ)

(なんか変な子だな。
この場は退却しよう)

美家 王子(びいえ おうじ)

そ、それじゃあ俺。
スタッフの仕事があるから、
もう行くね!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

あっ!
待ってください、
連絡先は……!

美家 王子(びいえ おうじ)

(聞こえないふり、
聞こえないふり)

美家 王子(びいえ おうじ)

(顔はすごく可愛かったけど、
あそこまで変わってると
ちょっとなあ……)

美家 王子(びいえ おうじ)

そして冬休みが終わり、
学校が始まって……。
俺は、彼女と再会することになる

責田 好(せめだ こう)

お前、冬休みにコミケで
バイトしてたんだって?

美家 王子(びいえ おうじ)

こいつは俺の親友の、
責田 好(せめだ こう)

美家 王子(びいえ おうじ)

ああ、コミケスタッフのこと?
あれはバイトじゃなくて
ボランティアだよ

責田 好(せめだ こう)

へえー。
可愛い女の子いた?

美家 王子(びいえ おうじ)

いたっていうか……

美家 王子(びいえ おうじ)

(あの藤吉 姫っていう子、
顔が可愛くても
中身がすごい変だったなあ)

責田 好(せめだ こう)

やっぱり王子は、
彼女作るのなんて
無理だよなー

美家 王子(びいえ おうじ)

失礼だな。
俺をナンパした
女の子だっているんだぞ

責田 好(せめだ こう)

嘘つかなくてもいいって。
お前はちゃんと
需要があるんだから、
安心しろよ

美家 王子(びいえ おうじ)

嘘じゃないよ。
ってか、需要……?

責田 好(せめだ こう)

女にはモテないけど、
男にはめちゃくちゃ
モテるじゃん

美家 王子(びいえ おうじ)

やめてくれよ、コウ。
地味に気にしてるんだから

責田 好(せめだ こう)

なんでだよ。
お前が可愛いからモテるんだろ?
悪い事じゃないと思うけど

美家 王子(びいえ おうじ)

可愛いから……?

責田 好(せめだ こう)

そう、可愛いから!

美家 王子(びいえ おうじ)

ケンカ売ってるのか?

責田 好(せめだ こう)

んなわけないだろ。
なあ、俺の気持ち……
本当は気づいてんだろ?

美家 王子(びいえ おうじ)

はい?

美家 王子(びいえ おうじ)

(コウが俺に壁ドン!?)

美家 王子(びいえ おうじ)

おい待て。
壁ドンってのは、
普通は男が女にやるもんだろ

責田 好(せめだ こう)

しょうがねえだろ!
俺は攻めだし、
お前のことが好きなんだから!

美家 王子(びいえ おうじ)

説明になってない!

責田 好(せめだ こう)

男とか女とか関係なく、
王子のことが
好きになっちまったんだよ!

美家 王子(びいえ おうじ)

えーっ……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

私のBL王子様……

責田 好(せめだ こう)

あん?

美家 王子(びいえ おうじ)

えっ?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

まさか同じ高校だったなんて!

美家 王子(びいえ おうじ)

キ、キミは。
コミケで会った……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

しかも期待を裏切らずに、
学園BLに興じてるなんて!
出ちゃう!
鼻血が出ちゃう!

責田 好(せめだ こう)

あのー。
どちら様ですか?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

紹介が遅れました!
私は藤吉 姫。
BL大好きな腐女子です!

責田 好(せめだ こう)

BL……。
ボーイズラブの略、
つまり男同士の恋愛か

美家 王子(びいえ おうじ)

なんで詳しいんだよ

責田 好(せめだ こう)

お前を好きだと気づいてから、
BL小説やBL漫画を買い漁って
俺と王子にあてはめて妄想してた

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

なんていう腐男子的発想!
でもBLの攻めには、
そういう腐女子の領域に
入って欲しくないんだけどな~

責田 好(せめだ こう)

なあ……王子。
この、美少女だけど
妙にテンションが高い変人は、
何者なんだ?

美家 王子(びいえ おうじ)

お、俺は知らない

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

私とBL王子は、
すでに冬コミで運命的な出会いを
果たしているんです!

責田 好(せめだ こう)

なんだ、
王子の知り合いだったのか

美家 王子(びいえ おうじ)

知り合いっていうか、
すれ違っただけっていうか……

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

美家 王子くん!

美家 王子(びいえ おうじ)

は、はい!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

私の目に狂いは無かった……。
あなたは私が見込んだ通りの、
BL王子だったんですね

美家 王子(びいえ おうじ)

なあ……。
前から言ってる、
そのBL王子ってなんなの?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

私は中学二年生のとき、
友達のお姉さんから借りた同人誌で
初めてBLというものを知りました

美家 王子(びいえ おうじ)

あ、そこから話し始めるの?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

その時、私は思ったんです。
この世のどこかに、
顔はいいのになぜか女性にモテず、
その代わり男性にはモテまくりの
男の子がいるんじゃないかって!!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

その属性を持つ男の子を、
私は『BL王子』と
名づけました

責田 好(せめだ こう)

ほうほう。
つまりここにいるコイツが、
あんたの理想に
ピッタリだったわけか?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

はい!
おとぎ話の王子様みたいに
爽やかで、
まさしく私の理想が
具現化された存在です!

美家 王子(びいえ おうじ)

お、俺は女の子から
モテないなんて、
一言も言ってないよ?!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

言わなくてもわかります

責田 好(せめだ こう)

実際に当たってるしな

美家 王子(びいえ おうじ)

お前ら……。
言葉のナイフで
人を傷つけるのはやめろ

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

そういったわけで、
私は二人の仲を応援します

責田 好(せめだ こう)

なんだか藤吉さんとは
気が合いそうだな

美家 王子(びいえ おうじ)

俺の言葉はスルー?

責田 好(せめだ こう)

俺の名前は責田 好。
王子には
コウって呼ばれてるんだ

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

あ、あの。
つかぬことをお伺いしますが……。
コウというのは
どのような漢字でしょうか?

責田 好(せめだ こう)

ん?
好きっていう字だよ

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

もう一度、
お名前を聞いてもいいでしょうか!

責田 好(せめだ こう)

いいけど?
俺は責田 好

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

俺は責田 好(セメダ コウ)=
『俺は攻めだ!
王子が好き!?』

美家 王子(びいえ おうじ)

強引だな……

責田 好(せめだ こう)

あのさあ……。
ところで藤吉さん

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

なんですか?

責田 好(せめだ こう)

俺ね、
こいつに告白してたところなんだ。
そろそろ二人にして
もらっていいかな?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

あっ……!
は、はい!
陰から覗いて……
じゃなくて、見守ってますね!

美家 王子(びいえ おうじ)

陰からこっちを見てるのは、
二人きりと言うのだろうか?

責田 好(せめだ こう)

しょうがねえなあ。
じゃあ、藤吉さんに
サービスしちゃう?

美家 王子(びいえ おうじ)

はい?

責田 好(せめだ こう)

チュッ……

美家 王子(びいえ おうじ)

んん~!?

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

キス!?
舌も?
舌も入れるの!?

責田 好(せめだ こう)

お望みとあらば

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

もちろん望んでます!

美家 王子(びいえ おうじ)

俺は望んでない!

責田 好(せめだ こう)

なんだよ。
キスを受け入れたってことは、
俺の気持ちも
受け入れたってことだろ?

美家 王子(びいえ おうじ)

キスはお前が強引にしたんだろ!
しかも見世物みたいにしてっっ!
お前とは絶交だからな!!

責田 好(せめだ こう)

王子!

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

追いかけて、
捕まえて、
抱きしめてください!

責田 好(せめだ こう)

了解!

美家 王子(びいえ おうじ)

それ本当にやったら殴るからな

責田 好(せめだ こう)

はい、やりません

藤吉 姫(ふじよし ひめ)

BL王子は
ツンデレ受なんですね

美家 王子(びいえ おうじ)

ツンは有ってもデレは無い!
いい加減にしろー!

責田 好(せめだ こう)

あ、今度こそ本当にいなくなった

美家 王子(びいえ おうじ)

(はーあ。
親友はホモだったし、
せっかく俺に興味を持った女の子は
超がつく変人だったし、
俺はどうすればいいんだ……)

美家 王子(びいえ おうじ)

(俺に彼女ができれば、
全部解決するんだろうけどなあ)

美家 王子(びいえ おうじ)

(あの藤吉っていう子、
俺の連絡先を知りたがったってことは、
俺を嫌いじゃないと思うけど……)

美家 王子(びいえ おうじ)

(ん?
そうか、ひらめいたぞ!)

美家 王子(びいえ おうじ)

(藤吉さんに
腐女子趣味を止めさせて
普通の女の子にすれば、
俺の彼女になってくれるかも?)

美家 王子(びいえ おうじ)

(よしっ。
そうと決まれば明日から実行だ!)

第1話 私のBL王子様

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