第7話

君たちのセカイは危機を迎えている


 と幽霊2号は可南太たちに語った。

このままでは消滅してしまう

このセカイも、君たちの元のセカイも、どちらも、だ

可南太

ちょっと待ってくれ

可南太

あんたは一体誰なんだ

私はクリッピング784

レジスタンスの、
第7ネットワーク第84ターミナル。
君たちが見ているのはこの私のホログラムだ

レジスタンス?


 クリッピング784は後ろ手を組んだ。

君たちには世界史の知識はあるか?

彼よりは

可南太

彼女よりは


 クリッピング784は頬を緩めることなく続けた。

16世紀終りから20世紀初め、ヨーロッパの列強はアジア、アフリカ、アメリカに植民地支配を布いた

帝国主義、ですね

規模の大小を問わず人間なんて所詮考えつくことは同じさ

セカイは無限にある。大樹の枝分かれのように、だ。並行世界、パラレルワールド。呼び方はどうだっていい

そのセカイによって文明の発展度合は異なる

他の追随を許さないほど先進的なセカイもある

もし彼らが他のセカイと交通する能力を得たとしたら?

進んだセカイが遅れたセカイを従属させる

現に、
そうしたセカイはいくつも存在している。
支配するセカイ、そして、支配されるセカイ

気づかれないうちに侵略されたセカイも、
知らないうちに管理されているセカイもある

君たちの元いたセカイは後者だった

我々は何か

支配する側――『帝国』に対する、
レジスタンスが我々だ

君たちは――


 クリッピング784は一拍おいた。

――我々レジスタンスの一員だ


 ふたりは一瞥を交わした。

というより一員となるべき存在だ

可南太、君の亡父。響、君の亡母。彼らは我々の仲間だった。いうならば現地のエージェント、協力者だった

生命体をセカイ間移動させるには膨大なエネルギーを要する。だから、作戦行動のためには現地エージェントを調達するのだ。それは帝国もレジスタンスも変わりはない

同じくそのために私もホログラムとしてしか君たちの前にいられない

さて、情況の説明を続けよう

先ほども言ったように君たちのセカイは終焉を迎えようとしている

きっかけは何か

12次元の揺らぎだ

12次元はセカイが鈴なりに繋がっている空間だ

枝になっているぶどうを想像してくれ。風が吹けば実と実が触れ合う。それと同じだ。セカイとセカイが接近してしまった

君たちは元のセカイで互いの姿を見ていたはずだ。あれは両セカイが接近したことによる相互作用の結果だ。言うならば反射だ

むろん接近するだけなら問題はなかった

だが現地時間19時47分。両セカイは衝突した。そして19時48分、再組織を開始した

ふたつのシャボン玉をイメージしてくれ。くっつきあっている、ふたつだ。横倒しの8みたいな形にね

つまり、ふたつであり、ひとつなのだ。君たちのセカイはその状態にある

だが∞型のシャボン玉は長生きできない。ほどなく割れてしまう運命だ

両セカイは対消滅の過程にある。その第一歩として再組織化が始まっている。セカイとセカイの不完全な融合だ

君たちも見ただろう。人物Aともうひとりの人物Aとの交替。ああしてセカイが徐々に再組織されていった

同時に歴史は改ざんされ、君たちの両親は再婚し、君たちは義理のきょうだいとなった。その他、身辺にはあらゆる変化がみられるだろう

その12次元の揺らぎ……両セカイの衝突は自然現象ですか?

まさか

帝国の戦略攻撃さ。奴らは両セカイを消滅させようと計画した

奴らの統治アルゴリズムが予測したのだ。両セカイが今後帝国のシステムに対して脅威になり得るとね

そのために奴らは君たちのセカイを消し去ることを選んだ

衝突させ、対消滅させる途をね

衝突から72時間44分後、このセカイも単なるエネルギーに帰することになる

残された時間はおよそ62時間だ

ここからは君たちの活躍が期待される

君たちの目的はセカイを再分裂させることだ

君たちが元いた、ふたつのセカイに、ね

可南太

どうやって……?

 可南太の問い掛けに、
 クリッピング784は目をすがめた。

 可南太は響と通学路を辿っていた。

 ふたりとも押し黙ったままだった。



 クリッピング784から告げられた事実――。

 それにショックを受けていた。



 クリッピング784の声がよみがえってくる。



『ひとつ謝らなければならない』



『かつて我々は、
 両セカイのエージェントに或ることを要請した』



『幼年期の君たちの脳に、
 反物質集積回路を埋め込ませたのだ』



 可南太は言葉が出なかった。



 響もさすがに目を丸くしていた。



『すまなかった。
 たしかに倫理に反してはいる』



『だが帝国への対抗策として、必要になるはずだった。
 そして事実そうなった』



 響が尋ねた。



『その……反物質集積回路とはどういう物なのです?』




『或る種の脳内ホルモンに反応し、
 セカイの磁性を逆転させられる』




『つまり両セカイの間の引力を斥力に変えるのだ』




『引き寄せるのではなくて、引き裂くのだ』



『そうなれば両セカイは再分裂させられる。
 双方が衝突前の状態に戻ることになる。
 となれば、消滅することもなくなる』



 可南太が尋ねた。


 
『そのためにはどうすればいい?』



『それは……』



 その瞬間、
 クリッピング784のホログラムにノイズが走った。



 彼の声もぶれ始めた。



 そして彼は消えてしまった。



 何をすべきかという疑問とともに、
 ふたりは取り残された――。


大知

響ちゃん

大知さん……


 響が悲しそうな眼をした。

 この大知は響のセカイの大知ではなく、
 可南太のセカイの大知だ。

 クリッピング784はこう言っていた。

 人物は再組織されない――。

 つまり片方しか残らない。

 ドッペルゲンガーの伝説のように、だ。

 響の知る大知は今や存在していない。

大知

よかったら今日、付き合ってくれない?

何にです……?

大知

駅前で募金するの。
P国の難民の人たちのために

行けるかわかりませんので


 と響は財布を出した。

今ここで募金します

大知

助かる。ありがとう


 大知は金を受け取ると足早に去って行った。

 可南太は溜め息をついた。

可南太

よく払ったな

どういう意味です?

可南太

そういう意味さ

可南太

……!


 可南太は思わず足を止めた。

 桜田が待ち構えていた。

 響のセカイの桜田だ。

桜田

よう

桜田

お前は兄思いだな、響


 そう言い桜田は可南太に向き直った。

 桜田の眼が可南太を突きあげた。

可南太

桜田……


 可南太は思わずその名を唱えた。

 そのとき頬を衝撃が襲った。

 目まいがし、血が臭った。

桜田

呼び捨てにしてんじゃねえよ


 冷たい声で桜田が吐きすてた。

 拳が再び飛んできた。

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