コワーキングスペース『CHERRY』運営奮闘記

第五話

コワーキングスペース『CHERRY』では、それぞれが作業をしつつ、ゆるい雑談が続いています。
どうやら最近、A市で二番目となるコワーキングスペースがオープンしたようです。

ちひろ

コワーキングスペース『ソウルメイト』オープンしましたね。前にいらした、関口さんが作ったところ。

結局、ドロップインはできない、会員制でセミナーを行う場所になったんですね。

鮎美

『できる!月収1000万円。あなたのビジネスブラッシュアップセミナー』か。別に行きたくないなぁ。
月収20万円ぐらいなら現実的だよね。

小松

5万でもいいです。

大崎

あんたらレベル低すぎ。

清川

しかし、そういう場所もコワーキングスペースって言うんだねぇ。

鮎美

コワーキングって言葉の持つ意味が幅広いんですよ。2人集まればコワーキングですから。

ライバルにはならなかったから、いいんじゃないですか。

鮎美

そーだね。少なくともカレーの会はしない雰囲気。カレーじゃなくてシャンパンでも飲んでるんでしょ。

大崎

カレーは飲まねえだろ。

小松

飲みますよ……

清川

ところで小松くん、店番に入るようになってそろそろ1ヶ月だね。慣れた?

小松

ええ、まぁ。

鮎美

助かってるよ。おかげで私も仕事進むようになったし外出もできるようになった。

清川

そうか。ちょっと相談があるんだ。
店番しながら、アルバイトっていいのかな?僕の受けている仕事を手伝って欲しいんだ。難しくないんだけど画面数が多くてね。

鮎美

お、いいんじゃない?

小松

あ、……はい!

ちひろ

仕事久しぶりじゃない?がんばってね、小松くん。

大崎

そうだよね。店番はタダ働きだもんね。
稼がないと!

鮎美

うちをブラック企業みたいに言わないでよ。

小松

へっ。

ちひろ

清川さん、閉店ですよ。

清川

おっと、僕だけになっちゃったか。片付けなくちゃ。

鮎美

お忙しいんですね。

清川

ははっ、まぁね。
でも小松くんにお願いできそうでよかったよ。

小松くん、『CHERRY』でしばらく店番やって、だいぶ表情も明るくなったねぇ。

鮎美

最初はあんなにとげとげしてたのに。

清川

うん、あの頃の小松くんだったら、ちょっと仕事を頼むのは躊躇していたと思うよ。

清川

これからどうなるかは本人次第だけど、仕事に復帰して、自信つけて、次につながっていけたらいいねぇ。

ちひろ

そうなったら、『CHERRY』としても嬉しいですよ。

鮎美

思いもしなかったことがいろいろ起きるんだなぁ、コワーキングスペースって。

しかし、そんな和やかな日々が、ある日突然………

ちひろ

鮎美さん、ご、ごめんなさい!

恭太がウィルス性胃腸炎になっちゃって。受診したら即入院になっちゃったの。どうしよう。

鮎美

ええっ!大丈夫?

ちひろ

うん、今は点滴して落ち着いてる。とにかく私、ついていなきゃいけないから、しばらくCHERRYは休ませて欲しいの。

鮎美

もちろん!恭太くんについててあげて!CHERRYのことは心配しなくていいよ。

鮎美

……とはいったものの。

参ったな。仕事詰まってる時に限って。今日、イベント2個あるし、
次の週のイベント告知でしょ

…あーもう。

小松

小松です。
明日、清川さんと打ち合わせに行ってくるのでCHERRY店番できません。
明後日は家の用事がありますので明後日も行けません。

鮎美

げっ。

どうしよう。
買い出しとかもいかなきゃいけない。

あっちゃー。

そして今日はカレーの会です。

ええっ、じゃ、ちひろさん抜きでずっと運営してたんですか?

鮎美

そうなの。小松くんも結局清川さんの仕事にずっとついてて、動けなくて。

今日も一人で準備したんですか?

鮎美

ははっ、もうね、ちひろさんの偉大さを実感したよお。
裏方はちひろさんに任せっきりだったからね。
私もちゃんと働かなくちゃって思ったわ。

僕に言ってくれれば手伝いましたよ。

鮎美

だいじょぶだいじょぶ。もう何回もカレーの会やってるから、私も段取り覚えたよ。

おっ、じゃぁ、作りますか?

鮎美

あー、うん。今日は指切りそうだからやめとく。

疲れた顔してますね。
寝てないですか、もしかして。
僕が料理している間、ちょっと寝たらいいんじゃないですか。

鮎美

うん……ちょっと睡眠不足かも。

あ、そうだ、じゃ柳さんが作ってる間、仕事させてもらうね。
カレーの会終わってからやろうと思ったけど、今のうちやっちゃお。

楽しかったです!ごちそうさまでした。

また来るよ。

……あー、みんな帰りましたね。
片付け前に、コーヒーでも飲みましょうか。

……

……鮎美さん?

鮎美

……う、ごめん。

大丈夫ですか?

鮎美

ちょっとめまいがして。

あーもう、熱があるじゃないですか!

鮎美

はー、仕事も片付いて、イベントも終わって、気が抜けちゃったかなぁ。
よーやく週末なのに……

…………

鮎美さん?鮎美さん!
………

……

……あれ。もう朝…

鮎美

わっ!な、なんで柳さんうちにいるの?

ああ起きましたか。覚えてないんですか。
CHERRYから僕が運んできたんですよ。

鮎美

え。

熱がありましたけど、眠ったほうがいいと思ったから、水分摂らせて寝かせました。
一応、様子おかしくなったらいけないと思って、ついていたんですけど。

鮎美

うわー。ごめんなさい。

あ、着替えは自分でしてましたから、安心してください。

鮎美

げっ。

僕見てないですよ。

鮎美

あ、あ、当たり前でしょ。
あーそれにしても情けないなー。
運営者失格だわー。

良かった、ちょっと元気になったみたいですね。

あ、そうだ。台所、借りましたよ。雑穀スープ作ったんです。生姜入り。朝と昼に食べてください。体力回復しますよ。

鮎美

雑穀スープ……へー
何、凝ったもの作ってんの……

そんなに凝ってないです。レトルトを組み合わせただけですよ。

昔はねぇ、よく女の子に作ってあげたんですよ。

鮎美

へぇ!

彼女のこと考えて、体にいいものいろいろ作るのにハマってたんです。
雑穀とか発酵食品とか、ハーブとか無添加食品とか。

鮎美

すごい。

でもそれが彼女を追い詰めてしまったみたいで、振られちゃいました。

鮎美

えっ?なんで。
柳さんが作ってあげてたんでしょ?

うーん。不規則な生活している彼女に健康になってほしかったんですけど。僕だけ突っ走っちゃった。
彼女の気持ちを無視してたんですね。

鮎美

……そうなんだ。

なーんてね。昔話、しちゃった。

じゃぁ、僕は帰ります。熱を測って下がらないようだったら、病院に行ったほうがいいですよ。水分はちゃんと摂って下さいね。

鮎美

………

あ、CHERRYの鍵は借りたままでいいですか。昨日の片付け、しておきます。

鮎美

えっ!?いいよいいよ。私やるから。

鮎美さん。
大変な時は人を頼ってください。
無理して倒れるくらいなら。

鮎美

……そうだね、ごめん。
他のコワーキングスペースも出来たし、なんだか負けてられない気がして。

頑張る方向が違うんだよなぁ。
じゃ、僕は行きますね。連絡します。

鮎美

あ、ちょっと待って!

鮎美

あのさ…………柳さん、雑穀スープ、一緒に食べよう。

え。
…僕の分はないですよ。

鮎美

二食分でしょ。
昼は多分寝てるからいいよ。
柳さんだって、朝ごはん食べなきゃいけないでしょ。

いいんですか?

鮎美

うん!
温めて、器に盛って、こっちに持ってきてくれたら嬉しいな。

なんだそういうことですか。

鮎美

えへへ。人を頼れって言ったじゃん。

……はいはい。

鮎美

柳さん。
ありがとう。

ちひろ

長い間休んじゃって、本当にごめんなさい。
鮎美さんもう大丈夫?

鮎美

だいじょうぶだいじょうぶ。
私も、いい経験したわ。無理したら人に迷惑かけるんだなーって。

清川

柳くんから倒れたって聞いた時はびっくりしたよ。

鮎美

清川さんも、小松くんも、あの日、片付けに来てくださったんですよね。
その節は本当に。

小松

結局何だったんですか。風邪ですか。

鮎美

よくわかんない、次の日も寝ていたけどそれで治った。

大崎

誰かの看病のお陰だねぇ。

ちひろ

ねぇ。

鮎美

柳さん?
看病って言ったって、スープ作ってくれただけだよ。
次の日はプリン買ってきてくれただけだし。

小松

へぇ。

ちひろ

ふーん。

大崎

ほー。

鮎美

ねぇ……コミュニティって、なんだろう。

清川

なんだい?唐突に。改まって。

鮎美

ただの人の集まりとコミュニティとの違いってなんだろう。コワーキングスペースでコミュニティが出来ているってどういうことだろう。時々考えてた。

大崎

コミュニティがあるかないかが、シェアオフィスとの違いっていう話もあったね。

鮎美

なにかあった時にだれかが、頼っていいよって言ってくれるのが、コミュニティなのかもしれない。

ちひろ

あら、いいわね、それ。

清川

とにかく頼ってもらえるのは僕たちにとっても嬉しいことなんだよ。

大崎

そーそー。

鮎美

もっと人の手を借りるの上手になったほうがいいよね、私。

鮎美

あ、ごめんなさい今日はもう閉店


……あれっ!?

今井

鮎美さん、お久しぶりです。

鮎美

『Apollo』の今井さん!
どうしたんですか?帰省ですか。

今井

ええ、ちょっと実家に用事があったので。もう閉店だよね。

鮎美

いいんですよ!
ちひろさん、こちら、東京でコワーキングスペース運営している今井さん!CHERRYの運営にはいつも相談に乗ってもらっているんだよ。

ちひろ

今井さん、はじめまして!鮎美さんからいつも聞いていました。いつか『Apollo』にも行ってみたいと思っていました。

今井

それは嬉しいね……でも残念だけど……

実は、報告があるんです。
『Apollo』は今月一杯で閉めることになりました。

鮎美

……!

ちひろ

どうして……

今井

残念ながら経営を続けるのが厳しくなってね。

鮎美

そうなんですか……

今井

『Apollo』のコミュニティが好きだと、敢えて足を運んでくれる人もいるから、なんとか頑張りたかった。でも……いろいろ考えた末の決断です。
かつては、コワーキングスペースも少なくて、自分たちが先頭を切ってやりたい、やらなければという思いもあった。でも今は選択肢がたくさんある。自分たちの役割は終わった。
これからは僕は一人のコワーカーになって、いろいろなスペースを利用して仕事していきたいと思っているよ。

ちひろ

うーん。残念……です。

今井

鮎美さんたちは頑張ってるね。ここはとてもいい雰囲気がある。

鮎美

『Apollo』の雰囲気も、私、好きですよ……

今井

ありがとう。
僕らみたいに個人でやっている小規模スペースは、サービスや設備の面で、大規模店舗や他に収益手段のある所にはどうしても、適わない。収益がなくてもいいっていう考えのところもあるぐらいだからね。

今井

だからね、小規模のスペースは、コミュニティが大事だと思うんだ。『CHERRY』は、いいコミュニティができているみたいだね。
がんばって続けてよ。

鮎美

…………

それから何日かした日の朝。

小松

おはようございます、これ見ました?!

ちひろ

小松くんおはよう。どうしたの?

コワーキングスペース、駅東口に10月オープン

A市外郭団体が運営、市民は利用無料

鮎美

ええっ?

小松

地元新聞電子版の方にも出てましたが、そっちは写真がないので、うちから新聞持って来ました。

このコワーキングスペースは、現在駅東口エリア新開発の目玉の一つ、20階建の高層ビル通称『あぷれ』の11〜13階に開設される。……

鮎美

あ、あの駅と直結してる、大きいビルだよね?『あぷれ』って。

ちひろ

うわ……広い……

小松

すげーライバルっすよ。

大崎

おっはよ。
よーやく知ったのね。A市のスペースの件。

鮎美

大崎さん。

大崎

A市の外郭団体が運営。3フロアを占有して、会議室、カンファレンスルーム、そしてコワーキングエリア。ネット配信可能なスタジオ設備もあり。
コワーキングエリアはフリーアドレスのスペース50席分と固定席10、ブース席が10。あとは……打ち合わせ用のパーティションに区切れるエリア。壁はぜーんぶホワイトボード。
専属スタッフによる起業相談や経営相談も受けられる。

ちひろ

………詳しいんですね。

大崎

そこのネットワーク構築の作業に俺、入ってるし。

鮎美

え。

ちひろ

……前から知ってたんですか?

大崎

まあね。東京にいるときから話は聞いてたのよ。

小松

教えてくれたっていいじゃないですか。

大崎

客先の情報、喋るわけにいかないでしょ。
でも、今言ったことはA市からも最近発表されたよ。オープン近いからね。A市のサイトにもPDFで載ってる。

小松

………あ、ほんとだ。A市のサイト内検索で出て来た。

鮎美

知らなかった。

大崎

運営者、情報収集不足だね。

鮎美

そんな嬉しそうに言わないでよ!

大崎

俺に怒んないの。

ちひろ

……どうなっちゃうんだろう、『CHERRY』は。

鮎美

………
そっちに、行きたいなら、行けばいいよ。

ちひろ

………!

鮎美

便利だし。綺麗だし。広いし。
市が関わってるなら、うちより、よっぽどましだよ。
何より無料だもんね。起業相談とか、うち、できないもんね。

小松

……

鮎美

『CHERRY』は誰も来なくなって、閉鎖かな。
あははっ。

大崎

おい。
……落ち着けって。

鮎美

ごめん。
何言ってるんだろ、私。

鮎美

ちょっとコンビニ行ってきます。

ちひろ

……ああ……

小松

……こんなときに、
柳さんがいれば、な。

大崎

え?

小松

なんか、ポジティブなこと言って、元気づけてくれるから。

大崎

そうかもね。

<< 続く >>

第五話 コミュニティってなんだろう

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