んー……

 彼女も困惑していた。
 微妙な空気が流れる。重苦しい空気、というよりは、変な空気だった。


 僕達は何の話をしていたんだっけ。

 別れ話だったよね?

ほら、黙ったじゃないか。だから僕は君って呼んでいたんだよ

でもやっぱり、君、なんて呼ばれるのはいやだわ

 難しいなぁ……まぁ、いいか。

 君って呼ばれるのは好まない、ということだけでも記憶しておこう。

それと、隠し事って?

 次の質問に移った。途端、彼女の眉間にぎゅっと皺がよった。


 お、おぉ? どうくるんだ?

私の感情データの監視

 ほお!
 彼女の一言に、僕は素直に驚いた。

知ってたの?

バカにしないでよ!

 彼女は怒鳴った。頭の中に、キーンと言う音がこだまする。


 彼女の目が潤む。怒りをあらわにしたまま、僕を見つめる。

 僕は、感動した。これはすごい、涙が出そうになっている。しかも、流れ出るのではなく、目にたまっている! 涙は自信作だ。


 今度の彼女にもこの目の機能を使おうと決めた。

 彼女は、叫び続ける。

私が充電している間に、あの機械に閉じ込めている間に、私の記憶を見てたんでしょう? 

私が我慢しているとき、あなたは決まって機械をいじっていたみたいだし、頭が変な感じするから、調べてみたら、案の定調べた痕跡があったわ! 

うまく隠していたみたいだけど! 

私をなめないで、新型よ!?

 これはやられた。思ったよりも学習能力が高い。応用力もあるようだ。


 まぁ、少し言葉が出てこなくて途切れ途切れになっていたのは残念なところだけど。

 でもばれちゃぁ仕方がない、か。やめるわけにはいかないし。

もう、だめだな

え?

 僕の発言に、今度は彼女が聞き返した。

君とはさようならだ

だから、別れましょうって

そうじゃぁないよ


 途端、彼女の目が大きく開く。
 察したか?

……いやよ……ご、ごめんなさい……ゆるしてっ

 残念ながらゲームオーバー。

 いろいろと改善点が見つかったから、それを直すためにはいちから作り直したほうがはるかに楽なんだ。


 しかし、そんな説明をしても理解されないだろうから、僕は彼女の言葉を無視した。

母さん

 僕は、ガラスの向こうからこっちを見ている母さんに話しかけた。

なぁに?

 ガラスの向こうで、母さんが喋った言葉が、イヤホンを通じて耳に入る。

もう無理だ

待って! ねぇお願い!

 
 彼女は、僕の言葉に絶望し、泣きながらすがってきたが、これも無視する。

実験失敗?

 母さんは、残念そうに言った。硝子の向こうの表情は、なんとも言えない、微妙な表情だった。

 残念そうなのに笑っている。でも僕を馬鹿にしている笑顔では決してない。

 こういうのを、言葉ではなんと表現するのだろう。
 今度父さんに聞いてみよう。

うん。だめだよ、成功する確率、一%もない

 僕はそう告げた。母さんはそっか、とうなずき、笑った。

じゃぁ、残念だけどさようならね。

えっと、七号ちゃん、だったわね

い、いやっ! いや

 ブ、ツン。


 電源の落ちる音がした。

 彼女は、どさりと僕のほうへ倒れてきた。そっと僕は、機械の塊になった『元』彼女を抱きとめた。

 彼女の耳から、煙が上がっている。

何かがショートしているよ

 僕は母さんに言った。

あらまぁ、電源と一緒に、何かが壊れちゃったかな?

それとも考えすぎかなぁ。

まぁいいや、もう使わないし

残念ねぇ、六号ちゃんよりか格段に性能は上がっていたのに。

外見だけでも使いまわさないの?

いや、いちから作り直すよ。

あ、でも、目だけは取っておいて

グロテスクな趣味ねぇ

 母さんは苦笑した。

いや、単純に、涙の機能が優秀だったから

自分がしたこと、まっすぐに優秀だなんていえる、その自信があなたのいいところね

だね


 僕は嘲笑した。
 優秀だったら、機械の恋人を、つくれるはずなんだけどなぁ。

 







 ふっ、と、目の前が一瞬暗くなる。

あー……かあさん、ぼく、そろそろねたいよ

あらそう? 調子悪い?

ううん、へいき。すこしえねるぎーを、つかいすぎたのかもしれない

 僕は頭を抱えた。また目の前が何度か暗くなった。
 チカチカする。気持ち悪い。足元がふらつく。


 これだ。もう七回目だ。


 嫌になる、この混乱。僕の中の混乱。エラー。制御不能の感情の渦。

 僕は母さんにばれないよう、無表情を貫き通した。


 母さんに気がつく様子はなかった。

 そうだ、それでいいんだ。

そうね、少し休みなさい。お休み

おやすみ、かあさん


 母さんは笑顔で手を振ると、扉を出て、どこかに消えてしまった。
 僕は背伸びをする。本当に疲れたし、実験失敗。散々だ。
 思考回路はまだ混乱している。


 エラー、エラー、エラー。


 重症だ。
 ゆっくり休むとするかな。
 僕はベッドに入り、目を閉じた。

 頭がぐわんぐわんする。電機のばちばち、と言う音がする。

 意識はまだあった。遠くから、父さんの声がしたので、僕は盗み聞きしていた。

 何か次の実験のヒントになることが隠されているかもしれないからだ。

お疲れさま

あら、あなた、起きてたの?

 母さんだ。

さっき起きたよ。少し休んだらどうだい?

うん、そうするわ

そうだ、実験は?

失敗よ、恋愛って難しいわ

そうかぁ。なんとか人のようなロボットを作ることまでには成功したんだがなぁ

そうねぇ。感情は、難しいわ。

計算をはやくさせるのは、簡単なのにね

そうだな。あいつは実験に失敗して、不機嫌だったか?

少しね。でも、八号を作る気満々だったわよ

そうか、よかったよかった。

まぁ、バグがない限り、諦めるなんてことはないだろ

でしょうね。諦めるなんて、あの子には似合わないしね。

確かに。ところで、あいつは今、充電中か?

そうよ。二時間はじーっとしてるわ

そうかそうか。旧型だから、時間がかかるなぁ

そうなのよ、大変よね。

なんか、頭がぐわんぐわんするみたいよ、充電中って。

七号が言ってたわ

そうなのか! それは初耳だ。メモしておくよ

またひとつ情報が増えたわ。次は成功するといいわね

そうだな、じゃぁ、休みなさい

えぇ、お休み


 母さんは、そういって父さんと別れた。
 父さんが近づいてくる。道中、何人かの研究員と会ったらしい、他愛もない会話をしていた。


 数分後、実験室の窓の外まで父さんが来た。足音で分かった。

ふー

 父さんはため息をついた。

難しいなぁ、機械による機械の恋人製作……がんばれよ、優秀な優秀な、男性型ロボット三十二号

 父さんはそう言うと、実験室を後にした。
 父さんはきっと今から眠りにつくのだろう。人間はたくさん睡眠をとらなくてはならないから、大変だろうなぁと思う。




 僕は彼らに作られたロボットだ。
 彼らはきっと、僕のことは何でも知っている。




 だから今度聞いてみよう。
 実験が終わった後、僕は悲しい気持ちになる。
 感情のデータが悲しみで溢れる。壊れそうになる。
 僕はこの気持ちの意味を知らない。



 実験だと分かっていても、僕は彼女が大好きだった。

 いくら冷静に現状を分析しても、彼女がいなくなったら、本当に寂しくなる。切なくなる。


 もう七回目だ。いい加減、この気持ちの意味を知りたい。


 きっと僕の記憶を、彼らは知っているだろうから。感情の渦だって、データで知っているだろうから。



 体が重くなった。そろそろ充電モードに切り替えよう。考えると辛くなるから、考えるのを止めてしまおう。


 切り替える直前、彼女の笑顔が浮かんだ。
 僕はそっと、彼女を抱きしめたい気持ちに駆られた。

 苦しくなった。




 もう、わけが、わからないよ。
 このきもちを、なんと、いうんだろう。





 あ、もしかすると、もしかするとこれは……。

 僕の思考はそこで途切れた。








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