ある時代のとある国のお話です。

王様は自分の国の兵士達を集めてこんな話を始めました。

皆の者、いつも激しい鍛錬ご苦労である。諸君らの武功は隣国のさらに隣国まで轟き渡っておる。おかげでこの国に攻め入ろうという不届き者はめったにおらず、民が安心して暮らせるのもそなたたちのおかげじゃ

ありがたきお言葉です、国王様

兵士長が前に出てひざまずき、王に向かって頭を下げます。その姿を見て、王様はさらに気持ちを良くします。

しかし、私は同時にとても憂いていることがあるのじゃ

それは、いったいどういったことでしょうか? 我々に退治できるものならなんなりとお申し付けください

兵士長は顔だけを上げて真剣な眼差しで王様を見上げました。

この国の兵団はそれほど凄いのです。

一夜にして国境に巣食う野盗たちを一網打尽にしたこともあります。隣国からの侵攻も何度も退けたことがあります。人を何人も食ったと言われる巨大なクマやライオンを狩ってきたこともありました。

市井ではドラゴンやお化けを倒したこともあるそうだ、などという噂も流れているほどでした。

私が恐れているもの。それは、油断じゃ

油断、ですか?

思わず兵士長は聞き返します。戦いは幾度となく乗り越えてきましたが、油断をしたことなどない、と兵士長は自負していました。兵士たちも同じです。戦場で油断するということは重傷や死に繋がることもあるのです。

お言葉ですが、国王様。我々はいかなる戦場でも油断などしたことはありません。獅子はうさぎを狩るのにも全力を尽くすものでございます

兵士長の言葉に王様は渋い顔で答えます。

わかっている。だが、普段の生活ではどうだろうか?

普段というのは戦場でも訓練でもない時ということでしょうか?

そうじゃ。戦場では真剣そのものでも、気の緩むときを作っていれば、何かの拍子にうっかり油断として戦場で顔を出すかもしれん

実際のところは気を張り詰めすぎていては緊張の糸が切れやすくなるものなのですが、王様はそんなことは知りません。

そこでこれから油断禁止令というものを発布しようと思っておる。いついかなる時も油断してはならぬという法令じゃ

それは具体的にはどういったものでしょうか?

うむ。心が緩んだと見えればその地位を剥奪する、というものじゃ。そうじゃな、特に人は誰かに褒められると嬉しさに心が緩んでしまうものじゃ。人に褒められて頬を緩ませたものはその名誉も地位も失うものとせよ

兵士長は王様の突然の思いつきに困惑しましたが、相手は王様です。勝手なことを言ってはならないとても偉い人なのです。兵士長はしかたなく王様にこう言いました。

とても素晴らしいお考えだと思います。私は感動してしまいました。兵団一同、国王様のご期待に添えますよう一時の気の緩みもないよう精進いたします

その言葉を聞いて王様は頬を緩めて満足げに大きく笑いました。

翌日、王様は王位を退き、次に王位についた新王様はすぐさま油断禁止令を取り下げました。

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