ユキ

んー・・・。ん? ここは・・・?

目覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。
勉強机や本棚やクローゼットのある、ごくふつうの部屋。
部屋は暗い。

ユキはベッドに仰向けの状態で寝転がっている。

記憶が曖昧だ・・・

ユキは頭を再起動させ、記憶の糸を手繰り寄せようとする。

ユキ

あ! そうだ! あたし、キジマのやつに・・・

キジマにスタンガンで襲われた記憶を取り戻したユキ。

なにはともあれ、ユキはとりあえずベッドから起き上がろうとする。
しかし、身動きが上手く取れない・・・
なぜならば・・・

ユキ

え?

彼女の両手両足には、手錠がされていたからだ。

ユキは混乱した。
いったいぜんたい、これはどういうことなんだ?

ふいに、扉の開く音がした。

キジマ

お目覚めのようね

部屋に入ってきたのはキジマだった。
どうやらここは、キジマの自室みたいだ。

ユキ

おい! いったいこれはなんのマネだ!

ユキは両手両足につけられた手錠を見せつけるようにしながら怒鳴った。

キジマ

あなた見るからに凶暴そうだから、念のためにね

ユキ

お前、こんなことしてただで済むと思ってんのか? つーか、何が目的だ?

キジマ

目的? うーん・・・・・・。それはまだ考えてなかったわ

ユキ

はぁ? あんた、なんかちょっとおかしいんじゃないの?

キジマ

そうかもしれないわね。あなたに対して「こんな気持ち」を覚えてしまう私は、たしかにおかしいのかもね・・・

ユキ

おい、なにブツブツ言ってやがる。いいから早くこの手錠を外せ

キジマ

目的、思いついたわ

ユキ

は?

キジマ

お願いを聞いてくれたら、手錠外してあげる。だからお願いを聞いて

ユキ

お願いだあ? よく分かんねぇけど、一応聞いてやる

キジマは一拍置いたあと、こう言った。

キジマ

私の女になってちょうだい

満面の笑みだった。
無垢な少女が母親に向けるような、邪念も打算も一切含まれていない、純度100%の笑顔だった。

その笑顔を見て、どうしてかユキは寒気を覚えた。
体の芯にちょくせつツララを押し当てられたかのように、ブルリと全身が震えた。

ユキ

じょ、冗談言えたんだ、お前・・・。あはは、でも笑えないな・・・

キジマ

冗談じゃないわ。私は本気よ。いまからそれを証明してあげる

そう言うとキジマは、ユキに近づいた。
そして、胸ぐらを掴むと・・・

ユキ

!!!!?????

口づけをした。
ほっぺにチュウなんて生易しいものではない。
唇に唇を強く押しつけ、舌を捻じこむ勢いのキスだ。

ユキ

え? え? どういうこと!?

ユキはひどく混乱したが、とにかくなんかいろいろヤバいことは理解でした。
だから抵抗した。
体をメチャクチャによじらせ、キジマから逃れようとする。
しかしユキは両手両足を手錠で拘束されているので、どうも上手くいかない。
しかも、キジマの腕力が尋常ではない。
「その細腕のどこにそんなパワーが詰まっているんだ!?質量保存の法則に反しているぞ!」とユキは思った。

キジマ

暴れんな・・・暴れんなよ・・・

暴れるに決まってんだろうとユキは思った。

にわかに野獣と化したキジマの進撃は止まらない。

ユキはアッという間に組み伏せられてしまった。
うつ伏せの状態にされ、顔をベッドに強く押しつけられる。

そしてキジマは、ユキの耳元でささやく。

キジマ

いいでしょう? 減るもんじゃないし。いいわよね?

ユキ

な、何が!?

キジマ

ちょっとくらいつまみ食いしてもいいわよね? あなたの体

ユキ

!? 貴様カニバリストだったのか!

キジマ

・・・あなた現国の成績悪いでしょう? なんでこの流れでそういう解釈になるのよ? 比喩に決まってるでしょ

ユキ

ひ、ひゆ・・・? 日本語しゃべれ!

キジマ

・・・分かりやすく言うわ。私は今からあなたを裸にするわ

ユキ

なんで? お風呂入るの?

キジマ

あなたがふだん男たちとしていることを、今回は私がするのよ

ユキ

あたしがふだん男たちとしていること・・・? もしかして妖怪ウォッチ?

キジマ

ふだん男子と妖怪ウォッチで遊んでるのか・・・(困惑)

ユキ

なに、もしかして妖怪トレードがしたかったの? でもあたし今日DS持ってないけど

キジマ

なんで妖怪ウォッチ前提で話を進めてるの? そうじゃないわ。あなたがふだん男としていることは他にあるでしょ? ベッドの上ですることよ。布団の中に潜って、男と二人ですること。

ユキ

だから妖怪ウォッチでしょ?

キジマ

布団の中でしてるのか・・・(困惑)

いっこうに話が進まないことに業を煮やしたキジマは、もう回りくどい表現いっさいなしで、これから自分がしようとしていることを言う。

キジマ

単刀直入に言うわ。あなたは今から私と「自主規制!」をするのよ

ユキ

!!!??? それって、エロいことじゃんかっ!!

キジマ

そうよ。あなた、ふだん男たちと散々してるでしょ?

ユキ

してねーよ! あたしまだ二十歳じゃねーし!

キジマ

・・・あなたもしかして、ピュアヤンキー?

ユキ

日本語しゃべれ!

キジマ

・・・あなた、処女なの?

ユキ

当たり前だろ!

キジマ

意外ね・・・。見た感じ、かなり股がユルそうなのに・・・

ユキ

はぁ!? あたしは五歳でおねしょ卒業してんだよ! 殺すぞ!

キジマ

そういう意味じゃないのだけど・・・

キジマは「はぁ・・・」とため息をつくと、ユキの体を拘束する力を緩めた。

キジマ

なんか疲れたわ。今日はやめておくわ

ユキ

・・・なぁ、お前は、その・・・本気であたしと「自主規制!」しようとしていたのか?

キジマ

そうよ。そしてあなたを完膚なきまでに征服したかった

ユキ

もしかしてあんた、レズ? 百合なの?

キジマ

そうよ(即答)

ユキ

な、なんであたしなの? ほかにも女はいっぱいいるでしょ?

キジマ

あなたが悪いのよ。あなたが、私に声なんてかけるから・・・

ユキ

え?

キジマ

今日学校で、あなたは私に話しかけた。そこで私は恋に落ちてしまった

ユキ

話ったって、一言二言くらいしか話してねーじゃねーか

キジマ

そんなことは関係ないわ。これは運命なのよ

にわかにキジマの雰囲気が変わった。
声がツートーンほど低くなり、瞳に妖しい光がポッと灯る。
心なしか息も荒いように思える。

キジマ

私はこれまで欲望を抑え続けてきた。あえて壁を作って、誰とも話さないよう心掛けた・・・。私だけの領域をこしらえて、内側から鍵をかけてとじこもっていた・・・

ユキ

・・・・・・

キジマ

だけどあなたは私の領域に入ってきてしまった。そこで二人は出会った。そして恋に落ちた。すなわち・・・・・・

ユキ

まずいな。このままじゃ夕飯の時間に遅れる・・・

この期に及んでユキは、危機感をまったく覚えていなかった。
正確には、危機感が消えた。
キジマのヤバさが明らかになってきたにも関わらず、不思議と安心感が勝ってきている。

ユキ

とりあえずさぁ、その、まずは友達から始めるってどうよ?

恍惚の表情で愛を語っていたキジマが、ピタリと動きを止めた。

キジマ

・・・友達?

ユキ

そう。友達

キジマ

友達って、なに?

ユキ

ん? 哲学かな?

キジマ

友達って、なに?

キジマはまったく同じ声調で繰り返した。

ユキ

えーと・・・学校でいっしょに飯食ったり、放課後マック行ってだべったり、休みの日に映画行ったり・・・そういうことする仲のことだろ

キジマ

・・・うん。じゃあ、それでいいわ

ユキ

・・・そうか

意外と聞き訳のいいキジマ。
ユキは肩透かしを食らってしまった。
もうちょっと説得は難航するかと思っていた。

けっきょくキジマは、ユキの手錠を外してくれた。

ユキは、スタンガンの仕返しとして一発ぶん殴ってやろうかと考えたけど、遠い目をして「友達・・・友達・・・」と呟くキジマを見たら、一瞬で怒りは冷めてしまった。
代わりに、哀れみと不気味さの混合物が心に残った。
「このキジマという女は、いったいどんな人生を歩んできたのだろう?」という興味も、心の隅に僅かながら積もり始めた。

ユキ

じゃあ、あたし帰るけど、いいよね?

言った直後に「なんでわざわざ許可を仰がなければならないんだ」と自分を責めた。
でも、最後にキジマに何かを言ってもらわないと、自分はこの家を出て元の世界に帰れないような不安があった。

キジマ

ええ。さようなら。あなたの唇なかなかおいしかったわよ

ユキ

くちびる? おいしい? 暗号かな?

家の外に出ると、周辺の家の窓はほとんど暗くなっていた。
スマホの時計は深夜1時を表示している。
「夕飯に遅れるとか、そういうレベルじゃなかったな・・・」とユキは思った。

母親から「どこをほっつき歩いてるの? 今日はすき焼きだったのにねぇ・・・」というメールが入っていた。

ユキ

あたしのすき焼き・・・・・・

ユキは、不穏な闇が漂う道をボーと歩く。
頭の中では、キジマのことを考えていた。
そして、キジマが最後に言った言葉の意味を遅ればせながら理解した。

ユキ

あ! あたし、ファーストキスを奪われちゃったじゃん! どうしよう! 妊娠しちゃう!

ユキ

・・・・・・・あ、でも相手が女だから安心か。よかった!

ユキがいいならそれでいいのだろう。

ユキはコンビニに寄ってカップラーメンとおにぎりを購入し、自宅へと帰った。




一方、キジマは・・・

キジマ

友達・・・友達・・・信じられない・・・私に友達が・・・

暗い部屋の真ん中にポツンと座り、恍惚に浸っていた。

しかし彼女の恍惚は、長くは続かなかった。
ある問題に気づいてしまったからだ。

キジマ

彼女には、私のほかにもたくさんの友達がいる・・・

そう。ユキは人気者だ。
男女問わず、友だちがたくさんいる。

キジマ

友達は私ひとりで十分よね。ほかのみんなには退場してもらわないと・・・

キジマの中で、辛うじて残っていた「躊躇」がプツッと切れた。
同時に、これまでにないくらいの多幸感が押し寄せてきた。
彼女の「躊躇」はその波にのまれ、遥か遠くへと流されてしまう。
もう回収することはできない。

キジマはベッドにダイブして、ついさっきまでユキがいた場所に顔をうずめた。

キジマ

いい匂い・・・。どうしてそんなにかわいいの? 私だけのあなたでいてほしい・・・私だけの・・・

キジマの恐るべき計画が始まろうとしていた。

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