嵐山幸之進の過ごし方。
僕、嵐山幸之進はとても不幸な青年である
なにしろ、幼い頃から悩まされてきた病気が完治したその日。世界が終わると言われたのだ
嵐山幸之進の過ごし方。
僕は幼いころから、病院の中で育った
生まれつき身体が弱く、ずっと病院でくらしていた
だけど、医学の進歩と周囲の助けと僕自身の成長によって、ようやく人並みの生活が送れるようになる、と言われたのが3ヶ月前のこと
そして、3ヶ月の準備を経て、昨日ようやく僕は退院したのだ
新しく始まる新生活。これまで行けなかった学校へも、明日からようやく行けるようになる。期待と不安に胸躍らせて、寝付けなかった……そうして深夜十二時を回った瞬間だった
みなさん、こんにちは。今日はみなさんが待ち望んだ地球最後の日です。明日、最後の審判がはじまります。どうぞ、残された時間を楽しんでください
最後の審判ってなんだよ
キリスト教徒でもないのになんで最後の審判なんてのにつきあわされなきゃならないんだ、と思って、ぐぐったところ『最後の審判』に類似する考え方は、キリスト教意外にも世界各地であるようだった。
どうやら、本当に人類は昔から待ち望んでいたらしい。
そうこうする間に、夜が明けてしまった。結局一睡も出来なかった
朝、起きてきた両親は今日が地球最後の日だということを知って、慌てふためいていた
ど、どうしましょう!?
いったいどうすれば!?
僕はそんな二人を横目に、学校へ行く支度をしていた
幸之進、おまえ、どこにいくんだ!?
学校だよ、今日から登校だっていったろ?
な、なにを言ってるんだ! 今日が地球の最後なんだぞ!? 学校なんて今更行ってなんになる!
……
だから、最後に一度、行っておきたいんだよ
……
なにも言えなくなった両親を置いて、僕は家を出た
こうやって一人で通学路を歩く、というのもはじめての経験だ
テレビでは、今日が地球最後の日だ、ということで好き勝手に暴れる連中が出てきて、警察がその対応をしているが、警察内部でも暴動が起きていて、街はひどい有様だ……と言っていたけど、僕の住んでいるこの地域は比較的田舎だからか、そういったことはまだ起きていないようだった
学校への通学路を通るのは初めてだけど、僕はストリートビューを使って何回も予習していたから、道に迷うことはない
けれど、やっぱり自分の目で見る世界は違った。今までの動かないモニター越しだと、空気や匂いや風は感じることが出来ない。『目の前にある』ということがとても幸せだった
そうこうしている間に、学校へと辿り着いた。人の気配はあまりしない。おっかなびっくり、僕は校内へと入っていった
とりあえず、職員室を目指す……しかし
あれ
職員室のドアの鍵は閉まったままだった
校内には多少の生徒の姿がある。が、教師はみんなきていないようだった
当たり前といえば当たり前だ。地球最後の日に、わざわざ職場に来なければいけない理由はないだろう。きっとみんな家族で過ごしたりしているのだ
困ったな
このままだと自分のクラスもわからない。とりあえず、自分の学年——高校2年の教室がある3階へと向かう
3階にいくと、人は誰もいなかった。とりえず、開いている一番手前の教室へと入る
ここが教室……
ずっとずっと憧れていた、教室。その中に自分一人がいる。教室の空気は少しほこりっぽく、はじめてなのにどこか懐かしい匂いがした
窓際の席に適当に座る。窓から外を見る
ちょっと、アンタ、人の机でなにやってんの!
えっ!?
そこ、アタシの机なんだけど
ご、ごめん!
……アンタ誰? このクラスの人じゃないよね
ああ、ええと僕は、嵐山幸之進。今日、転校してきたんだけど……
僕はかいつまんで事情を話した
ふーん
アタシは、三島美希。よろしくね
よろしく
今まで学校来たことなかったんだ
そう、これが初登校。最後になっちゃうけどね
そっかぁ。ふーん。あ、じゃあさ
初めてのこと、しよ?
僕らは、学校の屋上へと来ていた
いやー、授業サボってこうやって屋上で寝るの憧れだったんだよね
いいのかなぁ
ん?
いや、ドア……
屋上のドアは鍵がかけられていて、入るためにガラスを割っていた
いいのいいの。どうせ明日には壊れるんだし
まぁ、そっか
っていうかさぁ……本当に、地球滅びちゃうのかなぁ?
どうしたの唐突に
だって、そう思わない? アタシ、夜中は寝てたからさ。朝起きて知ったんだけど、でも、やっぱ実感ないっていうか
だから学校来たんだ?
まぁ、家にいてもどうせ一人だしね
……
あー、今変な想像したでしょ? 複雑な家庭とか
ご、ごめん
残念だけど大外れ〜。両親はただいま絶賛海外旅行中なんです
そ、それは……
今日が結婚記念日でさぁ、二人で一昨日からハワイ旅行いってんのよ。帰ってくるのは明後日の予定だったし。電話も通じなくってさぁ、テレビ見る限り帰ってくるのは無理よねぇ
そうなんだ……
まぁしょうがないわよね。誰もこんなことになるなんて思ってなかったんだし
……地球が滅びるとは限らないんじゃない?
へ?
いや、最後の審判っていってたよね? あの女の子
ああ、なんかそんなこと言ってたけど、最後の審判ってなに?
僕は彼女に昨晩ぐぐった『最後の審判』の知識を話した
ふーん、そうなんだ。じゃあ、天国に行って会えたりするかもしれないってこと?
そうかもね
なるほど、それなら、まぁいいかなぁ
本当にそうなるかはわからないけど、少しでも彼女の気持ちが楽になったのなら嬉しかった
それなら、今日一日は心置きなく遊べるわね
ねぇ、じゃあ今日一日アタシに付き合ってよ
へ?
そういって僕の手を引っ張って走り出した彼女に連れられて、僕らは近くのショッピングモールに来ていた
ここ、ここ! ここの中に入ってるパフェで食べたいのがあったんだけど……
彼女の声が次第に小さくなる
あぁー! 閉まってる……
ショッピングモールの店内の開店状況はまばらで、お目当てのお店はやっていなかった
仕方ないよ、みんな今日が最後の日だからね
うぅ〜、そっかぁ
ドンマイドンマイ。他のところ、探そうよ
うん、そうだね……よし!
気を入れ直した僕らは、それからはひとがいなくても遊べるところを回っていった
公園、個人でやっていた喫茶店、海...etc
彼女が行きたかったところ。
僕が行ってみたかったところを、次々と回っていった
そうしているとあっという間に時間は過ぎて、いつの間にか日も暮れてしまっていた
僕らは海辺の波打ち際に二人並んで、話をしていた
もう、夜になっちゃったね
……
ねぇ、あの子は『最後の日』って言ってたけど、それはいったい何時までのことなのかな?
ええと、日付が変わるまでじゃない?
その日付ってどこの国を基準に考えるの?
あー
そこまでは考えていなかった
わからないよね。もしかしたら、この瞬間に終わっちゃうかもしれないんだよね
……あのさ、もしも良かったらなんだけど。このまま一緒にいてくれないかな
…………
なんてね
ごめんね、変なこといって。キミも家に帰って親と一緒に過ごしたりしたいよね。ごめんごめん気にしないで
いいよ
え……
僕も、そうしてたいから
本当に?
うん
それから僕たちは、寄り添いながら他愛のない話をずっと続けた。いつ終わるともわからないこの瞬間をただただ楽しむために
時刻は気づけばもう十一時五八分だ
……今日は一日付き合ってくれてありがとう、楽しかったよ
こちらこそ、ありがとう
ねぇ、また、会えるよね
うん、きっと会えるよ
そしたら……そしたらさ
次に会ったら、また今日みたいにデートしたいな
俺でよければ、何回だって付き合うよ
ありがとう……よろしくね
それじゃあ……また、ね
うん……また
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