細身の小柄な少年は、
聖剣の柄に手をかけた。









美少年

ん~~~~!










しかし、
剣は微動だにしなかった。









メモリエル

ねえ、ログ?

ログエル

なんだい?

メモリエル

手伝ってもいいかしら?

ログエル

いや、だめだろ!

ログエル

僕らはあるがままを記録しに来ただけなんだから

美少年

……ハァ……ハァ

係員

はい、もう下がってね

美少年

……今、手ごたえあったんで! もうちょっとでスッとイケそうな感じなんで!

係員

はいはい、後ろつかえてるからね

美少年

くっ……

ログエル

残念だったね

メモリエル

ちっ、賭けてたのに

ログエル

おい。…ていうか、賭けの相手誰だよ?

イマジン

ニャ

ログエル

お前か! 撮影に集中してくれ……

グオオオオオオオオ!

メモリエル

問題の彼の番ね

ログエル

邪魔しちゃだめだよ

メモリエル

大丈夫。邪悪な存在には勇者の証を抜くことなんてできないわ

ログエル

だから勝手に邪悪にするなって……










大男は、
聖剣の柄に手をかけて力を込めたが、
剣は微動だにしない。


男はとうとう両腕で柄をつかんで、
身をのけぞさせた。


すると、
ギシギシと音を立てて、
岩に刺さった刀身が少しずつ姿を現した。









ログエル

あっ、抜けそう!

メモリエル

……どう見ても怪力で抜いてるわよ。あれは勇者の素質とか関係ないんじゃない?

ログエル

そうだね。勇者だったらスッと抜けそうなもんだよね。

ログエル

でも、ひょっとしたら史実はこうだったのかなあ……

メモリエル

どうすんのよ? このままだと大鬼が世界を救ったことになるわよ? いいの?

ログエル

事実なら受け入れるしかないよ










大男が勇者になろうとしていたその瞬間、
1人の兵士が広場に飛び込んできた。









兵士

大変です! この広場に魔物が潜入しているとの情報がたった今入りました!

騎士長

何!? それはまことか!?

兵士

間違いありません!

騎士長

ばかな、そんな者はこの広場には……

グオオオオオオオオ!

騎士長

……

騎士長

やつをつかまえろ!










大男は、
兵士たちによってまたたく間に取り押さえられた。









係員

騎士長どの! 彼は今、もっとも勇者に近い人物だったのですぞ!

係員

なぜ……

騎士長

……

係員

まあ……

係員

わからんでもないですが……

騎士長

……だろう?

メモリエル

私の読み通り! やっぱりあいつは魔物だったみたいね!

ログエル

そうかなあ…? 何の証拠もないよ?

大男

グルルル! ハナセ!

兵士

勇者の剣を奪い、勇者の出現を食い止める狙いだったようだが、ぬかったな!

大男

チガウ……。ワタシハ、ムラノミンナノタメニ、ユウシャニナリタクテ……

兵士

だまれ! 魔物め!

兵士

神聖な儀式の場を汚した報い、今こそ受け……ん?

兵士

ガハッ!










突如、
群集の中から、
次々と火球が打ち出され、
取り押さえていた兵士もとろも、
大男を焼き焦がした。









大男

ギギャ!

ログエル

なんだなんだ?

メモリエル

あ、あれは!










広場にいた人々の視線は、
火球を放ったと思しき人物に集まった。









美少年

……

メモリエル

勇者様!

メモリエル

鬼野郎をやっつけたってことは、やっぱり彼が真の勇者だったのね!

ログエル

……いや、どうもそうじゃなさそうだよ?

美少年

……くくく

美少年

よもや、剣を引き抜き真の力を手に入れる前に勇者を倒すことができるとはな

騎士長

ま、まさか。では貴様が……

美少年

そう。潜入していた魔物とはこの私……。イルビス様の命により、勇者となる人物を即座に排除するために来たのさ

美少年

誰が勇者かわからぬ状況では、うかつに力を無駄遣いするわけにはいかなかったが……

美少年

君たちが取り押さえてくれたおかげで、効率よく排除できたよ……

美少年

もう恐れるものはない! 貴様ら全員、根絶やしにしてくれる!

メモリエル

そっちかーい!

メモリエル

勇者じゃなくて、魔界のプリンス的な美少年だったのね!

メモリエル

ありだわ!

ログエル

ありだわじゃないよ! これ相当マズイ状況だよ?

ログエル

おかしいな。きょうは間違いなく勇者が見出されて伝説が始まる日のはずなのに……

メモリエル

勇者になりそうだった鬼ノ助はやられてしまったわね……

ログエル

鬼ノ助て

メモリエル

……ねえ、ログ。こうは考えられない?

メモリエル

今、この場には、本来の歴史に存在しなかったはずのものが存在しているわ

ログエル

……僕らのことかい?

メモリエル

そう……つまり

私たちが歴史に干渉したせいで、勇者が現れない世界線が生まれてしまったのよ!

ログエル

……

ログエル

メモリ……

ログエル

いや、僕らしゃべってただけで、まだ別に干渉してないし

メモリエル

……

メモリエル

もっともらしいことをそれっぽく言ってみただけよ

ログエル

適当かよ!

ズバッ!!

美少年

ぐはああああっ!!

ログエル

あっ、いつのまにか魔界のプリンスが斬られてる!

メモリエル

えっ!

メモリエル

ちょっと! 無駄口叩いてたせいで決定的瞬間見逃したじゃないの!

ログエル

無駄口叩いてたのはおもにそっちだよ

ログエル

それにしても、いったい誰が?










人々の視線の先。


そこには、
誰もが抜くことができなかった聖剣を、
軽々と振るう男の姿があった。









係員

……

ログエル

あ、あれは……

メモリエル

整理券配ってた人!?

係員

……騎士長どの

勇者

どうやら、真の勇者は……私だったようですな

メモリエル

おっさんじゃん!

ログエル

おっさんじゃん!

イマジン

ニャ

騎士長

……

騎士長

おっさんじゃん

勇者

……なんかすみません

青年

せめて俺じゃね?

勇者

……私もそう思う

メモリエル

……ねえ

メモリエル

これから私たち、勇者の長い冒険の旅をずっと記録していくんでしょ?

ログエル

そうだね

メモリエル

その主役が、おっさんで本当にいいの?

ログエル

……史実なら、僕らは受け入れるしかない

メモリエル

え~~~










伝説の通り、
この日、勇者は選ばれた。









勇者

ウオオオオオオオオ!










聖剣を高らかに掲げ、
勝どきの声を上げるおっさんの姿に、
誰もが動揺していた。


そんな中、
ログエルは1人、密かに思うのだった。









ログエル

……

ログエル

ヒゲのおっさん萌え~










だが、彼の性癖が、
白日のもとに晒されることはなかった。


今は、まだ……。

















選ばれた日の記録《完》









選ばれた日の記録(後)

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