町中が、そのニュースで溢れかえっていた。

いや、きっとそれは私の勘違いだ

 でも、どうしてもそのニュースばかりが目に止まってしまう。携帯のトップニュース、駅で売られた新聞。

 笑顔の彼の写真を、今日は何度見ただろうか。

 怖いもの見たさ。

 ついついその記事を読んでしまう自分がいた。

嬉しい、ニュースのはずだ

 大好きな野球選手が、一般人の女性と結婚した。

 唐突だった。これといったうわさもなく、まだ年も若いので、結婚のニュースが飛び込んできたときには、耳を疑った。

 すぐに祝福の気持ちが湧いて出てきたわけではなかった。悔しいような、悲しいような、なんとも言えない気持が、私の心を支配した。

その選手と付き合いたいなんて思ったことはもちろんない

 そういう感情があったわけではない。その選手が活躍しているだけで十分だ。

 テレビを通して、見ているだけで十分だ。たまに試合を見に行って、生で見れたら、本当に、それで大満足だ。


 そういえば一度だけ、とあるイベントで握手をしてもらったことがある。

 見た目は細い選手なのに、手はごつごつしていて、

あぁスポーツ選手の手だな

 と感動した。ほんの一瞬だったが、今でもその一瞬は、私の中では宝物だ。


 そのぐらい、遠い人なのだ。それは重々承知している。


 でも、彼が知らない間に、ある女性と出会って、一年以上も付き合って、同棲までして、結婚したなんて。


 なんだかショックだった。


 それは単純にその女性への嫉妬心なのか、それとも彼が恋愛をしていた、という事実があまりに普通のことすぎて、少しがっかりしてしまったのか。答えは出ない。


 とにかく、ショックだった。



 あのニュースが世をにぎわせてから、一週間と少しが過ぎた。私は、電車で少し遠出することにした。ある安いブランドの服が買いたくなったのだ。





 私の住んでいる町は、都会のはずれだ。都会の中心に出るのに、一時間はかかる。残念ながら、そのブランドも、田舎に進出はしていなかった。


 ちなみに彼に会いに行こうと思えば、三十分で会いに行ける。

 球場は、家のすぐそばにあった。うわさでは、彼もこの辺に住んでいるとのことだ。

 ホームとなる球場から、そう離れた場所には住まないのだろうか。実際に目撃情報もあり、なかなかローカルだなぁと思う。


 奥さんと二人で、この電車を使ったこともあるのだろうか。

……移動は車か

 思考回路の中心に、彼はいまだに存在し続けていた。
 もうだいぶ現実は受け止められていたが、まだ辛かった。


 電車のなかを見渡す。

 野球シーズン中は、この電車の中にも、野球の宣伝ポスターが貼られるが、今はオフシーズンだ。野球の宣伝ポスターは一切なく、どことなく寂しい。


 電車は少し、混んでいた。座る余裕はなさそうだったので、私はドアの近くに行き、ドアに寄りかかりながら、本を読み始めた。


 一定のリズムで、電車が揺れる。

 彼の住んでいるらしい町の最寄り駅にも止まる。遠ざかっていく。町は流れていく。ドアは冬の風で冷たかった。ふうとため息をつくと、ドアのガラスが白く曇った。


 ふとしたときに、彼のことを思い出す。
 ふとしたときに、寂しくなる。


 もう一週間以上、こんな調子だ。いったい何をしょげているんだ、と自分に喝を入れたくもなる。

いいじゃないか、結婚して、よかったじゃないか

 心から祝福できない自分が、なんだか情けなかった。


 本を三分の一ほど読み進めたところで、目的地に到着した。

 ドアが開く。急ぎ足で、どんどん人が電車から出ていく。さすが都会だ、満員だった電車は、あっという間に空っぽになった。


 少し足が疲れていたから、そこに残って座りたいとも思った。二駅先の終点で降りると、少し遠回りになるけれど……いやいや、と首を降る。降りよう。こちらの方が近い。


 私は、ドアを出ようとする人達の列の、一番後ろに回った。電車の発車を合図するベルがなる。もうちょっと待ってほしい。私は少し焦りを覚えた。


 私がドアを出るか出ないかのタイミングで、外で待ち構えていた人たちがどっと電車に入る。あぁこれでは、また満員になるだろうなと思いながら、私は出口へ通ずる階段へと向かった。



 その時だった。

 人があふれる駅の中で、私の視点はある男性に注目した。


 たくさんの人ごみの中から、その人を探すことは容易だ。しかしその人込みは、いつも同じチームメイトか取材陣であるはずだった。



 今日の人込みは、いつもと条件が違う。それなのに、私は、その人を見つけることができた。

 私が大好きなあの選手が、遠くにいた。こちらへ向かってきていた。私服だ。おしゃれな帽子をかぶっている。それでも一目で彼だと確信した私の観察力に驚いたが、それどころではない。


 まさか、こんなところで出会うなんて、だれが想像しただろう。

サプライズな出来事 前編

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