第一話(前編)

○外(夜)

成瀬夢実

ど、どうして私、隠れているんだろう……!!

 成瀬夢実(女、35歳)は、電柱の陰に隠れていた。
 合コンの帰り道、家路を歩いていると高級レストランの前には、成瀬の上司、海藤歩と取引先の社長、お洒落な女性の姿。
 三人が親しそうに会話している姿を成瀬は隠れて見ていた。

成瀬夢実

ここを通らないと、家に帰れないんだけどな……

 成瀬は、上司の姿を見かけて、何故か見てはまずいものでも見た気分になる。
 彼は成瀬にとってはただの上司、長年一緒に仕事をしてきた人でしかない。仕事以外の会話はしたことがないのだ。
 しかしここを通らなければ、家に帰ることができない。
 成瀬は意を決し、うつむきがちに通り過ごすことを試みる。

成瀬夢実

………

成瀬夢実

うぅ……どうか気づかれませんように!

 成瀬は三人に気づかれないよう少し距離をとりつつ、うつむきながらその場を通りすぎるが……

成瀬夢実

!!

海藤歩

!?

 成瀬は上司、海藤(男、38歳)をちらりと見た瞬間、視線がぶつかり合い、気づかれてしまう。
 成瀬はその場で硬直する。

海藤歩

成、瀬……?

成瀬夢実

あ、そ、その……

お洒落な女性

あら?お知り合い?

 お洒落な女性(取引先の社長の娘、37歳)は腕を組み、いぶかしげに成瀬を見る。

海藤歩

………

 海藤はじっと成瀬を見ている。

成瀬夢実

………

 成瀬は背中に冷や汗を感じていると、海藤は何かを思い立った顔をして取引先の社長(お洒落な女性の父親、59歳)とお洒落な女性にこう言う。

海藤歩

実は、大変申し上げにくいのですが……
彼女、俺の婚約者なんです

成瀬夢実

!?

取引先の社長

!?

お洒落な女性

はぁ!?

 海藤は硬直した成瀬の肩を抱き寄せ、お洒落な女性と取引先の社長に小さくお辞儀をして

海藤歩

社長、申し訳ございません。
お嬢さんとのお見合いはなかったことにしていただけませんか?

取引先の社長

………

お洒落な女性

なっ、何を……!!

 お洒落な女性はわなわなと震えている。
 そんな彼女を取引先の社長は手で制し、仕方ないという顔で

取引先の社長

娘の申し出で、強引に見合いの席を進めたのは私だからね。そうか、彼女が婚約者か……

 そう言い、成瀬と海藤達をまじまじと見る。海藤は微笑んで

海藤歩

どうやら彼女は、私のことが心配で来ちゃったみたいなんです。すいませんが、これで失礼してもよろしいでしょうか?

 取引先の社長はお洒落な女性の様子を窺う。

お洒落な女性

………

 彼女はひどく怒った顔をしている。
 取引先の社長は海藤に苦笑いを浮かべて

取引先の社長

ああ、後のことは気にせず二人で、ね?

海藤歩

ありがとうございます

 海藤は深くお辞儀をすると、成瀬に微笑んで手を取り、その場を後にした。

【第一話(前編) おわり】

pagetop