ウェンディ

パパンをバカにしないで!

鈴木フック

えぶぅ!

 ウェンディのひたすらにまっすぐな拳が、フックの顔面にファンタスティックにめり込んだ!

ウェンディ

パパンは……パパンは!

 目を白黒させているフックに向って、ウェンディは思いの丈をぶちまける。

ウェンディ

ママンがいなくなった後だって、パパンはひとりで必死に私の事を育ててくれたんだから!

ウェンディ

あんまりお話しできなかったけど、それでもがんばってくれてたんだから!

ウェンディ

パパンのことをダメだなんて言える人、この世にいるわけないじゃない!

 言葉を重ねるその度に、ウェンディの瞳から涙があふれ出す。

ウェンディ

夜中遅くに帰って来て、

ウェンディ

『人妻家庭教師フラグ……』とか

ウェンディ

『お願い……あと一回だけ再現して……』とか

ウェンディ

『0.1%スポーンからの0.1%ドロップ……』とか

ウェンディ

うなされながら二時間だけ寝て、お弁当作ってまたお仕事行って、帰って来て……

ウェンディ

そんなパパンのこと、あなたがどうこう言えるわけ……

鈴木フック

うるさいな!

 不意に目の前に立ち上がったフックに、びくりと固まったウェンディは、頬を思い切り打ち据える平手を、避ける事ができなかった。

ウェンディ

きゃあっ!

 黒スーツたちに担ぎ上げられた義男の目に、頬をおさえて床に倒れ伏す娘の姿が、スローモーションで映る。

パパン

ゆ、ゆり子!

 殴った右手を痛そうに振りながら、フックは口端を歪める。

鈴木フック

パパンパパンうるさいな

鈴木フック

しっかり働いて稼げるトシなんだから

鈴木フック

親なんてどうでもいいじゃないか!

鈴木フック

どうせ親なんて、父親なんて……

パパン

うぬぉおおおっ!

パパン

ゆり子、ゆり子おぉッ!

黒服

お、おいこらおっさん!

黒服

ガキみてえに暴れるんじゃn

黒服

でゅふ

鈴木フック

父親なんて……

鈴木フック

あれ?

 短い手足をばたつかせ、重い尻からどすんと落ちた義男は、

パパン

ふにぉおおおおおォ!

 じたばたと、がむしゃらに駆け寄った勢いのまま、全体重をかけるようにフックに組み付いた。

鈴木フック

うわっ!

鈴木フック

な、なにを……!

鈴木フック

ごぶふっ!

パパン

ゆ、ゆり子に

パパン

ゆり子に手をあげおって!

パパン

ゆるさんぞ、小僧!

 腕をぶんぶんと振り回し、まるで子供が親に駄々をこねるような。

 型も、威力も、何もない素人のパンチ。

 見た目通りのインドア派中年男性らしい、みっともなく弱々しい拳。

 さっきまで見せていた、ゲームキャラのような天下無双ぶりは、今の義男には微塵も残っていなかった。

 だが。

鈴木フック

あうっ

鈴木フック

おうっ

 何故かフックは義男にされるがまま、その拳を頭に顔に、素直に受け続けていた。

黒服

てめえ、いい加減にし

パパン

うるさい、黙ってろッ!

パパン

ぬぶふぅ

黒服

ほらてめぇら、さっさとお帰り頂くぞ!

パパン

ゆり子、ゆり子ォッ!

 涙でぐしゃぐしゃになった顔面を強かに殴りつけられ、あえなく床に取り押さえられる義男。

 だが、彼を見下ろすフックの表情は戸惑いに満ちている。

鈴木フック

なんだよ、なんだよこのおっさん

鈴木フック

こんなブザマなかっこになってまで、なんでまだ娘がどうの言ってるんだ

鈴木フック

ただのおっさんの……

鈴木フック

ただの父親のくせに!

――わかっているんでしょう、フックちゃん?

 その時、フックの耳に、聞き覚えのある声が届いた。

鈴木フック

その声は……

鈴木フック

お母さん!

 戸惑う鈴木フックの目の前にも、彼にしか見えない妖精が現れたのだ。

 落ちぶれる前の父に追い出され、今は遠い田舎で小さなスナック「母をめがけて三千里」のママとして、幸せに過ごしているはずの彼の母が。

フックの心のティンカーベル

わかっているんでしょう、フックちゃん

フックの心のティンカーベル

あなたはお父さんに自分のことを

フックの心のティンカーベル

止めてほしかったんでしょう

フックの心のティンカーベル

パパンさんのように、一生懸命に

鈴木フック

……

鈴木フック

そうかもしれない

フックの心のティンカーベル

つらかったでしょう、フックちゃん……

フックの心のティンカーベル

お父さんの口座を乗っ取る為とはいえ、

フックの心のティンカーベル

銀行の頭取に夜な夜な抱かれるのは……

鈴木フック

え、あ、うん……

フックの心のティンカーベル

つらかったでしょう、フックちゃん……

フックの心のティンカーベル

ネバーランド従業員の中でも発言力の強い社会人野球チーム「ネバーランディングストーリーズ」を配下に置く為に、

フックの心のティンカーベル

日曜の朝早くから、全員分のお弁当と麦茶を作って応援にいくのは……

鈴木フック

……

鈴木フック

……うん……うん!

フックの心のティンカーベル

その上全員に抱かれるのは……

鈴木フック

……うん……うん!

――ほんの少し、あまえてごらんなさい

だいじょうぶ、パパンさんはきっと、
あなたの望むお父さんに
なってくれますよ

たぶん――

鈴木フック

パパンさん

パパン

お前にお父さんと呼ばれる筋合いは

パパン

……パパン

パパン

……さん?

 突然がらりと様子の変わったフックに、パパンは腕回転パンチをぴたりと止めた。

鈴木フック

僕の負けです

鈴木フック

こんなに父親に愛されている娘さんを

鈴木フック

本人のちょっとした気の迷いだけで、こんなところで働かせるわけにはいきませんよね

 フックの言葉は、声は、年のころに相応しい、だが真面目さと誠実さに満ちた、まっすぐなものに変わっていた。

 まるで毒気が抜けたかのように。

パパン

わ……

パパン

わかってもらえましたか……!

鈴木フック

その代わり、娘さんを僕に下さい!

パパン

ぜんぜんわかって

ウェンディ

ないわねこの人!

 親子そろってツっこんではみたものの、二人はフックの真剣な眼差しを見て、口をつぐむ。

鈴木フック

もしあなたのような人が僕の父であったなら

鈴木フック

僕ももう少しだけ、日の当たる人生を歩んでいたかもしれないんだ

鈴木フック

パパンさんのように、真剣に子供とぶつかってくれる父親がいてくれたら

鈴木フック

あの頃みたいに

鈴木フック

ううん、今からだって!

パパン

……

パパン

……つまり、その

パパン

今から私にお父さんになってくださいと、そういう事ですかね

鈴木フック

はい!

 義男の恐る恐るの確認に対して、微塵の迷いもなくうなずくフック。

 義男とウェンディは顔を見合わせ、頭にそろいのハテナマークを一度は浮かべるが、

ウェンディ

……ああ

ウェンディ

結局なんとか理由をつけて殴られたいだけなのかしら、この人

 ひとり得心がいった様子で頷いた。

鈴木フック

実際のところ、本当にコスチュームを着て接客するだけの『ハウス世界名作劣情』でも、

鈴木フック

17歳の娘さんを雇うのは風営法とか児童福祉法あたりでギリアウトなんで、

鈴木フック

どっちにしろお帰り頂く予定でした

パパン

ああ……そのへんの分別は意外としっかりしてるんですね

鈴木フック

父にご退場頂いて以来、そのあたりの意識改革を進めてきましたから

鈴木フック

秩序あっての風俗店です

鈴木フック

社保完。残業月20時間まで。家賃補助他各種手当も充実です

鈴木フック

社員食堂やネバーランド内保養施設の利用は無料。その他ネバーランド内のテナント店舗および施設で社員割引あり

鈴木フック

その他リフレッシュ休暇や選べる旅行プランも……

パパン

ここで働かせて下さい!

鈴木フック

オーケー採用です!

鈴木フック

お父さん!

ウェンディ

ちょっ、パパン!?

 かくして義男は、ネバーランド巡回警護主任、兼「社長のパパ」の役職に就くこととなった。

 フックの計らいでPs4を、そして試作のままの「@ーチャファイター7tb」を取り寄せてもらい、少しずつではあったが、戦い方を思い出してきた義男。

 彼は黒スーツたちの筆頭に立ち、今夜も男たちの夢の園を守る為、かつてはチート級を誇ったその拳を振るうのだ。

 もっとも、地域密着・健全経営がモットーのネバーランドである。

 義男はもちろん、黒スーツたちが先日のような荒事に巻き込まれるような事は、そうそう起きはしないようだ。

パパン

待ってゆり子

ゆり子

待たないわよっ!

ゆり子

父親が風俗街の用心棒兼「社長のパパ」だなんて、

ゆり子

恥ずかしくてもうこんな街いられないじゃない!

 あの日以来、義男の前にティンカーベル、

 もとい、記憶の中の妻なる美が、義男の前に姿を現すことはなかった。

 その代わり、ゆり子の中にその面影を見る事が多くなった。

 そんな時いつも義男は、ほんの少しの気恥ずかしさと共に、思い出すのだ。

思い出してくださいね
目の前にある現実と
あなたが持っている本当の強さを

その強さで、ゆり子の為に、戦ってくださいね

 義男自身、自分の本当の強さが何なのか、今ひとつわかってはいなかった。

 それでも、目の前にある現実と、自分が今持っている「何かしら」で、戦わなくてはいけないのだ。

 パパンとして。

 本当に妻に似てきた娘のために、今の自分は何ができるだろう。

 言葉にはうまくできないが、この汗だくの手の中に、確かにそれはありそうだ。

 義男は思いながら、競歩ばりの早足で駅を目指す娘を、

 愛しい一人娘を再び追いかけた。

ゆり子

ついて来ないでよパパン!

ゆり子

私、わたし……!

ウェンディ

六本木で今度こそ伝説のキャバ嬢になるんだから!

パパン

待ってそれまたパパンひどい目に合う予感

ウェンディ

待たないわよっ!

おわり!

その父、チーターパパン!

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