【第九話 】
『新手の変質者』
【第九話 】
『新手の変質者』
トキオが席を立ち上がった時だった。外からたくさんの悲鳴が聞こえた。
おやっさん。俺、行かないとダメなんだわ。アイツら多分、このアタッシュケース狙ってっからさ
トキオ君・・・
マスターは覚悟を決めた者にかける言葉が出てこなかった。だが、何かを伝えなくてはいけない―――。
飯、美味かったっす
扉を開けようとするトキオにマスターは声をかけた。
ちょっと、待ってくれ
それだけ、言うとマスターは二階へ駆け足で上がって行った。バタバタと騒がしい音が聞こえ、音が聞こえなくなると、マスターが階段を降りて、そのままトキオの前に立つ。
はぁはぁ。トキオ君・・・これ使って
マスターの手には赤いマフラーが握られていた。
何っすか?
睦生が昔、忘れていったマフラーだよ
親父の・・・
トキオはマスターから、そっとマフラーを受け取り首に巻いた。
似合うよ。まるで陸生みたいだ
しかし、トキオは何も言わず振り返り、扉に手をかける。
おやっさん。また・・・また食べに来るわ
一言だけ告げると、トキオは勢いよく扉を開け、マフラーを口元まで持ち上げ顔の半分を隠すと、右腕を天に向かって突き出し叫んだ。
セブンアァァァム
右腕の周りには数本の腕が重なり高速回転を続ける。
チェーンアーム
言葉と同時に、回転は一度止まり重なり合う腕の一本がトキオの腕に入り込む。
すると、一瞬にしてトキオの右手は肘まで鎖で覆われ、本来、拳だった部分に鉤爪が付いた腕に変わっていた。
鉤爪は鎖を伸ばしながら目の前にあるビルの屋上に向かって飛ぶ。
ガチンっ!と、音を立て固定すると、トキオの身体が浮かび上がり直ぐにビルの屋上へと移動する。
屋上を駆け足で進み、別のビルに向かってまた鉤爪を射出し移動する。
その姿を見ていたマスターと鳴海はしばらく沈黙したままであったが、マスターが口を開いた。
スパイダーマンみたいだったね
・・・そうですか?私には新手の変質者にしか見えませんでしたけど
ははは。それは手厳しい評価だね
鳴海はマスターの笑いには反応する事なく、そっとマスターの袖を引いた。
マスター。お話があります
何度かビルを越えるとお茶の水駅前の交差点に到着した。
数台の車が無造作に裏返っていたり、火を上げ大破していたり、中には逃げ遅れた数人の亡骸も確認でき、それは現場の悲惨さが嫌でも直ぐに理解できるほどであった。交差点のど真ん中では、2本足では立っているが、明らかに人ではなく、虫の様なモノが2体暴れていた。
2体のコンバイドか・・・まぁアレなら右腕だけで大丈夫だな
トキオはそう言うと、鉤爪を1体のコンバイドに向けて放った。
鉤爪はコンバイドの肩に食い込み、鎖はまるで生き物の様に首に巻き付いた。そして、直ぐにコンバイドは身体を持ち上げられ、トキオのいるビルまで運ばれた。
地上に残されたコンバイドがビルを見上げると、既に持ち上げられたコンバイドの姿は無く、一本の火柱が昇るのが見えた。
シャァァァァ!!
地上のコンバイドは立ち昇る火柱を見て雄叫びを上げ、屋上目がけて跳躍をする。しかし、一回の跳躍でたどり着く事はできず、途中の壁に自らの手と足の爪を差し込み、続く二度目の跳躍で屋上にたどり着いた。
屋上ではトキオの姿があった。だが、その右腕は先程までの鎖の腕ではなく、剣に変化していた。
仲間を思いやるって気持ちはあるみたいだな
目の前には、大きな青い眼と赤黒い甲殻が特徴的なコンバイド。ビルに爪を差し込ませる程の破壊力を持った両手と両足の爪が鋭く光っていた。
コンバイドは足元の地面に爪を立てると、地面を抉る様に掘り起こし、無数の石の破片がトキオ目がけて飛んできた。だがそれを、重なり合う無数の右腕を回転させる事で、シールド代わりにし破片をはじき返す。
くっ!
右腕を前にして身体を半身にする事で最小限にダメージ範囲を減らしたが、無数の石を全て防ぐ事はできず、足と肩の数カ所にダメージを受け、思わず声が漏れた。
しかし、トキオに怯んでるヒマは無い。既に追撃としてコンバイドはトキオの目の前におり、先程の地面を抉る感覚でトキオの顔面をを的確に狙うが、攻撃が大振りすぎた。トキオは上体を反らす動きで回避し、目の前を横切るコンバイドの腕を、剣に代わっている右腕で斜め下から斬り上げ、腕を斬り落とした。
斬られた腕を押さえて、後ずさるコンバイド。―――その目線は何故か目の前にいるトキオではなく、トキオの頭の上を見ていた。
どこ見てんだ?勝負をあきらめたか?
コンバイドはまだ、後ずさりを続けていた。
おい。いい加減に―――
ラァァァァァァァァァァッッッッ!!!
トキオの真後ろから怒号が聞こえ、2本の赤い触手の様なものが鋭く横を通り過ぎて一瞬にしてコンバイドの身体に巻き付き、コンバイドの身体は持ち上がりトキオの上を通り過ぎた。
それを追う様に振り返ると、目線の先には片腕を失ったコンバイドを掴んだ一体の―――獣がいた。
ラァァッァガァァァッッッッ!!!
耳を塞ぎたくなる程の怒号の後、獣は掴んだコンバイドに噛み付いた。
―――ブチブチと引き千切られる音と同時に獣はコンバイドを食らっていた。
トキオは動けなかった。余りの生々しさに眼を背ける事も、吐く事もできず、呼吸する事すら忘れる程であった。
しばらくの獣の食事の時間が終わると、獣はトキオの方を向き―――咆哮。
その咆哮でトキオは無理やり意識を取り戻した。
ただ突っ立っているのでは死と同じ。今できる最大の事をしなければ意味は無い。
トキオは叫んだ。
シューゥゥティング・アァァームッ!マシンガンモード
右腕が光り剣の形状から一瞬に銃へと変化した。
銃口を獣へ向けて躊躇い無く発砲する。乾いた銃声が響き、獣を捉えた―――はずだったが、既にそこに獣の姿は無かった。トキオはその姿を眼で追いながら撃ち続けた。
弾丸は獣に当たらず、銃身はどんどん熱くなる。決して獣の速度が弾丸を越えたわけではない、トキオの判断よりも獣の感覚が上回った結果での回避。
獣はビルの上を身軽に飛び回り、徐々にトキオとの距離を縮める。それはトキオの命が縮まっていくようでもあった。
右腕の残弾数が切れた時、獣はトキオの目の前まで間合いを詰め、乱暴に頭突きをトキオの鳩尾に当ててきた。まるでトラックと衝突でもした衝撃が身体を通過し、無造作に吹き飛ばされ倒れ込む。
獣は倒れたトキオ目がけて走り蹴り上げる―――が、トキオは右腕で蹴りを防ぐが後方へ弾け飛んだ。
態勢を立て直そうとトキオが前を向くと、意外な追撃が待っていた。
それは2本の赤い触手。それが鞭の様にうねり、トキオの身体を捉え―――その衝撃でトキオは神田川へと大きく吹き飛ばされた。
・・・その場には一匹の獣だけが残った。