☆片割れごっこ☆

後編


尚司

…お前…正気か?

尚志がドン引きした顔でオレを見る。

瞬はさっきから腹を抱えて爆笑してる。

熱武

いいからホラ、よこせよウィッグ

尚司

いいけど汚すなよ、姉ちゃんから黙って借りたヤツなんだから

尚志がシブシブ鞄から出したロングヘアのウィッグを、オレは鏡を見ながらぎこちなく着ける。

熱武

よっし。どうよ

尚司

うわっ、マジで凉ちゃんソックリ!

すげー!熱武、女に見える!!

オレはロングヘアのウィッグと凉魅の制服を身に付けてクルリと一回りして見せた。

鏡に写るその姿はどこからどう見ても凉魅だ。

熱武

準備オッケー!!あとは…瞬!ちゃんと呼び出してあるんだろうな?

おう、任せとけって。ちゃんとダチに頼んで校門前に5時に呼んどいたぜ

熱武

おっしゃ!そんじゃあ行くぜ!!

凉魅の格好をしたオレは気合い満々で公園のトイレを後にした。


今日は凉魅は塾の日だからとっくに学校にはいない。

そんな事も知らないバカな彼氏気取りの男が、間抜け面を引っ提げて校門にたっている。

熱武

アイツだ、間違いない。プリクラの男だ

電柱の影から待ち合わせの北校前の様子を窺うオレに尚志が心配そうな顔を向ける。

尚司

熱武、本当にやるのか?

熱武

当たり前だろ、何のためにこんな格好までしてると思ってんだ。スカートまで穿いてんのは伊達じゃねーぞ

尚司

でもよ、バレたら凉ちゃん怒るんじゃないか?

熱武

大丈夫、絶対バレない。オレ達は双子だ

オレはそう言って力強く握った拳を尚志たちに掲げると、気合いを入れて校門前に向かった。



熱武

えーっと…工藤くん、お待たせー

凉魅を意識した小さな声で1オクターブ上げながら、校門前に立っている男に話し掛けた。

工藤

凉みん、どうしたの?凉みんから呼び出したりして珍しいね

熱武

ゲーーーっっ!!
凉みんだって!!キモ!!ありえねえ!!

噂以上のキモ男、工藤は何の疑いも持たず凉魅の格好をしたオレにそう呼び掛けてきた。

熱武

えーっとね、あのね、今日は工藤くんにお話があって呼び出したの

女を意識しすぎてオレの口調もなんだかキモい。

工藤

どうしたの?今日の凉みん、なんだか女の子らしくて可愛いね

このキモ男、どこに目ん玉付いてんだ。偽者のオレの方が可愛いとか、凉魅のコト何も分かってねえじゃねえか。
ムカムカした気持ちを滲ませながら、オレはニッコリ笑顔を作って単刀直入に言う。

熱武

あのねえ、工藤くん。凉みんと別れて?

工藤

…は?

キモいながらも温和だった工藤の顔が忌々しげに歪んだ。

熱武

あのね、私、工藤くんのコト好きじゃなかったみたい。だからゴメンね、別れて

小首を傾げて可愛らしく言ってみる。もう全然凉魅っぽくも何でもないけどいいや。

工藤

なに言ってんだよお前。ふざけんなよ

工藤の声色が変わってきた。本性表しやがったな。

熱武

ふざけてないよ、ゴメンね

冷静に、冷静に。頭の中で自分に言い聞かせながら繰り返す。

工藤

おめー、俺から逃げられると思うなよ。また毎日家まで付いていってやるからな

……なんだと?

工藤

お前の写真とメアド、ネットに晒してやるかんな。一生消えないぜ

………やっぱコイツ最低じゃねえか。
もしかしたら本当はいいヤツで、凉魅ちゃんも惚れてるかもよ、なんて尚志がバカな事言ってたけど。

ほれ見ろ。

双子のカンに間違いは無いんだよ。

工藤

家族に迷惑掛けたくないんだろ?だったら別れるとか言うな、今の取り消

工藤が言いきる前に、オレはそのきったねー顔をぶん殴っていた。

ざわっと、周りの生徒が一斉に注目する。
が、オレはそんなコト気にしない。

工藤

すっ、凉みんっ!?

尻餅をついてみっともなく目を白黒させてる工藤の前に仁王立ちし、オレは言ってやった。

熱武

こんのキモ男が!!卑怯な手使いやがって男の風上にも置けないヤツだな!!キン×マ着いてんのかよ!?

オレの剣幕に工藤も周りの生徒もポカンとしてる。

熱武

ストーカーでもなんでもしたきゃしろ!!ただし100倍にして返してやっかんな!ボッコボコにぶん殴ってキン×マむしり取って警察に付き出してやらあ!!

そう怒鳴って工藤の胸ぐらを掴み拳を突き出すと、

工藤

ひっ!ひぃ、ごめんなさいっ

と言って工藤は情けないほど震えだした。

オレはそんな憐れなキモ男から手を離すと、あっけにとられてる周囲を見渡してから工藤を一瞥し

熱武

高瀬凉魅ナメんなよ

そう吐き捨ててその場を去った。


あっはははは!!お前サイコーー!!

尚司

ぜっっったいバレたって。凉ちゃんぜっっったい怒るって

大爆笑してる瞬と呆れてる尚志に構わず、オレは再び公園のトイレで着替えをした。

熱武

絶対バレてねーし。これサンキューな

オレはそう言って自分の制服のボタンをとめながら尚志にウィッグを返した。

でもまあコレであのキモ男が手引いてくれるといいな

笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら瞬が言った言葉にオレは

熱武

ダメだったら何回だってオレが凉魅になるさ。
凉魅が困ってたら何十回だって助けてやる。
なんたってオレたちは双子だからな

そう返して、力強く笑った。


それから。

凉魅は相変わらず真面目で無口で特に変わった様子は無い。

けれど、瞬の情報によると工藤は随分と大人しくなりあれ以来凉魅と一緒にいるのを見なくなったと言う。

めでたしめでたしじゃん、とオレが言うと電話の向こうで瞬は

その代わり学校中に高瀬凉魅最強伝説が流れて、お前の妹一目置かれるようになっちまったぜ

とケラケラと笑いながら言った。

熱武

いーじゃねーか。これで悪い虫も寄ってこないだろ

言い返したオレに瞬は

お前、それシスコンじゃねーか

などとつまらないツッコミを入れた。

熱武

シスコンじゃねーよ!オレたちはふた…

そこまで言ったところで部屋のドアにノックが鳴り、オレは慌ててスマホの通話をきった。

涼魅

熱武…

熱武

なんだよ、凉魅がオレの部屋来るなんて珍しいじゃん

今の電話、聞かれて無かったかなとちょいヒヤヒヤしながら部屋に入ってきた凉魅を見ていると

涼魅

……こないだ貸した漢和事典、返して

いつものようにクールにそう言って、凉魅は手を伸ばしてきた。

熱武

ああ、アレね!ちょい待ちちょい待ち

聞かれて無かったみたいだな、と安心してカバンから分厚い事典を取り出し凉魅に手渡す。

熱武

はいよ!いつもサンキューな!

そう言って渡した事典を手に持った凉魅は、そのまま黙ってその場に立ち尽くした。

熱武

ん?なんだよ、まだなんかあったっけ?

オレが借り忘れが無いかカバンを漁って確認してると、凉魅はもう一度スッと右手を差し出した。

涼魅

……クリーニング代…ちょうだい

涼魅

…夏服、泥だらけ……

熱武

!!!??

えっっっ!!?

ば、バレた!?

オレが凉魅の制服着てキモ男ぶん殴りに行ったのバレてた!?

オレはダラーと冷や汗をかきながら、言葉も出ず財布から千円札を数枚取り出して渡した。

熱武

…やっべ、なんでバレたんだろ

制服そのまんまクローゼットしまっちゃったからかなあ。
絶対バレないと思ったんだけどなあ。

やべーな。
怒ってるかな。凉魅。

オレは冷や汗をかきながらうつむき、チラッと上目使いで凉魅を見やった。

凉魅はいつもと変わらないクールな顔でオレの渡した千円札を見てる。

熱武

ヤバイなあ。ヤバイなあ

余計なコトすんなって怒られるかな。

もう何も貸してくんなくなったりして。

オレがヒヤヒヤしていると、やがて凉魅はクルリと踵を返して部屋から出ていった。

そして、ドアを閉める直前にボソリと小さな声で

涼魅

……ありがとう、熱武…

そう呟いた。

熱武

・・・・!!


オレは、自分の心臓がヒヤヒヤからドキドキに変わっていくのが分かった。

熱武

お、おう!!
困った事があったらいつでも言えよ!!また助けてやる!!
なんたってオレたちは双子なんだからな!!

顔を紅潮させて言ったオレに、凉魅も同じく赤い顔をして

涼魅

…ウザい

そう言ってからクスクスと笑いだした。


――オレたちは双子だ。

二人で一人なんてアホらしいとは思うけど、でも。

バカなオレと大人しい凉魅。欠けてるとこ助け合って生きていってもいいんじゃね、と思う。

せっかく双子に生まれたんだ。助け合わなきゃもったいないだろ。

いつか大人になって、お互い違う片割れを見つける日まで。

オレと凉魅は助け合って補い合って、片割れごっこをしながら強くなればいいと思う。



涼魅

そうだ、熱武

一旦閉めたドアを開いて凉魅がピョコンと顔を出した。

涼魅

昨日貸したUSBも返して

熱武

USB?あー…アレね。…学校忘れた。ゴメン

涼魅

…サイテー…


……オレの方が圧倒的に凉魅に助けられるのは、まだまだ変わんなそうだな、こりゃ。


∞∞おわり∞∞

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