☆片割れごっこ☆

前編

熱武

凉魅ー!充電器貸して!オレ、学校に忘れて来た!

涼魅

…いいけど…

ノックもせずに入った部屋には、凉魅(すずみ)がいつも通り長い髪を垂らして勉強机に向かってた。

オレはヅカヅカとピンクのラグが敷いてある部屋の奧に進み、サイドボードに置いてあるスマホの充電器を手にした。

コンセントを抜き、ついでにそこに刺さっていた凉魅のスマホも勝手に抜いて置く。

熱武

さんきゅー、そんじゃちょっと借りるな


と、部屋を出ようとしたオレに凉魅が待ったを掛けた。

涼魅

…待って熱武。昨日貸した英和辞典…返して…

熱武

英和辞典?…あ、やべ、学校置いてきた

涼魅

…………サイテー…

熱武

怒んなって!明日ぜったい持ってくるから!な!

オレは凉魅のツヤツヤの黒髪の頭をワシワシ撫でて、そのまま逃げるように部屋を出た。



英和辞典の事はちょっと悪いと思いつつ、双子ってやっぱ何かと便利だよなーと鼻歌を歌いながらオレは充電器を自分の部屋のコンセントに刺す。


双子ってのは大抵同じものを買い与えられてる。

例え性別が違っても、例え成長して高校が別になっても。

スマホも一緒、筆記用具も一緒、スニーカーもカバンもタオルも色違いの一緒。

それがイヤだと思った時期もあったけど、今ではむしろ大歓迎だ。

なんたってオレは自慢じゃないが忘れ物が多い。

忘れ物、無くし物で怒られるのをいつも回避してきたのは凉魅がいたからだ。

オレと違ってキッチリした凉魅は忘れ物も無くし物もしない。

凉魅に借りたの物をしらっとした顔で使えるのは、双子であるオレの特権だろ。


小さい頃はそれこそ洋服まで一緒だったから、オレたちはよく見分けがつかないって言われたもんだ。

男女の双子は二卵性だっていうけど、オレたちはホントそっくりで。

16になった今でもちょっとの体格差以外はとてもよく似てる。


決定的に違うのは髪質と性格だけ。

硬くてワガママなツンツンの癖っ毛のオレと、水みたいにサラサラで素直な黒髪の凉魅。

それはまるで二人の性格まで表してるみたいだ。

昔っからヤンチャでじっとしてられなくって、バカだけど友達の多いオレと

大人しくて無口で頭はいいけど友達のあんまいない凉魅。

見た目はこんなによく似てるのに中身は笑っちゃうほど正反対の二人。

そんな自分と凉魅を見てると

熱武

オレたちってホントは二人で一人なんじゃね?
オレたち、合体したら完璧な人間になれるんじゃね?

なんてアホらしい事をときどき考えてしまう。

うん、ホントにアホらしい。


まーでも、オレはともかく凉魅は迷惑だろうなあ。

忘れ物の件といい、大抵はオレの方が妹である凉魅に頼ってるんだから。

宿題もしょっちゅう教えてもらってるし、酷い時はレポート丸投げした事もある。

マジで、感謝してます!賢い妹よ!


熱武

凉魅、オレのカラアゲ一個やるよ

涼魅

…なんで?

熱武

さっきの充電器のお礼。
あと英和辞典のお詫び

涼魅

…いらないし

熱武

そう言うなって!美味いぞ!ホラ!

オレは嫌そうな顔をしてる凉魅の皿に自分のカラアゲを強引に乗せた。

凉魅と違ってしっかりもしてなきゃ頭も悪いオレにはこれぐらいしか出来る礼が無いんだから、受けとれって!

本当に。大好物のカラアゲをあげてしまうぐらいオレは凉魅に感謝してるんだよ。

いつもありがとな。

熱武

そーいや、凉魅がオレに“ありがとう”なんて言ったことあったかな。

いっつもいっつもオレの方が借りを作ってばっかだもんなー。感謝されるような事したコトないかも。

オレの方が一応兄ちゃんなのにな…。


熱武

凉魅。なんかして欲しいコトない?

涼魅

…何、急に

熱武

オレだってたまにはお前に感謝されたいじゃん

涼魅

……別に、何もないし…

熱武

無いって事ないだろ?
ほら、遠慮すんなって!

涼魅

…じゃあ…勉強の邪魔だから出てって
…あと充電器返して

晩飯のあと、凉魅の部屋に突撃したオレはあっさっりと追い出されてしまった。

えーー。なんだよもう。

オレは唇を尖らせてシブシブ自分の部屋へ充電器を取りに行くのであった。ちぇ。


凉魅は名前の通りクールだよな。

無口だし、あんまり感情を表さない。

だから誤解されやすい事もあるけど、本当はすっげ優しい奴なんだ。

…あいつ、高校でちゃんとやれてるのかな。

相変わらず友達出来なくてポツンとしてんじゃないだろうな。

苛められたりハブられたりしてねーかな。

うわ、心配になってきた。



お前ねー。高校始まって半年も経つのに今さら何言ってんの


翌日、学校でオレの話を聞いた友達の瞬がパンをかじりながら呆れた顔で言った。

熱武

半年でも一年でもいいだろ。心配なものは心配なんだから

オレも学食のカレーを食いながら反論する。カレーうめえ。

ま、フツーに学校行ってるんなら心配ないんじゃねーの


くっそ、瞬のヤツめっちゃ他人事じゃねえか。

尚司

なんの話?


尚志…こいつも友達…が、うどんの乗ったトレーを持ってオレの隣に座った。

お前いっつもうどんだな。

尚司

あー大丈夫大丈夫。凉ちゃんしっかりしてるからお前の100倍心配いらねーって

尚志はうどんをズルズル啜りながら言う。

何を知った風に、と思ったがコイツは小学生の頃からオレたちと一緒で凉魅の事もよく知ってるから一理なくもない。

熱武

なら別にいいんだけどさ


オレはちょっと安心したような、けど納得いかないような気分で水を口に運んだ。

尚司

そうそう、それに凉ちゃんこないだ男と歩いてたぜ?彼氏がいるくらいなら上手くやってんだろ

熱武

!!??

尚志の言葉にオレは飲みかけてた水を噴出した。

きったねー!何してんだよ!


喚く瞬など構わずオレは尚志に詰め寄る。

熱武

はぁ!?彼氏って!?
オレ聞いて無いんですけど!?

熱武

凉魅ー!!凉魅!凉魅!凉魅ー!!!

オレは学校から帰るなり凉魅の部屋へ突撃した。

熱武

お前なぁ!彼氏が出来たならオレに一言くらいだなぁ!


そう言って勢いよく開いた扉の奧には誰もいない。

熱武

…なんだ、まだ帰ってないのか

主のいない部屋は当然だが静まり返っていて、面白みの無いほどキチンと整頓された様は余計に無人の静けさを強調していた。

熱武

相変わらずキレー過ぎる部屋だなあ。少しくらい散らかってた方が人間らしくていいのに。オレの部屋みたいに

そんな事を呟きながらオレは何気無く部屋を見回した。

んー…別に何の変てつも無いな。彼氏の写真飾るとか浮かれた物のひとつぐらいあってもいいのに。いつもと同じ落ち着いた凉魅の部屋だ。

尚志のヤツ、彼氏だなんてガセじゃねえのか。

どことなくホッとして部屋を出ようとしたオレは、隅っこにあったゴミ箱をうっかり蹴飛ばしてしまった。

熱武

あっやべ


散らかったゴミを慌てて拾い集める。

…ん?なんだこれ。

オレはクシャクシャに丸めてある光沢の付いた紙を手に取った。

熱武

…これって…
この紙って、多分アレだよな。アレ


ビンゴ。

開いて見るとそれは凉魅と男が写ったプリクラだった。

熱武

げーっマジかよ!!?マジで彼氏いたのかよ!!

思わず叫んでしまった。

なんだかすげーショックだ…。

凉魅に先越されちゃった気分って言うか、なんかちょっと淋しいって言うか、つーか教えてくれたっていいじゃんって言うか。

オレはしばらくボーゼンとした後、ノロノロと手にしたプリクラをゴミ箱に戻そうとした。

熱武

……ん?…んん??


あれ?おかしくね?

なんで彼氏とのプリクラ、ゴミ箱に捨ててあるワケ??

おかしいよな。普通こーいうの大事にとっとくもんだろ。

オレは慌ててもう一度手にしたプリクラを開いて見た。

……彼氏?


プリクラの中の男は変な顔でニヤニヤと凉魅の肩に手を回してるが、一方の凉魅はと言えばニコリともしてないどころか不機嫌オーラを全開にしている。

…なんだこれ?本当にこいつら付き合ってるのか?

なんだかイヤな予感がして思わず顔をしかめた時

涼魅

…何してるの…

部屋に音も無く入って来た凉魅がオレの背後に立って言った。

熱武

うをっっ!!!びびったぁ!!

涼魅

…勝手に人の部屋で何してるの…

別に悪いことをしてたつもりは無いけど、どことなく後ろめたい気持ちになっていたオレは突然凉魅に声を掛けられて死ぬほど焦った。

熱武

おまっ…脅かすなよ!

涼魅

自分の部屋に帰ってきて何が悪いの

オレがまだドキドキ言っている心臓を撫で下ろすと、凉魅はその手に持っていた物を見付けて目を見開いた。

涼魅

…ちょっと…!なんで勝手に見るのっ…!?


凉魅の手が強引にオレからプリクラを奪い取る。

熱武

す、凉魅。そのプリクラって…

涼魅

うるさい。…熱武には関係ない

そう言うと凉魅はプリクラをクシャクシャにポケットに押し込んで、そのままオレを通り過ぎて机に向かった。

熱武

凉…

涼魅

…出てって。勉強の邪魔

凉魅はそう冷たく言い放つと、二度とオレの方を振り向かなかった。

熱武

瞬ー!!瞬!!瞬!瞬ーー!!


翌日、オレは学校に着くなり瞬目掛けてダッシュした。

なんだよ朝からウッゼエな

熱武

んな事言ってる場合じゃねえ!お前さ、北川高校に友達いるって言ってたよな?

は?あーまあ、言ったけど

熱武

頼む!そいつに聞いてくれ!1年の高瀬凉魅と付き合ってる男がどんなヤツなのか!!

はー?


エライ剣幕で頼み込むオレに、瞬は意味が分からんといった表情を浮かべてる。

熱武

オレの双子のカンが言ってるんだ!アイツはろくな男じゃねーって!凉魅は多分困ってるって!!

…お前、まだ昨日の話引き摺ってたの?

熱武

頼む!!

なんとなく事態を把握した瞬は呆れた顔でスマホを取り出すと

今日の昼飯オゴリな


と言って電話を掛け始めた。



―――瞬が聞いてくれた情報によると。

凉魅と付き合ってる男は工藤と言って学校じゃちょっと有名な男らしい。

何が有名って、ヤバくてキモい。

好きな女子が出来るととことん付きまといストーカー一歩手前まで粘着する。

押しの弱い子だとそれに負けてしまう事もあり、嫌々彼女にされた女子も何人もいたとか。

……って、まさしく、今、オレの妹がその状況なんですがーー!!!

熱武

凉魅ー!!何でオレに相談してくんねーんだよお!?

尚司

凉ちゃんだってガキじゃねーんだから、他校のお前がシャシャリ出てきたら恥ずかしいんだろ


嘆くオレに前の席の尚志が冷静にツッこむ。

熱武

恥ずかしいって何だよ!!オレ達は双子だぜ!?二人っきりの兄妹じゃねーか!助け合って当然だろ!

尚司

俺が凉ちゃんだったら絶対イヤだね。こんなイタイ双子の兄貴がいる事ひた隠すわ。学校なんかに来られた日にゃ恥ずかしくて死ねるね

熱武

ひっでえ!マジひっでえ!!

大声で喚くオレに

高瀬うるさい!!お前は小学生か!


とHR中の担任が名指しで怒鳴り付けてきた。

クラス中の注目と笑いを集めて、オレは赤くなった顔を俯かせた。

熱武

なんだよもー、どいつもこいつも。オレは凉魅が心配なだけなのに…


しょんぼりと呟くと、尚志が呆れた溜め息を吐きながらもう一度オレを振り返って言った。

尚司

お前がいい兄貴なのは分かったけどさ。やっぱ放っといた方がいいよ。凉ちゃんには凉ちゃんのプライベートがあるんだから


なーにがプライベートだコンチクショウ。

凉魅が困ってるのにプライベートもクソもあるか。

大体な、昔っから凉魅はオレと違ってイヤって言えないタイプなんだよ。

大人しくて揉め事がキライだからすぐ人の言いなりになっちゃって。しょっちゅう掃除当番押し付けられたり順番抜かしされたりして。

それでも凉魅は文句も助けても言わないけど、でも、オレだけはいつも分かってたんだ。凉魅が困ってるって。本当はイヤなんだって。


双子だから分かるんだ。どんなに平気そうな顔をしてたって、心の中では困ってるって。助けて欲しいんだって。オレだけが分かってやれるんだ。

困ってるんだよ、凉魅は。

今も。

オレは学校から帰ると、凉魅がまだ帰ってない事を確認して部屋に忍び込んだ。

熱武

…困ってる時に助け合わなくて何が双子だっつーの


小声で呟きながらクローゼットを漁る。

凉魅がオレのコト恥ずかしいって思うなら別にそれで構わない。

けど、

オレは絶対に凉魅を助けるかんな。

熱武

あったあった。…夏服だけど、ま、いいだろ


――オレ達は、双子だ。



【つづく】

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