私の考えた『脚本』が勝手に身体を動かしているらしく、私は悪役じみた表情こそ崩さない(というか崩せない)まま彼と対峙したものの、正直不安で胸がいっぱいだった。
……見つけた
!?
見知らぬ風景に困惑していたショータに
声をかける者が一人いた。
異世界の魂……
この世界の異物め
それは、人ならざる気配とただならぬ殺気を纏った一人の少女だった……。
あの、これって本当に大丈夫なの……?
私の考えた『脚本』が勝手に身体を動かしているらしく、私は悪役じみた表情こそ崩さない(というか崩せない)まま彼と対峙したものの、正直不安で胸がいっぱいだった。
物語を動かす役者が足りないですからね。
原作に存在しないキャラを登場させるなら、
くれあがそのキャラクターを演じないと!
と、不安がる私の心の声にウサギがテレパシーめいた返事を送ってくる。
まだ『読者』の位置にいるらしいウサギは、すぐそばにいながらも、やはりショータには認識されていないようだった。
今、僕の力でくれあの書いた『脚本』通りにセカイを限定的に改変しています。
今、『登場人物』としてこのセカイに下りたくれあにもその改変が及んでいるので、後は勝手に身体が……セカイが動いてくれるはずですから
『セカイの改変』なんて大層なことを言われてもいまいちピンとこなかったけど、とりあえず私の身体はなんだか不思議なオーラを出して勝手に動き喋ってくれる。
多分、この流れに従っていればいいのだろう。
……大丈夫。用意した『脚本』は、私なりに頑張って書いたから。その通りに話がすすむなら、きっと彼も――
少年王リュートが世直しのために諸国を放浪しているとは聞いていたけど、まさかこんなところで出会えるなんて。幸運だわ
少年王リュート……?
その名前を聞いた途端……ショータの脳裏に情報の洪水が押し寄せてきた。
それは異世界レンバッハと少年王リュートの紡いだ歴史の記憶。
待ち望んでいた平和の訪れを心から喜ぶ人々の想い……
日本から突如異世界に招かれてしまい、その数奇な運命に苦悩しながらも仲間たちと苦楽を共にし成長していったリュートのかけがえのない思い出の数々……
それら全ての情報が、一瞬にしてショータの頭に入ってきたのだ。
お前はこの世界にあってはならない異物。
異世界間の秩序維持のため、私はお前を抹消しなければならない
――この女は、リュートという人間をこの世から消し去る気でいる。
この世界を心から愛し救い、この世界と共に生きる事を決めた……自分と同じ、ごく平凡だったその少年を。
それが……
ショータには許せなかった。
さあ! 塵も残さず消してあげるわ!
――不可思議な紫色のオーラ……この世界の魔力というヤツをまとって、少女は突進してきた。
その刹那、ショータは思案した。
幸いにも、相手は自分をリュートだと勘違いしているのだ、リュートの身代わりとなってやられるべきか?
……いや駄目だ。その後、本物のリュートの命が狙われる可能性が完全に無くなるとは言いきれない。
ならば。
同じ異世界から来た少年であり、この世界の希望であるリュートという少年を守るため、どうにかこの少女を阻止しなければ……この自分が!!
そのショータの強い意志が、彼の感覚を限界まで研ぎ澄ましたのだろうか。
ショータには、一瞬世界が止まって見えた。
――いや、世界は実際に止まっていた。
なんなんだ、これ……?
すまないな、異世界の少年よ。
再び我らの過ちが迷子を生んでしまった
ショータには、その声に、言葉の内容に聞き覚えがあった。
あの場所――異世界レンバッハに降り立つ前に聞こえてきたあの声だ。
どうして忘れていたのだろう。誰かが自分に教えてくれたその『情報』を。
お詫びと言ってはなんだが、君にいくつかの贈り物を授けよう。
一つ目は、これから行く異世界レンバッハの歴史の知識と、かつて君と同じようにこの地に迷いこんだ少年の記憶を。
そしてもう一つは――
その声と共に、ショータの右の掌に一瞬
じり、と焼けるような痛みが走った。
心剣スティグマータ。
ただ一度しか使えぬが、その力はかの聖剣と全く遜色ない。
君が望むのなら次元すら断つだろう
誰かの声は少しずつ遠くなり、ショータの掌に集う熱はどんどん強くなっていく。
君が何かを強く乞い願い、
心からの勇気を奮い立たせる時。
その剣は君の手に握られる
誰かのために勇気を振り絞り、剣を握る……
『その時』は――
この力と正しい勇気で、君の望む道が拓けることを、願っている――
今、この瞬間だ!!
!?
再び世界の時が動き出した。
その時すでにショータの手には輝く剣が握られており、彼は反射的に剣を振るっていた。
少女はとっさに飛び退いて剣の一閃を逃れたが、その表情には明らかな狼狽と、かすかな恐怖の色がみてとれた。
なんだ、その剣は……!?
語る必要は無い。
というか俺にも詳しくは分からん
ただ分かることがあるとすれば。
自分がこの少女を倒し、この世界とリュートなる少年の幸福を守ることができるかもしれない、ということ。
それだけで、十分だ!!
その剣には、持ち主を強化する力でもあったのだろうか。
今まで剣など握ったことのなかったショータの身体は、まるで歴戦の剣豪のように鮮やかな剣さばきを見せ、魔力をまとって襲い来るその少女を圧倒する。
そして――
これで、終わらせてやるっ……!
そう覚悟を決めてショータが剣を振り下ろすと、その軌跡そのままに空間に大きな裂け目が開いた。
なっ……こ、これは……っ!
少女が驚愕の声を上げた。
彼女の眼前に開いた空間の裂け目は、まさにブラックホールのごとき吸引力で周囲のことごとくを飲みこみ出したのだ。
くっ、この……っ!
彼女は抵抗を試みるも、裂け目は彼女の小柄な身体を容赦なく飲みこんでしまった。
や、やった……!
――そう思ったのも束の間。
うわ、やばっ……!
無理もない。ショータとてあの次元の裂け目の間近にいるのだ。
しかも間の悪いことに、心剣の加護が切れたのだろうか、ショータの超人的な身体能力は急速に衰え、もはや裂け目の吸引力に逆らうことすら難しい状態になっていた。
こ、これは……俺も、死ぬのか?
次元の裂け目の向こう、真っ暗な空間にその身を飲みこまれながら、ショータはぼんやりと考えていた。
……でもまあ、不思議と悔いは無いな
異世界に迷いこみ、命を狙われ、不思議な力で敵を退ける――
ワクワクするようなイレギュラーな事件は、
打ち上げ花火のように、あっという間に終わってしまったというのに。
なぜか彼の心は充足感に満ちていた。