1.プロローグ
1.プロローグ
俺の意識の中に、微かな声がした。それは不思議な声だ。男とも女ともつかぬ、優しい声だった。
「この世界は汚れきってしまった。そうは思わないかい?」
何を言っているのだろう、この声は。そう逡巡していると、声は構わず続けた。
「あぁ、そうだ。この世界を壊してしまおう。そうすれば綺麗になると思わないかい?」
声の主は、これは名案だと笑った。そして、哀れみを含む声色で2つの選択肢を掲げた。
「7年後に壊れてしまう世界か、7日後に壊れてしまう世界か。君はどちらを選ぶ?」
そして、俺はその選択肢を選んだんだ――。
2.新しい世界
眩しい光が目に染みて、俺はゆっくり目をあけた。
…あ、起きた
目の前に飛び込んできたのは、淡い青髪を日の光に透けさせた少女の顔だった。
君は…誰だ?
見た事もない少女に、訝しげに尋ねる。
水瀬…葵って言うの。あなたは?
俺は、佐藤凛太だ…それよりここはどこだ?
寄っては引いてく波の音と、たまに聞こえる海鳥の声。遠くに見える入道雲がはっきりと見えるほど、空気が澄んでいた。
見覚えのないこの景色。どうして俺はここにいるのだろう。いろいろな懐疑がぐるぐると巡っている。
ここは…7日の世界。
7日経てば壊れてしまう世界なのよ
…っ!?
あの声は。あの選択は夢の中の話ではなかったのかと。驚きを隠せず、声を詰まらせた。そんな俺に彼女は僅かに微笑んだ。
夢だと…思ったでしょ?
…君はどうしてここにいるんだ?
あたなと同じ、7日で壊れる世界を
選んだから
彼女は言った。生きるもの全てのところに神がやってきたのだと。そして、俺に与えた2つの選択肢を全てのもの達にも選ばせたのだと。
ほとんどのもの達は、7年後に壊れる世界を選んだそうだ。少しでも永らく生きれるようにと。
この世界を選んだのは、私達だけじゃないの
彼女は長い髪を潮風に揺らしながら、遠くを見つめた。その横顔はどこか悲しそうで。
ここに有る、全てのものが。
鳥も木も空も海も。みんな、この世界を
選んでしまったの
そ、空も海も!?
そう。だって命があるもの。
でも、ここにあるのはほんの一部。
だからこの世界もその分、小さいの
俺は潮風に当てられざらつく前髪を指ではらい、そのまま空を仰いだ。
彼女に、まだこの世界について色々と尋ねたいのだけれど、言葉が口を出ない。彼女の視線の先を、俺も意味もなく見つめた。
赤く染まりつつある夕暮れの空を見上げながら、ふとある事が気になった。それを確かめようと、習慣付けられたように左手首へと視線を落とす。
…な、ない
…なにが?
時計だよっ…いつもしているのに…!
普段から身につけ、高価なものではないがとても大切にしていた腕時計。わなわなと心の底から腹立ちとも何とも言えない焦燥感が込み上げ、それが一気に口をついて出そうになる。
膝を地面に付け、草や砂を掻き分けた。この世界に来た時に落としてしまったのだろうか。
爪の中に砂が入ろうが、衣服が汚れようが、気にしてなどいられなかった。
…ないよ
弾かれたように見上げれば、彼女は恐縮した少し固い表情をしていた。
…は?
彼女の言葉に膨らむ苛立ちを誤魔化すべく、俺は口を開きかけたが、彼女はそれを阻止するように、今までよりも声を張り上げた。
どんなに探しても、時計は見つからないの。
…この世界のどこにも、時計はないから
時刻を知る事ができる、時計の類や携帯電話などは神様が取り上げたのだと彼女は言った。時間の存在が、僅かな残りの余生を苦しめる存在になってしまうからだと。
でも、まったく時間を知ることができない
わけじゃないの
ふいに、奇妙な静寂を貫いて、鐘が鳴り響き始めた。けたたましい鐘の音は、まるで危機を告げる警鐘のようだった。
続けて激しく、まるで彼らを急かすように鳴り響き続ける。そして、抑揚のない声がこの世界に響き渡った。
「この世界が壊れるまで、残り162時間です」
…この鐘が唯一、この世界で現在の時刻を
教えてくれるの
俺は苦い何かを噛み潰した顔で歯の間から声を絞った。
あれは…俺の一番大切なものだったんだ
…そう…
そう一言、彼女は言った。だがそれ以上深く尋ねてはこず、ただただ、握りしめた俺の拳を悲しそうに、見つめていた。
はじめまして! とても面白いです、世界観にあっとうされました。続きも楽しみにしています!