【第七話】
『暴走』

 田園調布にある静かな住宅街に、船橋と左右田はいた。

船橋さん。繋がりって・・・

確信はないが、今月に起きた事件の被害者は全て『グリムを研究していた者』の可能性がある

そんな・・・そんな対象、何人いるって話ですよ・・・



左右田が言葉を積ませるのも無理は無い。何故ならば、対未確認生命体用にUC-SFという組織があるほど、グリムの存在は広く知られており、存在がハッキリしている未確認生命体を研究した者など星の数ほどいるのだ。

確かにそれだけじゃ、途方も無い・・・だが、それで七星陸生との関係がある者だったらどうだ?

七星陸生と繋がりがあり、グリムを研究していた者・・・でも、何でですか?



左右田の質問に、船橋は一呼吸置いて答えた。

あったんだよ

あった?

妙な研究発表した中に降屋野迫ってのがあったのを思い出したんだよ

えぇぇ!マジですか!劇的なご都合主義ですね



船橋は深く頷くだけでその後言葉を繋げなかった。それは過去の苦い記憶・・・余りにも変な名字すぎて読めなかったが、読めなくても問題ないだろと放置したあの頃・・・先程、左右田に注意をした事がちょっとした記憶を甦らせる切っ掛けになった事は言えない。

とりあえず、警視庁に戻ろう



止めてるパトカーに近付くと、待機しているはずの警官がいなくなっている事に気付いた。

どこに行ったんだ?

トイレか何かですかね?



船橋が辺りを見回すと、前方から警官がゆっくり歩いて来た。

おい!警視庁に戻る事になった。すまないが車を出してくれないかねぇ?



しかし警官は声が聞こえなかったのか一向に急ぐ素振りも見せず、ゆっくりと歩いている。

何だあの態度は!これだから最近の若い者は―――

あぁぁ。その台詞を言ったら、もうお爺ちゃんですよ

なんだと左右田!俺はまだ49歳だ



意外なほど怒った船橋を尻目に、左右田は警官に歩み寄った。

少し急いでもらっても良いですかね?何かお爺ちゃんが怒っちゃ―――

・・・・・・・・・・・



左右田の言葉を遮る様に警官は突然殴り掛かって来た。
雑で乱暴な横降りの拳は本来なら避けるには容易であったが、回避には間に合わず、腕で頭部を覆うようにガードする。
腕に拳の衝撃がはしると、左右田は咄嗟に理解した。

これは受け止めてはいけない。

身体をひねり受け流すように動くが伝わる衝撃の方が速く、左右田の身体は宙に浮き吹き飛ばされる。
その光景を見ていた船橋は直ぐに銃を懐から抜いて構える。

左右田!大丈夫か

はい。俺なら・・・丈夫です。体育会系ですから



警官は身体を左右に小刻みに震わせながら、空に向かって言葉にならない雄叫びをあげた。

がぁぁぁらぁぁぁぁ



眼孔は大きく開き、肩からも肘からも角が飛び出す。指先は鋭く尖り、皮膚は甲羅の様な物へと変化していた。

これが暴走したオメガ・・・



目の前の光景に呆然と立ちすくむ左右田に船橋は張り手を当てた。

死ぬぞ!銃を構えろ

あ。はい。すみません



左右田が懐から銃を抜いて構えの姿勢に移行する時、既に化け物へと姿を変えた警官が目の前まで移動して来ていた。
それはさっきまでのゆったりとした動きとは対照的で、隣で銃を構えていた船橋も反応できなかった程の速度。
当然、銃を構えようとしていた左右田には防御の姿勢を取れるはずもなく、無防備に攻撃を受けるしかない―――はずだった。

しかし、左右田と化け物警官の間には、シルクハットをかぶり、ステッキを持った一人の男がいつの間にか立っていた。更に彼は化け物警官の攻撃をステッキで受け止めている。
ステッキを持った男は、勢いよく化け物警官を押し返すと、左右田に向かって言った。

大柄の貴方、アレをグリムではなくオメガと呼びましたね

えっ・・・あ。はい

直ぐに終わりますから、待って頂いても良いですか?そちらのお爺様も

お爺・・・俺はまだ若―――



突然反論しようとする船橋の口を左右田は手で止めて聞く。
その二人の姿を見たステッキを持った男は微笑み、ステッキを顔の前で縦に構える。

そうでした。私・・・坂本と名乗らせて頂いております



化け物警官ことオメガは、顔の前でステッキをフェンシングの様に構えた坂本に向かって突進をしてきた。しかし、坂本は焦ることも無く、つま先を軽く地面で鳴らし一言だけ呟いた。

―――変身



身体から強い光を放つと、坂本の姿は一瞬にして別のモノへと変わっていた。
特徴的なシルクハットも、スマートなスーツも原型などはなく、原型を感じられるのはステッキがレイピアになっている事と、かろうじて姿が人の形をしている程度であった。しかし全身は堅い鱗の様な物で覆われ、背中からは二本の触角が生えていた。


坂本は直ぐにレイピアを手前に送ると、突進してくる未確認生命体…オメガの眉間を的確に捉えた。
しかし勢いがあり直ぐに止まる事はなく、レイピアは自然にオメガの眉間を貫く形となった。オメガの眉間がレイピアの根元にたどり着いた時、全ての力が抜けた様に両腕をだらんと垂らす。

この剣、魂に刻むといい



坂本が言葉と同時にレイピアを勢いよく抜き取る。すると、オメガの身体から発火し、一瞬の火柱を立てると跡形もなく消滅した。
それを最後まで確認すると、坂本は元の人間の姿へと戻った。

グリムめ!



物凄い形相で船橋は坂本へ銃口を向けた。

ちょい。ちょい。ちょい



左右田が慌てて船橋の銃を押さえ、制止に入る。

離せ左右田!

待ってください。このオメガ…ってか、グリムは、敵じゃないんですって

何を意味不明な事を!それにさっきからオメガなどと、意味不明な事を―――



そんな船橋の目の前に立ち、坂本は深々と頭を下げ挨拶をする。

とりあえず、立ち話もなんですから・・・座ってお茶でもいかがですか?



思わず拍子抜けする、ゆったりとした坂本の言葉であったが、何よりも拍子抜けしたのは、彼がいつの間にか人数ぶんの紅茶用ティーバッグを手にしていたからでもあった。

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