次の日、学校は朝から先生の見た幽霊の話で
もちきりだった。

ねえ聞いた?
昨日体育の岩村が、階段の幽霊見たってよ!

見回りしてて、なんか話し声がするから
ライトを向けたら、うちの制服姿の幽霊が
……って、本当だったんだ!

などと、夕方になっても帰ろうとせず、
廊下で騒ぐ女の子達に、思わず溜息を吐く。

おーいお前ら、遊んでないで早く帰れよー


通りがかった先生が目ざとく注意をするのを見て、
近くにいた僕まで怒られないうちにと、
そっとその場から逃げようとした。

だが次に続いた言葉を聞いて、
僕はその場に凍りついた。

その幽霊なら、たった今お祓いして
もらってるところだから、安心しろ!


――なんだって?

お祓いをするから大丈夫。

すれば、幽霊がいなくなるから。

     ――ミノリが、いなくなる。


僕は後ろを振り返りもせずに走り出した。

なんで、ミノリがいなくならなきゃ
いけないんだ!
ミノリが一体何をしたんだ、
ただ僕と話してただけじゃないか!


先生なんかどうでもいい、全力で廊下を駆け抜ける。


階段を一気に駆け上がっていくと、
何かを詠み上げるような低い声がだんだんと
大きくなってきた。

待ってよ、やめてよ


息が詰まる。

頭ががんがんする。

それでもいつもの階段の下までなんとか駆け登ると。

男の人の背中と、その向こうにミノリの姿が見えた。

……祓へ給ひ 清め給へと白す事を……

やめて、やめて


ぶつぶつ何かを唱えている男の人の前で、
ミノリは必死に、やめて、やめてと手を振っている。

……やめろっ!


僕は大声で叫ぶと、ミノリの元へと駆け寄っていった。


僕から友達を奪わないで。
ミノリは僕の大事な、友達なんだ。


必死に止めようと手を伸ばし、そこでふ、と。




ミノリと目が合った。

ミノ……

――シンジッ、来ちゃダメッ!


え、と思った次の瞬間。


ぴた、と男の人の声が止んだ。

そして、その人を掴もうと伸ばした僕の手は、


――その人の背中をすり抜けていた。

――これでもう、大丈夫です

そう言う男の人は、ミノリではなく、
じっと僕の姿を見つめていた。


その時、僕はようやく分かった。
そうか、そうだったんだ。
誰も僕に話しかけないのも、誰も僕を見ないのも。


幽霊だったのは、ミノリじゃなくて――

やだっ、シンジ!!



だんだんと透き通る僕の手の向こうで、
ミノリが泣きそうに顔を歪めていた。


 ミノリ……泣くなよ 



消える直前、僕はそれだけを言うのが精一杯だった。



その場にへたりと座り込んだミノリの頭を、
お祓いを終えた男の人がそっと撫でた。

……シンジ君は自分が死んだことに
気付いてなかったんだ。
忘れ物を取りに来て、階段から落ちた
ことも忘れていた。
シンジ君の為にも、これでよかったんだ


けれどもミノリは泣きながら頭を横に振った。

シンジは友達だったのに……!
幽霊だったとしても、クラスで無視されて、
誰も相手をしてくれなかった、私の話を
聞いてくれる、たった一人の大切な、
大切な友達だったのに……!


ぼたぼたと涙を落として、それを拭おうともせず、
ミノリはその場で泣き続けた。

end.

ぼくのともだち - 03 -

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