戸惑っている私に……

ユカさん、僕はサヤカの敵(かたき)をとりたいんだ!

ヒロは思いつめた顔で言った。

そうだった、ヒロはサヤカの彼氏だったんだ。

サヤカを奪われた悲しみは一番強い……。


私は──



櫛をヒロに渡した。

……ユカ……

ありがとう……
ユカさん……

だけど

少しの沈黙のあと……

……!?
ヒロ……

ヒロは、私から受け取った櫛を真っ二つに割ってしまった。

ありがとう……ユカさん
この櫛、僕が抜こうとしても
出来なかったんだよ

どういう……こと……?

やっぱり……
あなたが仕組んだのね?

ヒロが?
仕組んだ……?

私はわけがわからずに、ただ二人の顔を交互に見比べるしか出来なかった。

察しがいいな、マリエさん
いつから気づいてた?

そうね……
はじめにおかしいと思ったのは
サヤカが死ぬ前、あなた……
一斉に振り向いた私たちを見たあと
笑ったのよ……一瞬だけどね……

私は全く気付かなかった。

あの時は、女の恐怖でいっぱいで周りを見る余裕なんてなかったから……。

そして……例の約束よ
二つはフェイク
二つは真実を隠す為……
そうでしょ?

さっきもマリエは言っていた。

嘘と真実。

一体……どういう事?

玄関のチャイムと、階段を振り向くな……
あの二つはただ恐怖心を煽るのが目的
本当に守って欲しかったのは
絵を見る事とオルゴール……

絵とオルゴール……?

オルゴールはアノ少女の霊よ
彼女はおそらくこの家の元住人
黒い女に殺された家族の一人……

僕の邪魔をしてくるんだよ
アイツ
鏡台の中の兄貴と一緒に
早く処分すればよかった……

そんな……
どうして……なんでこんな

玄関の女の肖像画……
あれはそこにいる女を描いたもの
そうでしょう?

はぁ~……
だから見るなって言ったのにな~

ご丁寧に下にサインがあったわね
M・Hiroki
あなたなんでしょう?

まっ、いいかどうせオマエらもみんな死ぬし
教えてやるよ……
この家の事……

ヒロは一歩、女へ歩み寄った。

この人はね……
僕の母さんなんだ……

えっ……!?

…………

ヒロは、女の髪を優しく撫でながら話しはじめた。

女はその場にただじっとして、空を見つめている。

昔、僕の母さんはこの家に住む妻子ある男と
付き合っていてね……
僕はその男との子供なんだよ……

寝室で見つけた日記の事が思い浮かぶ。

母さんは一人で僕を産み
いつか男が妻子を捨てて僕たちの所に来る
と信じていたんだ……

けれど……男は母さんの前から突然いなくなったのさ……

で、でも……
その人は前の住人で、殺された家族と関係はなかったんじゃ……

ああ、知ってる
でもね、許せなかったんだ……
だって母さんとあの男の残された唯一の繋がりはこの家だったんだよ?
それなのに……あいつら知らないって言うんだよ?

そんな……関係ないのに

何度、母さんが行っても教えてもらえなくてね、絶望から母さんは自殺したんだよ……

自殺?
待って、それじゃあ……
この家の家族を殺したのは?
その化け物? それとも……

化け物だんなて失礼だな~……
でも、ご明察通りだよ
この家の家族を殺したのは
僕だよ

そ、そんな……
どうしてそんな事……

そんなの決まってるよ
だって、おかしいじゃないか?
この家で暮らすのは僕と母さんだったんだよ?
おかしいよ、なんで知らない家族が勝手に
幸せそうに……

暮らしてんだよ……

私は、言葉を失った。

ヒロは、もうさっきまでのヒロではなかった。

底知れぬ恐怖と憎悪が、彼の周りを取り巻いている。

母さんが死んで、僕は敵を討とうと思ってね
母さんから長い髪を頭皮ごと剥いで
僕がそれを被って、母さんになりきり
この家のヤツらを全員殺してやったんだ

ヒロが……この家の家族を?

そうだよ、でもねそうしたら
とてもステキな事が起こったんだよ?
僕の母さんがね生き返ってくれたんだ

生き返った……?

母さんの髪にね、殺した家族の血を
吸わせてあげたんだよ
そうしたら……こうしてまた母さんと一緒に過ごせるようになったのさ

うっ……

思わず吐き気がこみ上げた。

ヒロの母親はその激しい憎悪と怨念により
人の血と自らの髪で、人ならざる異形のものとなったというのだろうか……

それから僕はね母さんの為に
ここに人を呼び込んで
血を与え続けたんだよ
心霊スポットなんて言っておけばバカみたいに人が来るから楽だったよ

でも、何か特別な事態が起こった
そうじゃなくて?

ああ、どっかのバカな弟が
あのガキの幽霊に入れ知恵されてね……
母さんの力を一時的に封じたんだ

そ、それって……
ユウの事!?

そう、君の弟
だから君たちを呼んで母さんの封印を解いてもらったんだ。
ついでにあのウザい鏡台も壊して欲しくてね……

そんなこと……
自分でしたらいいじゃない?

ヒロはつかつかとマリエの側へ行き、マリエの体を蹴り飛ばした。

や、やめて!!
なにするの!?

僕の母さんを苦しめた報いだ
ほら、早く鏡を壊せよ!
こっちが優しくしていれば
つけあがりやがって!

……スマホのメッセージは
あなただったのね……

正解~。
ゲームみたいで楽しかったろ?
ただ死んでもらうんじゃつまらないもの……

じゃ、じゃあ、弟は!?
ユウは!?
無事な……の?

あ~……
それならまだ生かしてやってるよ?
ほら、う・し・ろ……

私が振り返ると、壁を覆っていた黒いカーテンがずるりと動いた。



目を凝らしてみると、それはアノ女の髪だった。


そして、髪と髪の間の僅かな隙間から、人の顔らしきものが見えたのだ。

ユウっ!!

……………………

大丈夫だよ~
まだ、生きてるから、どうせ殺すなら
お姉さんの前がいいだろ?

悪趣味……

なんとでも言えよ
まずはオマエから死んでもらおっか?

ダメっ!!やめてっ!!

鏡台を壊したら
オマエだけは助けてやるからさ

母さん、あっちの黒っぽい女

食っていいよ?

女は微動だにしなかった。

母さん!
ほらっ!!早く!!

ヒロは女の側に行くと、命令口調で続けた。

なにやってんだよ!?
オマエの為にこうして人を連れて来てんだろ!?

その女は……
もうアナタのお母さんじゃないようよ?

はっ? 何言ってんだよ……

その時


黒髪の束が、ヒロに向かっていくのが見えた。

おっおい……なんだよコレ!?

襲うのは僕じゃない!!
あの女の方だろっ!?

ヒロの体は一瞬にして黒い髪に巻かれ、まるで黒い渦に飲み込まれるようにすっぽりその体を髪に覆われてしまった。

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ──────っ!!

女の咆哮と共に、ヒロの断末魔が聞こえる。

いやだっ!!…………ぐるじぃっ……

やめろっ!!ヤメロヤメロヤメロヤメロっ!!
ぎぃゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ────!!

何かがちぎれる不快な音がして、辺りは静まり返った。

ヒ……ロ……?

そうして、ドサリという音とともに髪から恐らく人間の体であったろう部分がバラバラとこぼれ落ちる。

ユカ!!
早くなんとかしないと……

女がゆっくりとこちらに振り返る。



私は──

ユカの運命を選択して下さい。

●割れた櫛を拾う

●弟に駆け寄る

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