学校の廊下を歩いていた時、
俺こと『姫野 葵(ひめの あおい)』に
声をかけてきたのは……。
やっと見つけました、姫様
学校の廊下を歩いていた時、
俺こと『姫野 葵(ひめの あおい)』に
声をかけてきたのは……。
先日、転入してきたばかりの
『騎士野 流遊(きしの るゆう)』だ。
成績優秀、運動神経抜群、おまけに容姿端麗で、
瞬く間に校内の有名人になってしまった女子だ。
だが……騎士野は別の意味でも有名になっていた。
覚えていらっしゃいませんか?
前世であなたは姫様、
そして私は騎士であったことを
はあ?
そう……。
騎士野は、いわゆる電波発言をすることで有名なのだ。
転入初日に『前世の記憶が目覚めた』だの
『前世で自分は男で、姫専属の騎士だった』だの、
まともな人間ならドン引きする
自己紹介をかましたせいである。
しかしまさか、その前世での『姫』が、
俺という設定になってしまったとは……。
騎士野の変人っぷりを
対岸の火事としか思っておらず、
何ら対策を取ろうとしなかった自分を恨めしく思う。
おい、待て。
確かに俺の名字には
『姫』という文字が入っているし、
名前も『葵』といった
女のような名前かもしれない
だが、お前の言うところの
『姫様』ではない!
まだ葵様は
覚醒されていないようですね。
では、私から前世について
お話ししましょう
人の話を聞け
我が国は敵国に攻め入れられ、
そして戦いに敗れてしまった。
敵国の王の目的は……。
姫、あなただったのです。
おい、だから……
このまま捕まってしまっては、
敵国の王に蹂躙される事は目に見えている。
そう考えた姫は、
恋人であった私と心中する道を選んだのです
…………
来世で結ばれることを
誓い合って……
(いかん、思った以上にヤバイ女だ)
俺は冷静さを取り戻すべく、
一つ咳き込んでからこう言った。
要約すると、
キミは俺と付き合いたいのか?
はい。
前世での誓いを、
今こそ果たしましょう
(頭が痛くなってきた)
自分で言うのもなんだが、
俺は幼少期から『端正な顔立ち』と言われ続け、
この17年間数え切れないほどの
女性から交際を申し込まれた。
だが、恋人を作る気にはなれなかった俺は
告白を断り続けたのだが……。
正直、今回は過去に類を見ないぐらいにキツイ。
ちょっと、いい加減にしなさいよ!
私の彼氏に向かって!!
いいところに来てくれた、沙希
後は私に任せて!
この子は幼なじみの
『只野 沙希(ただの さき)』。
俺と同じく17歳、高校2年生だ。
高校に入ってからも告白される数が減らず、
苦悩の毎日を送っていた俺を哀れんでか、
偽りの恋人役を買って出てくれた有り難い存在だ。
ねえ、騎士野さん。
転入してきたばかりで知らないだろうから
教えてあげるわね
……は?
葵が女の子みたいに綺麗な顔をしていて、
女の子みたいに華奢で
スマートな体型をしてるから、
一目惚れしちゃうのはわかるわ
でも、彼氏にするのは諦めてね。
だって葵には私っていう
彼女がいるんだから!
おい、『女の子みたい』は余計だ
騎士野が沙希を見てよろめいた。
この田舎娘が……。
葵様の、恋人……?
いっ、田舎娘ええぇ?
失礼ね!!
そっちなんか中二病のくせにっ!
下がれ、田舎娘よ。
今は貴様と
話し合っている暇は無い
あ、あ、あ、あんたねえ。
葵が迷惑してるのがわかんないの?
葵様、私と誓約のキスを交わせば
すべてを思い出すはずです。
さあ……
キキキキスゥッ!?
葵に中二病全開の告白をした上に、
キスまでしようっていうの?!
田舎娘は下がれと言っているだろう。
さあ、葵様。
誓約のキスを!
騎士野、申し訳ないが……
沙希を庇うようにして、一歩前に出る。
俺の彼女はここにいる只野沙希だ。
すまないが、
騎士野と付き合うことはできない
葵……
葵様がそのようにおっしゃるのであれば、
仕方がありませんね。
ここは退きましょう
騎士野はうつむき、
寂しげに背を向けて去って行ってしまった。
少し可哀想だったかな
可哀想?
葵はどっちの味方なの!?
ああ、すまない。
今回も沙希に助けられたな、ありがとう
うっ、ううんっ!
お礼をなんかいいよっ。
葵が困ってたら、
いつでも駆けつけるからね!
はは、悪いな
沙希の頬が紅色に染まり、
瞳が潤んでいるように見えるのは気のせいだろう。
なぜなら沙希は、幼なじみでしかない俺に
惚れているわけなど無いのだから。
ねえー、沙希。
さっきは大変だったね。
ハラハラしながら見てたよぉ
騎士野さんのこと?
あんなの全然大したこと無いよ
さっすが、幼なじみ!
っていうよりも、彼女でしょ?
余裕あるよねえー
あはは……
(私が本当の彼女じゃないってことは、
誰も知らない。
だからみんなは、
私たちが両思いだと誤解してる)
(私は葵が大好きだけど、
葵は私のことなんて
何とも思ってないのに……)
あっ!
姫野君行っちゃうよ。
お昼、一緒に食べないの?
本当だっ。
待ってよ、葵ー!
教室を出ようとしたら、沙希が追いかけてきた。
どうした?
どうしたじゃないでしょ。
お昼は一緒に食べるって
決めたじゃない!
えっと……一応、
付き合ってる設定なんだし、さ……
ああ、そうだったな。
どこで食べる?
中庭がいいなっ。
今日はとってもお天気がいいでしょ?
そうするか
沙希を連れて中庭に来ると、
空いているベンチを探した。
あそこが空いてるよ。
座ろっ
沙希が小走りにベンチまで行き、
座ろうとした……が。
ガサガサッ!!
ベンチの後ろの植え込みから、
ぬいぐるみを抱えた小学生の女の子が飛び出した。
引っかかりおったな!
この辺一帯には、
姫を閉じ込めるために
結界を張っておいたのじゃ!
ぬいぐるみ→
なぜうちの高校に小学生がいるんだ?
き、貴様ッッ!
ワシを知らぬというのか?!
俺にゴスロリ小学生の
知り合いはいない
ワシは小学生ではなぁーいっ!
あ、そっかぁ。
葵は休んでたから知らないんだ。
この人は、昨日転勤してきた
世界史の先生だよ
ぬいぐるみを抱えている先生なんか
いるわけないだろう。
それに体型だって、
どこからどう見ても小学生じゃないか
アリアンロッドをぬいぐるみじゃと?!
しかも、二度も小学生と言いおって!
例えワシの妃となる者であっても許さんぞ!
アリアンロッド(?)→
(さっきから珍妙なことを言う女の子だな。きっと頭を打ったのだろう、気の毒に)
もしかして葵を
好きになっちゃったんですか?
でも駄目ですよ、
葵の彼女は私なんですから
笑わせてくれるわ。
オヌシのような田舎娘が、
姫の恋人であるはずがなかろう
ま、また言われたあぁ~!
なんでみんな揃って
私を田舎娘呼ばわりなの!?
その前に姫とはなんだ?
どうして騎士野もキミも
俺を姫と呼ぶんだ?
まさか、
前世の記憶が戻っておらぬのか?
前世の記憶?
何の話だ
説明が面倒じゃ!
ワシと誓約のキスを交わせば
すべて思い出す!
女の子は背伸びをして、俺の顔を両手で掴んだ。
なっ……!
んーっ!
そして唇が触れ合う寸前まで、
顔面を近づけてきた……と思った矢先。
ちょっと!
葵とキスなんて許さないんだから!
沙希が女の子の襟首を掴んで、強引に引き剥がした。
沙希に襟首を持たれた女の子は、
さながらイタズラをした子猫のようだ。
クッ、邪魔しおって!
女の子が右手を振り上げ、光を放った瞬間……。
キャアアーッ!
沙希の身体は宙に浮き、近くの木に叩きつけられる。
ズルズルと草葉に倒れた沙希は、
首をカクンとさせて気を失ってしまった。
沙希!
沙希に駆け寄ろうとすると、
突然ロープのような物が首や手足に絡み付き、
強い力で締め上げられた。
クッ……!
そのロープのような物の正体を確かめるために
視線を動かすと、なんと……。
女の子が持っているぬいぐるみから、
蛇が出てきているじゃないか!
(馬鹿な……。
蛇を操っているというのか?)
さあ、姫……。
ワシと誓約のキスを交わすのじゃ
くそっ、離せ!
必死にもがけばもがくほど、
首や手足に蛇がきつく巻きついてくる。
(首が締め付けられて、
呼吸ができない……!)
フフッ……。
誓約のキスを交わせば、
お前の生き血をパワーの源と
することができる
(何を言っているんだこの子は?
俺の生き血をすする気なのか!?)
(駄目だ、頭に血が上らなくて……
意識が朦朧(もうろう)としてきた……)
俺の意識が落ちかけた寸前に、
目がくらむほどの閃光が走った。
その途端に首や手足は解放され、
俺は地べたに尻もちをついた。
ゲホゲホッ!
……ウゲホッ!
肺へ大量に送り込まれた空気にむせ返りながらも、
目の前に落ちている物体に視線を落とす。
(これは、さっきの蛇の頭……?)
ご無事でしたか、姫様?
太陽の光を背に浴びて、
颯爽と俺の前に現れたのは……。
遅れて申し訳ございません。
私が来たからにはご安心ください。
命に代えても姫様をお守りいたします
騎士野……?
騎士野の手は、俺の頬に寄せられた。
そして……。
チュッ……
騎士野のみずみずしく潤った桜色の唇が、
俺の唇へと落とされた。
(柔らかい……。
俺はキスをされているのか……?)
その瞬間、俺は光に包まれたような錯覚に陥った。
身体の奥底から血が沸き立つかのような脈動。
そして、胸を締め付けるような郷愁。
高鳴る心臓の鼓動に耐え切れず、胸を押さえる。
胸が……柔らかい……?
自分の身体に異変を感じて、
慌てて校舎の窓ガラスを覗き込む。
こ、これは一体……?
窓ガラスに映っていたのは俺ではなく、
なんと黒髪でロングストレートの美少女だったのだ。
って、声まで女の子になってる!
葵様は私と誓約のキスを
交わしたことにより、
前世の姿に戻ったのです
まったく意味がわからん!
もう少しわかりやすく説明しろ!!
説明している暇はありません。
今は、あの敵国の王を倒すことが先です
敵国の、王……?
騎士野が指した先を見る。
そこには、怒りに震えた女の子が立っていた。
ワシを差し置いて誓約のキスを交わすなど、
許さんぞ騎士!
やれっ、アリアンロッド!
ぐぐぐぐっ……
(なんだ?
ぬいぐるみが光ったぞ?)
(ライオンに変身した!?)
ライオンは鋭い牙を剥き、騎士野に襲い掛かる!
危ない、騎士野!!
クッ!
騎士野はライオンの攻撃をかわそうとしたが、
一歩遅かった。
ライオンは全体重を掛けて騎士野を押し倒す!
ギャアアアーッ!!
ライオンの大きな牙は、
無情にも騎士野の肉体を貫いた。
騎士野の制服は切り裂かれ、
白い肌から血があふれ出す。
騎士野オォーッ!!
第2話へ続く