この世の中の楽しいことや
キラキラした物を全部一つの部屋に集めたら、
それはどんな世界になるんだろう……。
そんなことを、いつも考えていた。
この世の中の楽しいことや
キラキラした物を全部一つの部屋に集めたら、
それはどんな世界になるんだろう……。
そんなことを、いつも考えていた。
蒼山くーん。
隆司に借りてたDVD、
リビングの棚に載せておいたよ
って伝えておいて
了解。
隆司が起きたら言っておくよ
私、栗崎 由衣(くりさき ゆい)が
高校卒業と同時に家を飛び出してきてから、
早くも半年が過ぎていた。
県内でも有名な進学校に通っていた私は、
どういうわけか大学にも行かずに、
今は同い年の男の子二人と暮らしている。
まあ、簡単にいきさつを説明すると……。
うちは代々が医者の家系の、エリート一家。
一人娘である私も、当然のように女医になるべく
子供の頃から勉強漬けの毎日を強いられて、
やっとの思いで県内一の進学校といわれる
高校に滑り込んだわけだけど……。
残念なことに、
私は両親や祖父母と違って
頭の出来が良くなかった。
塾と家庭教師で勉強漬けだった私が、
授業について行けなくなったのは
高校に入ってから。
親はテストがあるたびに成績表をながめては、
深いため息をついて小言を繰り返す。
そのうち小言を通り越して皮肉になり、
最後には諦めてしまったようで
何も言わなくなってしまった。
今ではこんなにサラッと語れるけど、
一時期は生きることさえ億劫になってしまうほど、
深刻な問題だったんだけどね。
だけど、そんな私にも
毎日の希望となる人がいた。
それは同じクラスの、
蒼山 悠斗(あおやま ゆうと)くん。
入学した時からずっと
試験で学年トップを維持していて、
スポーツも出来て……。
そして何より、瞳が細長く少し釣り目で、
クールなイメージに黒髪がよく似合って、
顔がとても整っているのが、
まるで私の理想から飛び出してきたみたいで……。
ここまで完璧だったら当然、
他の女の子も好きになっちゃうよね。
好きです蒼山先輩!
わ、私と……
付き合ってください!
ごめん、今はそういうの
考えられないから
そんなあ!
(わあ、また告白されてるよ蒼山くん。
昨日は先輩から告白されてなかった?
それにこの前はクラスの女子から……)
(誰に告白されても
絶対OKしないのは、
ちょっと救われるけど)
(でもそれって、私が告白しても
振られるってことだよね。
ハァ……)
いつの間にか蒼山くんは、
学校中の女子の憧れの存在になっていた。
落ちこぼれて卑屈になっていた私は
そんな蒼山くんに声をかけることができずに、
いつも教室の隅で本を読む振りをしながら
遠目に蒼山くんをながめるのが精一杯だった。
だから、存在を認識されていたのかも
怪しい状態。
(だけど、それでもいいんだ。
蒼山くんを見ているだけで
元気になれるから)
──でも。
そんな日々も長くは続かなかった。
なあ、由衣。
卒業後の進路は、
どうする気なんだ?
どうするって……。
お父さんに言われた通り、
医大を受験するつもりだけど?
お前の成績じゃ、
医大に入るのは無理だろ
まあ、そうだけど……。
最悪、落ちたら浪人するとか……
そんなことをしても
時間の無駄だ
ちょっと、何それ。
どういう意味?
お父さんと話し合ったの。
由衣が高校を卒業したら、
進学させるのはやめましょうって
進学しないでどうするの?
就職しろってこと?
馬鹿をいうな。
うちは代々が医者の家系だ。
会社勤めなんかさせられるか!
じゃあ……?
婿養子をとりましょう、
という話になったの
婿養子って……。
つまり、結婚するってこと!?
ああ。
父さんの古い知り合いから、
縁談を持ちかけられている
その方の息子さん、
外科医なんですって。
由衣の写真を見せたら
とっても気に入ってくれたわよ
ひどいっ!
どうして勝手に
そういうことするの?!
親なんだから、
子供が間違った道へ進まないように
将来を決めてやるのは
当たり前だろう
…………!!
そうよ。
由衣のことを真剣に考えて、
お父さんと出した結論なの。
わかるわよね、由衣?
(何考えてるの、この人たち?
子供の人生を束縛するのが
正しいことだと思ってるの?)
(冗談じゃない!
私にだって好きな人くらい
いるのに!)
(そりゃ、
話したことも無い蒼山くんと、
付き合えるなんて
思ってないけど……)
(でも、自分の人生は
自分で決めたい!)
……と、この親たちに主張しても、
私の意見なんて絶対に聞いてくれない。
話し合いをする前からそれを悟っていた私は、
卒業式の夜にひっそりと家を出た。
手紙一つ残さずに。
その晩はネットカフェに泊まって、
これからどうしようかと考え込んでいた。
(友達の所に行っても、
すぐうちの親にバレちゃうよね。
手帳に書いてた友達の住所、
勝手に見られちゃったから……)
(仲良しのいとこの家、
ここから近いけど……。
ううん、親戚なんてもっと駄目だ)
(はぁ……。
このままネットカフェで
暮らそうかなぁ……)
ため息をつきながら個室のパソコンで
インターネットを見ていると、
偶然ルームシェアの募集掲示板を見つけた。
ルームシェア……。
つまり、家族でも恋人でもない
まったくの赤の他人同士が、
一つ屋根の下で同居するという事。
家賃と光熱費を分担するから、
かなりの節約になる。
(どんな人かもわからないのに、
他人と一緒に暮らすなんて……)
……と、最初は驚いた。
だけど、その直後に頭に浮かんだのが通帳の残高。
(子供の頃から無駄使いをしないで
おこづかいやお年玉を
取っておいたお蔭で、
少しくらいの貯金はあるけど……)
(これから一人で生きていくには、
到底足りる額じゃないよね)
(早く住む家を決めて
仕事を見つけないと
まずいかも……)
(こんなこと
考えてる暇があったら
すぐに応募しなくちゃ!)
そう思ってからすぐに、
こっちの希望と条件が一致する
書き込みを見つけて、
スマホでメールをした。
──翌朝。
(ううんっ、んっ……。
もう10時過ぎかぁ。
そろそろ起きようかな……)
(それにしても
うるさい親がいないのって、
すっごく気楽!
朝寝坊しても怒られなくて最高!)
ドリンクバーから持って来たジュースを置くと、
バッグからスマホを取り出した。
(うわあ……。
親からすごい着信入ってる。
着信拒否しよう)
(あ、メールだ。
……って、早!
もうルームシェアの
返信がきてる)
差出人 Deep blue
宛先 [email protected]
件名 Re:ルームシェア募集掲示板を見ました
日付 20xx/03/02 07:32
栗崎由衣 様
はじめまして。Deep blueです。
ルームメイト募集にご応募いただき、
ありがとうございました。
面接をさせていただきたいので、
ご都合の良い日時をお教えください。
詳細につきましては…
(そっか、面接があるのかぁ。
場所は駅前のモフバーガー……。
よし、面接は今日でもOKですって
返信しちゃおう!)
面接場所に向かいながら、
何気なくさっきのメールを見る。
(ん? ちょっと待って。
このDeep blueって人、
よく見たら男性って書いてある。
慌てて応募しちゃったから
確認してなかった……)
(知らない男の人と
共同生活なんて無理!
着替えとかお風呂を覗かれたり、
寝てる間に襲われたら
どうすんの?!)
(でも、そういうのが目的だったら
女の人だけ募集するよね……。
っていうか私、自意識過剰?)
そんな事ばかり考えていたら、
あっという間に待ち合わせ場所へ着いてしまった。
(到着したら、
メールに書いてある電話番号に
かけるんだっけ)
はい
(わっ、わっ、出た!)
あの、ルームメイトに応募した
栗崎なんですけど……
ああ、こちらです。
見えますか?
顔を上げて店内を見渡すと、
こちらに向かって手を振っている
男の人が一人……。
その姿を見た瞬間に、
私の心臓は跳ね上がった。
…………
(あ、蒼山くん!?)
思わず叫びそうになった私は、
とっさに自分の口を塞いだ。
(もしかして他人の空似?
ううん、あれは絶対に蒼山くん。
だって高校時代、
毎日見つめてたからわかる!)
これは何かの運命なんじゃないかと思って、
私は高鳴りっぱなしの胸を押さえながら、
緊張して椅子に座った。
(ドキドキ……)
だけど蒼山くんといったら、
ただ淡々とルームシェアの条件について
改めて説明するだけ。
掲示板とメールにも書きましたが、
家賃や光熱費、
水道代などは3人で等分して……
(蒼山くん、
私のこと覚えてないのかな……。
ぜんぜん思い出す気配が無いよね。
これって、もしかして……)
(教室で、私のこと……。
まったく目に入って
なかったの?)
栗崎さん?
聞いてますか?
は、はい!
それで、守って欲しい
ルールですが……
そのルールというのも、
かなりショックなものだった。
端正な顔立ちの蒼山くんの唇から、
冷淡にこう告げられたのだ。
大まかなルールはたった一つ、
ルームメイトに対して
過度な干渉をしないこと
過度な干渉……って?
例えばルームメイト同士で
恋人になるのも、
過度な干渉になりますね
恋人を作る目的で
ルームシェアをされると
トラブルの元になりますから。
わかりやすく言うと、
”恋愛禁止”ですね
…………
(何も……言葉が出ない……。
ヤダ、泣きそう……)
どうかしましたか?
あ、いえ……その……
なんて言えばいいのかわからずに困っていると、
タイミング良く蒼山くんのスマホが鳴った。
ちょっとすみません。
もう一人から
電話がきました
あ、はい。
どうぞ出てください
(そうだ、今日の面接者は
私を含めて二人居るって
言ってたっけ……)
……はい
蒼山くんが電話に出るなり、
後ろから明るくて大きな声がした。
遅れてすいません!
ルームメイトの面接に来た
飯田 隆司(いいだ りゅうじ)です!
あー、良かった。
もう来ないのかと思ってました
うわっ、ひどいなあ
(歳は私たちと同じくらいかな?
明るい雰囲気で、
笑顔がカワイイ!)
(クールな蒼山くんとは
正反対のタイプだけど、
この人も女の子にモテそう)
(それにしてもこの人、
初めて会ったとは思えない。
優しそうな雰囲気で安心するなぁ)
(……って、なに考えてるの私。
蒼山くんに振られた直後に
他の男の子に目移りするなんて、
いくらなんでも軽すぎ……)
ジロジロと見てしまったせいか、
飯田くんは驚いた様子で
私を上から下まで見おろした。
……で、こっちの女の子は何?
彼女とか?
いいえ。
こちらの女性も、
面接に来てくださった方です
ああ、どうりで……。
あんたとこの子じゃ、
恋人って雰囲気じゃないもんな
飯田くんは小馬鹿にしたような
口調で言ってから、
私を見て少し笑った。
は……?
あ、悪りぃ。
深い意味は無いから
気にしないで
(この……飯田隆司とかいう男、最悪!
いるよね、ちょっとモテるからって、
女の子に上から目線で
ものを言う奴!)
(ごめんね蒼山くん、
こんな奴に心が揺らいじゃって。
蒼山くんの方が断然カッコイイよ)
(わ、私は、蒼山くんなら
信用できるし、
一緒に暮らしたいなって思ってる。
……恋愛禁止でも我慢する)
(でもね、この飯田隆司とだけは絶対に
暮らしたくない!
だから、こいつを面接で落として、
私を受からせる
っていうのはどうかな?)
(……と、思っていることを
全部口に出せたら、
高校時代に蒼山くんと
一回くらいは話せたんだろうなあ……)
何、この子?
オレのことすっげー
にらんでるけど。
なんで怒ってんの?
怒ってません!
……いや
怒ってるじゃん
えーと、続けてもいいですか?
はいはーい、どうぞどうぞ!
私の色んな想いなんか無視して、
二人は淡々と面接を進めていった。
(はあ……。
この先どうなるんだろ、私)