駿河音耶

来たか、恵司

駿河恵司

どうだ音耶、順調か

駿河音耶

順調だったらお前はそこに居ないだろうな

駿河恵司

確かに

 事件現場に入るなり、楽しそうに手を振る恵司に音耶は不満げな顔で答える。恵司は遠慮するつもりもないとばかりに周囲を見渡したり、捜査官の手の資料を盗み見たりとやりたい放題を既に始めていた。

駿河音耶

恵司! ……ったく、資料ならお前の分も用意してある

駿河恵司

マジ? さっすが音耶たん準備良い!

駿河音耶

お前の求める画像も付けてある。お前用だからな、配慮なんて一切ない画像だ

駿河恵司

無修正とか本当流石としか言いようがないわ! さーって、どんな肢体、じゃなくて、死体かなっと

駿河音耶

恵司

駿河恵司

言われても自重はしないぞ

 パラパラと資料を捲り、お目当ての写真――即ち被害者の遺体写真を見つけた恵司はぴたりと動きを止め、暫し無言で静止する。何かに気付いた音耶がそっと恵司に何かを耳打ちすると、恵司は資料を音耶に預けスタスタとどこかへ行ってしまった。その姿にその場にいた殆どの者は、流石の恵司でも気分を悪くする遺体であったなと勝手に納得するが、耳打ちした本人である音耶と恵司を良く知っている埴谷は全く異なる意味で頷いた。

埴谷義己

音耶、お前もか?

駿河音耶

兄と一緒にしないで頂けますか、それに下世話な話です

埴谷義己

確かにな、すまない

 そんな警察と探偵のやり取りを見ながら楽しそうにしているのはハロルドである。彼女の頭の中ではもう何度双子が絡ませられたのだろうか。妄想の海の中の彼女を引き戻したのは当の双子の片割れであった。

駿河音耶

ハロルドさん

ハロルド・グリーティング

What!? Oh,ドドドドーシマシタ!?

駿河音耶

そんな驚かせるようなことはしていないつもりですが……もう一度、お話を聞かせて頂きたいので、署の方に足をお運び願います。担当のものがお送りしますので

ハロルド・グリーティング

ま、マタデスカ?

駿河音耶

ええ。……申し訳ありません。ですが、ご安心ください。私の兄はああですが、頭は悪くありませんから

 その言葉にハロルドは頬を紅潮させる。普通であればそれは音耶その人に好意を持った瞬間であるのだろうが、彼女の場合は音耶と恵司の役回り、即ち“受け攻め”が確定した瞬間である。頬の紅潮は恋愛的な意味ではなく、萌え、という奴なのである。

ハロルド・グリーティング

Thank you very much......! 探偵サンの事、信ジマス!

 後に署で彼女から話を聞いた刑事によると、ハロルドは終始夢心地のような表情で、話などまともに聞けた状態ではなかったという。

 暫くして戻ってきた恵司は改めて書類に目を通し始める。その眼差しは真剣そのもので、比較的珍しい恵司の姿にこのネクロフィリアの探偵ですら嫌悪する猟奇事件を許さないとやる気を出し始める捜査官もちらほらと見受けられた。しかし、実際の所の理由をはっきりとしっている男性二人はなんとも言えない表情で目線を交わし、小声で会話をする。

埴谷義己

……所謂、賢者モードだな

駿河音耶

ええ。真面目になってくれるのはありがたいんですけどね……

 そんな埴谷達の言葉を知ってか知らずか、恵司はぱしぱしと資料を叩いて埴谷に問う。

駿河恵司

ここに書いてあることは本当か? 彼女から死体の発見は二日前だと聞いたが

 確かに、恵司が指した場所には死体発見は昨日の夜と記されている。資料によれば、被害者は花野利里、8歳。ハロルドの自宅であり英語教室を開いているこの家の冷蔵庫から切断された頭部のみが発見される。発見された場所が場所だったため、死亡推定時刻は不明。更に、被害者の胴体は未だ見つかっておらず、捜索中。
 ハロルドが依頼人として恵司に話した分では、確かに彼女は遺体発見は二日前だと言っていた。しかし、埴谷は恵司の言の方がおかしいとばかりに反論する。

埴谷義己

よくも考えてみろ、二日前に遺体があったとして、何故通報しない。普通の人間ならばこんな事件、すぐに警察に連絡するだろう!

駿河恵司

だったら、この証言の食い違いは何だ。まさか記憶違いでしたで済まされるものでもないだろう

埴谷義己

……ならば、どちらかが嘘ということになる。嘘を吐いた理由は分からんが

駿河恵司

…………

 すると、恵司は黙り込み、顎に手を掛けて何か考えるようなしぐさをする。小さく口が動いている辺り、また整理したい出来事をぼそぼそと口に出してしまっているのだろう。
 この場に彼女が居ない以上、それを確かめることは出来ない。恵司は彼女が確実な真実を語るのに必要なピースを、ゆっくりと頭の中でくみ上げていた。勿論、未だ足りないピースは有れど、埋めなければいけない場所を整理するのが最短距離だという事を恵司とて知っている。久々の魅力的な遺体のためにも、しっかりと考えなければ。
 ……と、思い出した途端に恵司は再び姿を消す。音耶は頭を抱え、兄の特殊性癖を恨むばかりだった。

第四話 ② 魅力的な肢体

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