唐突に鳴るチャイム。恵司は何事かとソファから体を起こした。時刻は丁度昼頃で、微睡みに体を任せていた恵司としては大変不都合な出来事である。
 

駿河恵司

はい、どなた?

ハロルド・グリーティング

探偵事務所とお聞きシマシタ

 ドアを開け、恵司が眠気眼のまま来客を見ると、それは若い女性であった。そして、若干イントネーションのおかしい彼女の一言でそう言えば自分は探偵だったかと漸く自覚する。何しろ、彼のそれは趣味の範疇であって仕事としてやる気などほとんど皆無に等しかったからだ。

駿河恵司

……依頼って事ですか?

ハロルド・グリーティング

個人的に聞きたい話もあるんデス

 別に彼女とは初対面ではあるというのに、話とはいったいなんだろうか。そう思いながらも彼女を中に通し、先程まで自分が寝ていたものの向かいのソファに座らせる。アンティーク調の恵司の自宅によく合う、上品な格好の女性はにこりと笑って名乗る。

ハロルド・グリーティング

Hallord・Greetingデス。Please call me "Hello".……チョット日本語苦手デスガ、探偵さんは英語出来マスカ?

駿河恵司

ハローさん、ですか。ああ、俺は駿河恵司って言います。……ソーリー、アイキャントスピークイングリッシュ

ハロルド・グリーティング

I,see.では、私頑張りマス。私、家で英語教えてマス。そこの生徒、いなくなりマシタ。私のとこ、来る途中デス。それ、一週間前

駿河恵司

失踪、って訳ですか?

ハロルド・グリーティング

Yes.そして、二日前、いなくなった子、見つかりマシタ。首だけデシタ。体無いデス。見つかったの、私の家の冷蔵庫。怖くて、冷蔵庫変えマシタ

駿河恵司

……すみません、こう言っては何ですが、警察に相談されては?

 恵司がそう言うと、ハロルドは悲しそうな表情で首を振った。

ハロルド・グリーティング

もう、やったデス。そしたら、警察、私疑ってマス。当たり前、分かりマス。でも、私じゃナイ。そこで、私警察の人話してるの、聞イタ。前に、スルガという人のお兄さん、難しい事件をすぐ解決シタ。私、警察に聞イタ。メガネの人、答えてクレタ

駿河恵司

……埴谷だろうな……人の個人情報を何だと……

 恵司が頭を抱えた時、彼の携帯電話が震える。ハロルドに一声かけ、電話に出るとそれはタイミングの良過ぎる相手からの連絡であった。

駿河音耶

済まない恵司、少し手を貸してほしい事件だ

駿河恵司

……もしかして、外国人がやってる英語教室の生徒が殺されて首が冷蔵庫に入ってたっていう事件か?

駿河音耶

お前、超能力者か何かか……?

 音耶の返答に、恵司は大きくため息を吐いた。

駿河恵司

埴谷が俺のとこに彼女を紹介したんだってな。ハローさんとやらなら今傍に居るぞ

駿河音耶

つまり、俺が抵抗しようと結局お前が介入して来たって事か。埴谷警部も随分と狡猾になったな

駿河恵司

俺としては被害者が女の子であれば意気揚々と受けに行くんだが、被害者の性別は?

 隣に被害者の先生である女性が居るにも関わらず、何の躊躇もないその質問に音耶はため息を吐く。しかし、これがいつもの彼であり、最早指摘する気も失せた音耶は何も言わず答えてやった。

駿河音耶

ご期待の通り、少女だ

 仕方ないというように答えられたその言葉でも、恵司はお構いなしに喜んだ。ひゅうと口笛を鳴らすと、思い切り笑顔を作って楽しそうにハロルドに声を掛ける。

駿河恵司

その依頼、受けましょう

駿河恵司

それで、個人的に聞きたい話って、一体何だったんです? 申し訳ないですが、初対面ですよね?

ハロルド・グリーティング

ああ、ソウデシタ! 駿河サン、弟サンが警察官なのデスヨネ?

駿河恵司

ええ、まぁ。貴方が俺の話を聞いたのも、そのせいでしょう。俺が警察の仕事に介入してるのはそういう都合っていうのもありますから

ハロルド・グリーティング

フムフム……。仲良さそうデスネ!

駿河恵司

そうですね。それなりに仲がいいとは思いますよ

ハロルド・グリーティング

それじゃあ、お年が近いんデスネー?

駿河恵司

言っていませんでしたか。俺達、双子なんですよ。親も見分けがつかない程度なんですけどね

ハロルド・グリーティング

Twins! Oh,it couldn't be predicted.......I see,I understood.......

駿河恵司

……?

ハロルド・グリーティング

OK! 大丈夫デス! 弟サンのことちゃんと見るの、楽しみデス!

 何も理解出来ていない恵司に構わず、ハロルドは小さく堪えきれない笑いを零す。探偵と警察官が双子で、彼女の見る限り美形である兄と彼に瓜二つらしい弟。日本の漫画やアニメが大好きな彼女の頭の中では、もうすでに歪んだ妄想が完成してしまっていたのだったが、恵司はそれを知る由もなかった。
 もっとも、それを知ったところで彼が意味を理解出来るかどうかは別であるし、仮に彼らが美形でなくとも、彼女には兄弟であるという事実だけで十分ではあったのだが。

第四話 ① 妄想好きの婦女子

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