人生を儚(はかな)むなんて言葉をたまに聞くけど、
俺にはそれがわからない。


 だってこの世界はこんなにも希望で満ち溢れていて、
俺はずっと不幸なんて言葉とは
無縁の人生を送ってきたのだから。



 そんな俺にだって、
たまに見るドキュメンタリー番組なんかで、
不幸な生い立ちの人達を見て
『可哀想』と思うことはある。


 だけどそれが夕飯の話題に上るのがせいぜいで、
俺にはどうする事も出来ない。



 正義感の強い奴からして見れば、
俺の考えは無責任にも映るだろう。


 でも現実としてどうだ?
俺達がいくら『可哀想』と連呼した所で、
やれる事はたかが知れている。


 それが今の俺達の現実なんだ。


 そんな中二病のような反発心を持ちながらも、
コンビニのレジの横に有る募金箱に
お釣りの小銭を入れているあたり、
俺って矛盾しているのかな……。

 受験勉強の間にそんな屁理屈をこねていた
中学時代を経て……俺は、高校生になった。


 大した勉強もせずに楽々合格して、
入学後にただなんとなく過ごしているだけで
新しい友達もたくさん増えた。



 高校に入ってから出来た友達が、
やたら可愛い子と話していて……。
『お近づきになりたいな』なんて思っていたら
あっさり紹介してもらったりもして。


 俺の人生初の彼女が、
何の努力も無しに出来ちゃったのもこの時だった。


 俺、『瀬海平和(せかい ひらかず)』の人生は、
順風満帆かのように思えた。



 ところがある日、
彼女の『滝岡(たきおか)めぐり』から
突然別れを切り出されたんだ。


 必死になって引き止めたが、
理由も告げずにめぐりは俺の前から去って行った……。


 幸い俺には、そんなツライ事を
忘れさせてくれる友達がたくさんいる。


 みんなで集まって馬鹿騒ぎしている内に、
めぐりの事なんて忘れてしまっていた。

 そう、いつまでも過去を振り返っていても
仕方が無い。


 だから俺が、
1ヶ月前に別れためぐりに電話をかけてしまったのは、
未練からじゃないんだ。


 携帯のアドレス帳を整理していたら、
めぐりの名前が目に入ったから、
ただ思い出しただけなんだ。


 ……言い訳じゃないって。

 6コール、7コール……。
呼び出し音の数を心の中で数えながら、
『10コール鳴らして出なかったら、電話を切ろう』と
思っていた。

 8コール目……。
非通知にしてまで、俺は何をやってるんだ?
大体よく考えたら、
非通知の着信に出る奴なんているわけないじゃないか。

 もう、コールするのはやめよう……。
そう思って、9コール目の時に電話を切ろうとした時。

滝岡めぐり(たきおか)

……はい?

 ……そうだった。
めぐりは非通知の電話でも、
ためらい無く出る奴だった。


 俺は息を吸い込んで決心すると、
めぐりにこう言った。

瀬海 平和(せかい ひらかず)

ぱ、パンツの色は何色なのかな


 鼻を摘んで、俺だとわからないように
声色も変えたしバッチリだ。

滝岡めぐり(たきおか)

……ひらかずくん、
平和くんでしょ?

……なぜ一発でバレる。
俺は冷静かつ論理的にこう答えた。

瀬海 平和(せかい ひらかず)

違います。
私はそのような高貴な者では御座いません

滝岡めぐり(たきおか)

高貴……誰が?

瀬海 平和(せかい ひらかず)

瀬海平和様の事でございます

滝岡めぐり(たきおか)

……私、名字まで
言ってないんだけど



瀬海 平和(せかい ひらかず)

…………


 しまったああぁぁ!!!
恥ずかしい、これは恥ずかしすぎる。


 自分の彼女ならまだしも、
別れた元カノに非通知で変態電話。


 これはもう、
ストーカー扱いされても仕方ない状況だ。


 仕方ない、素直にきちんと説明しよう。
開き直ったりしたら、
余計に話が混乱するに決まっている。


 俺は一つ咳き込んで、めぐりに話し始めた。

瀬海 平和(せかい ひらかず)

あー、違うんだ。
めぐり、これは……

滝岡めぐり(たきおか)

あははっ、わかってるよ。
照れ隠しなんでしょ?

 うっ……。
その通りなんだが、
図星を刺されると癇(しゃく)に障る。

瀬海 平和(せかい ひらかず)

どうして俺が、
照れ隠しなんてする必要があるんだ?

滝岡めぐり(たきおか)

えっ、違った?

 電話越しでも、
目を丸くしている様子がわかるような声だった。
照れ隠しだっていう、確信があったんだろうな……。


 とにかく、何か適当な言い訳をしないと。

瀬海 平和(せかい ひらかず)

めぐりにかけたのは間違いで、
本当は別の番号にかけようと……


 俺の言葉を皆まで聞かず、めぐりは呟いた。

滝岡めぐり(たきおか)

だとしたら……

瀬海 平和(せかい ひらかず)

はい?

滝岡めぐり(たきおか)

冗談とかじゃなくて、
本気で誰かに変態電話を
かけようとしてた……ってこと?


 なるほど、そういう事になるよな。

瀬海 平和(せかい ひらかず)

ああ、その通り……って、違う!
断じて違う!

滝岡めぐり(たきおか)

違うの?

瀬海 平和(せかい ひらかず)

違うに決まってるだろ!

滝岡めぐり(たきおか)

……本当に?

 ま、まずい……。
めぐりが本気で疑っている。


 素直に説明するつもりが、
一体どうしてこんな事になったんだ?


 すると焦っている俺の心を見透かしたかの様に、
めぐりの笑い声が聞こえてきた。

滝岡めぐり(たきおか)

あはは、相変わらずだね。
なんか久し振り、
こうやって平和くんと話して笑うなんて

 幸運な事に、めぐりは全く怒っていないようだった。


 この分なら、
明日からも毎日パンツの色を聞いても……。


 いやいや、そうじゃないだろ俺。
もっと何か言うべき事が有るんじゃないのか?

瀬海 平和(せかい ひらかず)

めぐり……。
その、元気にしてたか?

滝岡めぐり(たきおか)

ううん、全然


 めぐりの沈んだ声を聞いて、俺は慌てた。

瀬海 平和(せかい ひらかず)

風邪か?
それとも怪我か?
あ、もしかしてイジメられてるとか……

滝岡めぐり(たきおか)

ちーがーうーよぉ。
体は健康だし、
友達とも仲良くやってる

瀬海 平和(せかい ひらかず)

じゃあ……


 俺は期待に胸を膨らませて、
ゴクリと唾を飲み込んだ。


 まさか、めぐりの元気が無い理由は……。

滝岡めぐり(たきおか)

私が元気でいられなかったのは……。
別れてからずっと、
平和くんの事を考えていたから


 信じられなかった。
別れようと言い出したのは、めぐりの方だ。


 この際だから認めるが、
めぐりに未練が無いなんてのは嘘だ。
自分の気持ちに嘘をつく事で、
この1ヶ月間をやり過ごしてきたんだ。


 言うなれば今というこの一瞬が、
俺が待ち望んでいたチャンスなんだ。


 ……よしっ、自分の気持ちを言うしかない!
また、めぐりと付き合いたいんだっていう
気持ちを!!


 俺は意を決すると、口を開いてこう言った。

瀬海 平和(せかい ひらかず)

今更何言ってるんだよ、別れたいって言ったのはそっちだろ


 ……ああ、自分の天邪鬼な性格が嫌になってくる。
でも、めぐりの気持ちを確かめずには
いられなかったんだ。

滝岡めぐり(たきおか)

だって私の事、
もう好きじゃないってわかったから……

瀬海 平和(せかい ひらかず)

……どういう意味だよ。
俺がいつ、そんなこと言った?

滝岡めぐり(たきおか)

私、見たんだよ。
バレンタインの日……。
平和くんが、他の女の子から
チョコ受け取ってたの


 バレンタイン?


 俺が、普段使わない頭をフル回転させている間にも、
めぐりは話し続けた。

滝岡めぐり(たきおか)

私……平和くんから打ち明けてくれるのを
ずっと待ってた。
でも平和くんは何も言ってくれなくて……。
だからね、別れようって言ったんだよ

 めぐりの言葉を黙って聞いていると、
段々と記憶が蘇ってきた。


 ふたりが付き合いだして、
初めて迎えたバレンタインデー……。
あの日から、
なんだかめぐりの態度がよそよそしくなったんだよな。


 原因がわからないままでいたら、
確か4月の終わり頃に別れようと言われたんだ。
まさか、バレンタインが原因だったなんて……。


 それにしたって、バレンタインデーに俺が
めぐり以外の女子からチョコをもらったって?
俺はそんなにモテる人間じゃないはずなんだが……。


 すると、俺の脳裏にある事がよぎった。
……そうか、あの事か。

瀬海 平和(せかい ひらかず)

バカ、あれは俺から渡してくれって頼まれた、別の男宛てのチョコだよ

滝岡めぐり(たきおか)

うそ……

瀬海 平和(せかい ひらかず)

嘘じゃねえよ。
なんだったら明日、
その女子を呼んで証言させてもいいぜ

滝岡めぐり(たきおか)

だって、だってそんな、
漫画みたいな思い込みして別れたなんて……
私、バカみたいじゃない

瀬海 平和(せかい ひらかず)

みたいじゃなくて、
バカそのものだろ?

滝岡めぐり(たきおか)

ひどーい!


 そうして、ふたりで声を揃えて笑った。


 楽しかった。


 俺にはやっぱりめぐりが必要で、
めぐりも俺を必要としてくれる。
それをわかった事が、こんなにも嬉しいなんて。


 これが、3日前のめぐりと俺の会話。
くだらないすれ違いから別れた俺達は、
くだらない電話一本をきっかけに、
また付き合い始めたんだ。


pagetop