庭師

Toy-Set……

庭師

Fight On!

奇妙な仮面! 奇妙な声! 

だが特筆するに値せぬ!

シンプルで力強い二つのパッション!
 
少年と少年の思いが!

ぶつかり合うこの瞬間!

世界とはただ彼らのみ!

ゲンペイ

行けェ! 俺のイエローバルバロイ! 

高速回転する黄衣の機械が疾走する!

 プレジャー・アソシエイツ社製のトイ

「スピンソード」の攻撃型スピンソード

『イエローバルバロイ』だ!

独自のカスタマイズが施された

黄の狂戦士!
 
少年の声に呼応!

勇壮極まる突進を行う!

アルテュール

天を舞おうか、ピュアプリンス。

 イエローバルバロイの突進は空を斬る!

 敵は空中に逃れたのだ。

 イエローバルバロイの敵

ピュアプリンスは

飛行能力を持つスピンソードだ。

いや! 違う! 照覧あれ!

 ピュアプリンスはスピンソードではない!

スピンソードはコマから発展した21世紀のトイだ。

プラチナブロンドの貴公子

瀟洒流麗な紡錘形の姿態は

前後三つの車輪に支えられていた!

どうしてこれをコマと呼べよう!?

アルテュール

いいよ、ピュアプリンス。

 ピュアプリンスは

RWエンターティメント社製のトイ

「アースピーダー」の

トリック型アースピーダーである!

アースピーダーはモーター付きミニカー!

紡錘形であることに個性を持つトイだ!

今ここでアースピーダーの歴史


――さまざまな者たちの

さまざまな思いに彩られた

短いが示唆に富む叙事詩――


を語ることもやぶさかではない。

 だが! 我々は!
 
 より目を見張るべきものを知っている!

イエローバルバロイとピュアプリンス

それらを駆る二人の少年の闘いだ!

 主の讃意を受けたピュアプリンスは

重力に従い地を目指す。

 舞踏の優雅さを忘れず

 闘争に欠くべからざる緊張と共に!

アルテュール

さあ! フィナーレだ!

 ピュアプリンスの落下予測地点!

イエローバルバロイの勇姿があった!

刹那の後

イエローバルバロイは踏みにじられる!

ハードトルクモーターの力で回転する

 横走りの溝峻厳なるグルーヴタイヤ!

 イエローバルバロイを地に叩きつけ

あっぱれ!

ピュアプリンスは凱旋走行!

ゲンペイ

進めッ! イエローバルバロイ!

ああ! 何故そう声を張り上げる!?

ゲンペイ

攻撃を外したなら! 外し切れェ!

もはや抵抗は無意味!
 
お前はただ

残心する貴公子の踏み台でしかないのだ

イエローバルバロイよ!

アルテュール

ああっ!

否! 否! 否!

獰猛なる者は典雅の作法をわきまえぬ!
 
狂戦士は常法の負けを知らぬぞ

ピュアプリンスよ! 

ゲンペイ

でかした! イエローバルバロイ!

狂戦士は必殺の一撃をかわした!

思惟も迷いもなく猛進したがゆえに!

回避の鮮花を咲かせた狂戦士は

ただ本願を目指し猛進する!

我が身を叩きつけ敵を討つ!
 
ただそれゆえの猛進ぞ!

アルテュール

飛ぼう、ピュアプリンス!

 ピュアプリンスは

一転して追われる身となった。

加速する!

だがそれだけではかわしきれない。

 ゆえに天へ。

跳躍機構が再度役目を果たし

貴公子を天へと導いた。

ゲンペイ

へっ、その場しのぎかよ。

イエローバルバロイ突進!

当たらない!

しかし想定の内だ。

トイもトイファイターも

毛ほども心を揺らさない!

ゲンペイ

あせるなよ、イエローバルバロイ。
落ちたところをやれ!

いかに無垢なる貴公子とても

天にとどまる術はない。

その身は天使にあらざれば!

アルテュール

止まるな! ピュアプリンス!
再び天へと舞い戻れ!

 地に足をつけるかつけないかの内に

跳躍機構が再度働く!

貴公子は再び天を目指す!

塵に還るがさだめとしても

今はまだ!
 
まだ!

地に伏すわけにはいかぬのだ!

ゲンペイ

奴を逃すなァ!

アルテュール

フーガも美の一つ! 天にて立ち直れ!

狂戦士の突進!

貴公子をしたたかに打つ!

アルテュール

こらえろ、ピュアプリンス……!

横転する貴公子!

瀟洒にして流麗なるその身!

なれども

ピュアプリンスはアースピーダー!
 
タイヤを地につけざらば

動きえざるがさだめなり!

庭師

Fight Over!

再びの奇妙な声!

打ち鳴らされるゴング共に!

庭師

The Winner is……

庭師

獅子狩ゲンペイ&Yellow-Barbaroi!

奇妙なれどもよく通る声!

もし、この闘いが常の世に行われる

競技であったなら!

観衆の歓声がどよもすことであろう!

ゲンペイ

やったぜ!

アルテュール

うーっ……くやしいなあ……

だが音に聞こえるは仮面付けたる審判と

相対する二人の少年の声のみ。

ファイトフィールドの外側にて

独白やささやきが

わずかにかわされるものの

歓声と言うには程遠い。

庭師

Children & Over Children!

仮面の審判が呼びかける先は空。

スポンサーも子供たちも、

それどころかカメラの類さえない。

ネットワークで地球を覆いつくし

星々にさえ手をかける人類。

その科学を持ってしても

この場所の理法を明らかにすることは

未だできていなかった。

庭師

今夜のトイファイトはこれにて終了! 
子供たちよ、己が夢に、夢無き眠りに、思うがままに泳ぐがいい! 悪夢の淵に沈まぬよう、微弱ながら私は祈っている。

トイファイトが行われるこの空間は

夢の一種とされている。

通常

ここを知覚する者は

皆眠っているからだ。

だが

普通の夢とは異なる点もある。

複数人が同時に知覚できること。

意識的に行動できること。

出来事を記憶できること。

いずれも現と同じように。

庭師

かつての子供たちよ、子供たちの眠りを妨げるな!
我が手足は短く、世界を掌中に掬するには程遠い。なれどまったくの無力ではない。
心せよ! かつて子供であった者たちよ!
私たちは君を見た。
私たちは君を見る。
私たちは君を見守り続ける。
善悪を己が手でしかと選び取れ。
心せよ、かつての子供たち!

そして

知覚できる者のほとんどが

十五歳未満の少年だということ。

例外として

いくらかの少女たちと

ただ一人の青年がいる。

庭師

では、またの夜に!

青年は仮面をつけている。

「オネイロスの庭師」を名乗り

子供たちが好きなあだ名をつけるのを

許している。

この空間

――各言語で

「夢の庭」

に相当する語で呼ばれている――

においてトイファイトの審判、

現世への映像中継

その他子供たちの夢と眠りにおける

諸々のことを行っている。

アルテュール

はぁ……

ゲンペイ

これっぱかし負けたくらいでへこんでんじゃねえよ

アルテュール

うん……

ゲンペイ

名前は何てんだ? 俺は獅子狩ゲンペイ

アルテュール

僕はアルテュール。アルテュール・マリー・ド・プランスピュール。

ゲンペイ

またトイファイトしようぜ、アルテュール。

アルテュール

うん! 獅子狩くん。

ゲンペイ

俺の勝ちは動かないだろうけどな

アルテュール

いい気にならないで。 
次は僕が勝つんだからねー。

ゲンペイ

そうかい。んじゃ、おやすー

アルテュール

うん、おやすみなさい……

ゲンペイは夢の庭から去った。

ファイトフィールドの外側にいた

ギャラリーたちも。

アルテュール

ピュアプリンス……

アルテュールは一人

ピュアプリンスを走らせる。

ご覧になったように

トイファイトは

トイとトイの異種格闘技戦。

想定外の遊び方であるがゆえに

トイの負担も大きい。

トイを壊しやすいがゆえに

現世でのトイファイトを

庭師はやんわりと戒めている。

だが夢の庭は

現の世界ではない。

身体は本当の身体でないし

トイも現世のトイとは似て非なる。

トイを夢の中に編み上げたもの

トイファイターの思い出、思い入れ

トイにまつわるもろもろの表象だ。

どれだけ過酷なトイファイトでも

たとえトイが砕けてしまったとしても

寝て起きれば元通り。

トイファイトになれてきた

アルテュールには

当たり前のことだった。

アルテュール

ピュアプリンス……僕はもっと、君をうまく使いこなしてみせるよ……

アルテュールはピュアプリンスを

動作確認のつもりで

走らせているわけではない。

庭師

アルテュール、自分の眠りへ帰らないのかな?

アルテュール

審判さん……うん。ピュアプリンスと、しばらく走っていたいんだ。
だめかな?

庭師

もちろんいいとも。君が目覚めるまで、夢の庭は開かれている。

アルテュール

ありがとう……!

庭師

ただし、眠くなるまでだ。
今夜のトイファイトで君は疲れているはずだから、私は君の心を寝かしつけるよ、アルテュール。適当なところでね。

アルテュール

んー……ずっとやってたいんだけどな。まあいいや。眠くないしね。

庭師

そうは言っても、眠くなるものだよ、アルテュール。ヒトはそういう風にできている。
 それとも、眠りたくないのかな? 悪夢の淵が気になるの?

アルテュール

それもないではないけれど……

庭師

悪夢には悪夢の意味がある。なるべくならば少ない方がいい。でも、私の手は長くない。現世においては殊更に。仕方のないことの、一つだよ。

アルテュール

そうなの? いやだなあ……

庭師

さて! 暗い話はここまでだ!
ピュアプリンスと共にかけるといい!
アースピーダー用のコースを用意しようか?
それとも私と模擬トイファイトを行う?
君が見知った限りのゲンペイの動きを、
私は完璧にまねることができるよ。

アルテュール

どっちもいいです。

庭師

おや、もう眠いのかな、いい子のアルテュール?

アルテュール

ううん。今日の、この、ファイトフィールドを走りたいんだ。
今日のトイファイトを、覚えておきたくて。

庭師

そうか。

アルテュール

うん……

庭師

……ところでアルテュール、君はもうすぐ12歳だったね?

アルテュール

うん……そうだけど?

庭師

そうか。なら、疲れても、眠りたくないなら好きにするといい。
夢も現も時間は有限だ。
夢の庭に来ることのできる今を、大事にするといい。
そうすることで心の疲れが取れず昼間に眠ってしまうのも、たまには悪くない。

アルテュール

そっか。怒らないの……?

庭師

ああ。不完全な眠りは、よい眠りの価値を教えてくれる。何もできない昼間は、色んなことをする昼を際立たせる。
裏と表のある色々なことを、あるいは裏と表とは何かと言ったことを知るのはいいことだ。私より、君はきっと賢くなれる、アルテュール。

アルテュール

そうなの……?

庭師

ああ。約束しよう。
何かあったら声をかけてくれるといい。
私はここにいるから。
ピュアプリンスと走るのに飽きたら他の遊びをすればいいし、自分の眠りに帰ってもいい。今、夢の庭は君のものだ。

アルテュール

うん……ありがとう……

TOY'S EMPEROR 1  ~プレリュード~

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