――放課後。いつものように学校近くの公園で一人読書に耽っていた私は、どういうわけか「それ」に遭遇してしまった。
――放課後。いつものように学校近くの公園で一人読書に耽っていた私は、どういうわけか「それ」に遭遇してしまった。
はじめまして、アリス!
あの……私、そんな名前じゃないですけど
「くれあ」なんて日本人離れした本名の自分ではあるが、こんな間違え方をされたのは初めてだ。
ご、ごめんなさい、くれあ!
つい……!
私の名前を知っているということは、まるっきりの人違いというわけでもないらしい。
ただ、ウサギ耳の生えた人間なんて、私の知り合いにはいなかったはずだけど。
ええと、どちら様でしょうか……
僕はウサギです。
君を不思議の国へ招くべく、
女王様から遣わされたのです!
……はぁ
なるほど「不思議の国のアリス」か。
とはいえ、昼下がりに外で読書に熱中していた自分では、どちらかといえばアリスのお姉さんの気がする。
読書のお供だって、小難しい本よりもお花摘みに興味のあるような可愛い妹でもなんでもなく、電子書籍を溜め込んだタブレットが一枚きり。
私なんかでは、かのアリスのような無邪気さとは程遠い気がする。
というか、そもそもウサギはアリスに話しかけてきたりはしない。
ねえ、くれあ。
お願いがあるんです。
僕と一緒に世界を救ってくれませんか?
唐突かつ壮大すぎるお願いに、事態はさらにアリスの物語から遠のいた。いや、それ以前に――
さっき、「不思議の国に招くために来た」
とか言ってたような気がするんですが
ああえっと、あの!
それとこれは無関係じゃなくて、
とても密接な関係にある問題というか……!
どうも、このウサギがあわてん坊で支離滅裂という点だけは、かの童話らしいと言えなくもない。
ね、落ち着いて。
一からゆっくり説明してもらえます?
は、はい!
私がそう優しく話しかけると、ウサギは静かに深呼吸して、少しずつ思い出すようにゆっくりと事情を語ってくれた――
彼の拙い説明を要約すると以下のような内容だった。
この世には、パラレルワールドというものが無数に存在する。詳しく説明できるほどSFに明るくないので割愛するが、樹の幹に相当する『基本セカイ』に対し、多くの分岐や変質を経た『分岐セカイ』が枝葉のように生い茂っているらしい。
で、その『分岐セカイ』があまりにも増えすぎると、幹を腐らせてしまう可能性があるそうだ。
そういった基本セカイをを脅かす『分岐セカイ』を取り除く仕事に協力してほしい、というのが彼のお願いらしかった。
『不思議の国へ招く』云々は、その褒美。役目を果たしたら、素敵な世界で女王様の歓待を受けられるらしい。
ヴァルハラみたいなものだったら嫌だな……
優秀な戦死者の魂をもてなし、来るべき最終戦争まで彼らを繋ぎ止めておく、北欧神話における楽園。
そんなイメージが頭をよぎって、純粋に喜べない。
大丈夫。くれあなら、
きっと女王様に気に入られます!
そんな私の想像を知ってか知らずか、ウサギはのん気な顔で私に笑いかけてくれるのだった。
……でもまあ、いいですよ。
私で力になれるのなら、お手伝いします
本当!?
ありがとう、くれあ!
変なの。
確証なんてなにもないのに
なのに不思議と「大丈夫」という確信があった。こんな非常識でヘンテコな出来事のただ中にいる不安や疑念なんてどこかに消えていた。
残っていたのは未知の冒険に臨むことへの期待と好奇心だけ。
――思えば、この時すでに私は「不思議の国」にすっかり呑まれていたのかもしれない。
さあ行こう、くれあ!
僕たちの舞台へ!
アリスのための遊び場へ!
僕がどこまでも連れていってあげる!
……うん、よろしく
私は迷うことなく、差し出されたウサギの手を取っていた。
――その瞬間から、私は彼のアリスになっていた。