今より少し先の、いつか訪れるであろう未来。
 人間は神の領域を求め、はるかな太古より人間に似た姿の人形を造り続けてきた。
 神への儀礼として、精神の体現者として、神話の表現として、機械信仰の象徴として。
 いつの時代も、人は、人でないヒトガタを求め続けてきた。
 そして、その結果――完成させたのだ。
 自分たちに似た、『ドール』と呼ばれる人造の似姿を。
 容姿、仕草、発声、思考、協調性……その全てが、人間に似て、そして優れた形で彼らは現れた。
 数を増し、社会へと浸透していった彼らは――

 ――認識用の首輪をつけられ、その存在を監視される存在となっていた。


***

今度の世界科学博覧会、テーマが決まったみたいよ

 フェイリュアは手元のタブレットを操作しながら、相席に座る少女へ語りかける。
 映し出されているのは、活字がびっしりと表示された、新聞のような画面。硬く無感情に記された文章を眺めながら、さりげない口ぶりでフェイリュアは続けて呟く。

特にこの見出し、ステキだわ。考えた人間のセンスを疑っちゃう

 ころころと笑いながら、楽しそうに記事を読む。
 だが、その話を聞いている相席の少女は、なにも感じていないかのように表情を変えていない。

『夢の未来は科学の終わりに』、だって。まるで夢が未来みたい。夢は寝てみるものよね?

 見出しを指でなぞりながら言うフェイリュアに、相方の少女はようやく口を開いた。

フェイリュアはロマンチストね。タブレットで文字を読むだなんて

 一見まったく同じに見える容姿で語る少女は、声もフェイリュアとほとんど同じだった。
 ただ、異なるのは眼だろうか。フェイリュアの眼は、紅く文様が浮かび上がっているのに対して、相方の少女の眼は、人間そっくりなのに温もりより冷たさを感じさせる。
 そんな少女の視線を受けながら、紅い瞳を細めるフェイリュアはあくまで微笑んでいる。

仕方ないじゃない、レア。電子情報を受け取るのは容量制限があるんだもの。いわく、捉えられない情報は、恐ろしいってさ。……素直だよね

 高速転送技術の発展により、人間や動物を問わず、あらゆる情報は瞬間的に受け渡しができる土壌は整っていた。
 だが、彼女たちのような『ドール』の完成と、人間の意識を逸脱した文明発展により、あえて技術はローカルな部分に据え置かれているものも多い。
 人間の意識と倫理は、周囲の様々な変化をとりこめるほど、拡張することはできていなかった。してしまえば、それは人間ではなくなると、彼らは信じ込んでいたからだ。
 しかし、その余波が『ドール』にまで及ぶなんて――レアは、くだらないと思考してしまう。

科学の未来が死んで、人間の信仰がよみがえる。まあ、科学も信仰も大差ないのかもしれないけど

 魔術と神がよみがえったこの世界なら、もしかして夢も現実なのかもしれないが。
 今更、506987回目にもなる思考を想い返して、レアの声はトーンが落ちる。

けど、わたしたちにとっては同じじゃないわね

 悲観的なレアに対して、フェイリュアの物言いはとても陽気だ。
 その含んだ意味に、あまり違いはないであろうに、とレアは想うのだが。

だからまぁ、私達『ドール』くらいしかこの博覧会は行かないんだろうけどね

自分たちの明日のエネルギーが、いつ打ち切られるのかもわからないのに? ……のんきなものね

 テーブルにおかれたコップの縁をなぞりながら、レアは皮肉気に言う。

――また一人、亡くなったわね

だからこんな記事も、併記されちゃうんだろうねぇ

 タブレットをレアの方へ差し出しながら、フェイリュアは感心したように記事を見る。
 科学博覧会の記事の横には、ある議題の記事が上がっている。
 『ドール』に供給するエネルギーを製造する人力や設備を、『現人神』への奉納と儀礼化へと捧げるべきだ――そう主張する、議員や有識者の顔ぶれと共に。

この子も大きくなったよねぇ。『現人神』って、どんな生活してるんだろうね

言葉通りの意味じゃないかしら。神として崇められ、その力を施す

人間なのに?

……フェイリュア

 今の言葉ぐらいでは、首輪は反応することはないだろうとレアは推測するが、心配するに越したことはない。
 内心でなら、レアだって想っている。なぜ、人間は神にすがる時代へと帰ってきてしまったのか。それは、神の真似事で『ドール』を造ってしまったことに対する、無意識な懺悔なのか。
 レアは知っている。五百年も前は、人間の叡智の子たる『ドール』こそ『現人神』たる存在だったということを。
 科学の子として、未来の象徴として、レアは覚醒した。
 基礎プログラムだけをインストールされたレアの眼に映ったのは、彼女を賞賛する人々の瞳と、喜びの声。
 レアは想い返す。あの時、彼女の心は、喜びで満たされていた。あれから様々な出来事に関わり、文字と感情を一致させることができるようになってから、そう想えるようになった。

(でも、遠い、遠い……昔話)

 だがもう、あのような人々の熱気や瞳は失われた。
 『ドール』は今や、機械文明の遺産の一部として、ひっそりと残されているだけの存在にすぎない。
 むしろ――人間に似ている、という目的のために造られた彼女達は、創造主を越えたり誑かしたりしないよう、厳重な監視下で人間の模倣を続けることしか許されていない。
 首元にはめられた首輪は、その管理のために着けられているものだ。
 レアは想う。そんなに大事にしたいのならば、死体として保存すればいいのに、と。――だが、壊れることの自己選択を選べていない自分に、そんなことを言う資格もないのだろうと思考しているが。

時代が変われば、世論も変わる。残るほうが、いけないのね。時代を見る眼は、死んでいなきゃいけないのに

 五百年間、人間を見つめ続けてきたレアが語るのはそんな言葉。
 再び人は、神と信じる『現人神』を求め始めた。
 自分たちが人間であり、神にはなれないと。そう、想い込むために。

 あらゆる技術開発は延命措置や若返り、肉体改造や土壌開発などの技術を造り出し――その結果、人間とはなにか? とレトロな課題に彼らは囚われてしまったのだ。
 だから、神と呼ばれる偶像を選び出し、自らを人形と想いこむことで、人間という存在であろうとする。

まさに……形骸ね。あらゆる形を模索して、最後に残ったのは……人という形で、死ぬことだなんて

 神の依代として選ばれた存在が、人の理想として選ばれ続ける――だからこそ、永遠に姿を変えることのない偶像である、『ドール』は排斥されるのだろう。だが、その偶像崇拝のシステムに――人間と『ドール』、なんの違いがあるのだろうか。
 そう、レアは思考し、沈み込んだ表情をとる。
 しかし、同じ顔のフェイリュアの顔に浮かんでいるのは、どこか優しく見守るような微笑だった。

年をとると説教くさくなるのは、人間も『ドール』も変わらないねぇ

 造られてから五十年ばかりの時しかたっていないフェイリュアの人間観は、レアよりもあっさりとしている。
 レアは、彼女が時代を経験していないからだろうと感じる。
 人間だろうと『ドール』だろうと、その身から刻んだデータと、後付けでインストールされたデータは、やはり違うものだと思考するからだ。
 フェイリュアは、政府から公式に最後の『ドール』として認められた存在だ。
 彼女以来、人型の『ドール』は姿を消し、レトロな工業機械型の生産が主流になっている。だが、それはもう『ドール』ではなく、旧時代のロボットに似た形と言えた。

……あなたはどうして、そんなに楽観的なのかしらね?

 出会った時から、不思議な子だとは思っていた。
 自分と同じ顔、なのに、浮かぶ表情は割れた鏡のよう。自分の顔とは想えない。
 生まれた時に『現人神』として崇められたレアと違い、フェイリュアの立場は、すでにありふれた一体の『ドール』でしかなかった。
 むしろ、なぜフェイリュアは造られたのか、望まれてここにいるのか、レアには哀しく想うこともある。
 だが、フェイリュアは笑う。なぜ、彼女はそうも明るくふるまえるのか。

造られたってだけでも、凄いことじゃない。恨み辛みで過ごすなら、できる甘みですごしたいわ。たとえ、壊されちゃったとしてもね

……そう。未だに科学の未来を信じているなんて、フェイリュアはアナログね

正確には、私たちの未来ね。だから、博覧会のことなんだけどね

 レアに記事を差し出すフェイリュアの瞳は、ガラス玉と思えぬほどに生々しい。
 紅い刻印がにぶく輝き、機械である証を示しているのに、惹きこまれる。
 生き生きとしたその瞳は、機械らしい冷たさと妥協に満ちた、自分のものとはどこか違っている。自分の方が、人間らしい瞳をしているはずなのに。

開催したら、もちろん一緒に行くでしょ? だってレアが案外にロマンチストなの、私、知ってるもの

 フェイリュアの瞳のまぶしさが、レアには羨ましい。

……ええ、いいわ

 だからこそ、その見ている世界を少しでも共有したいなんて、惑ってしまう。

排斥されてゆくわたしたちの世界が、どれだけ美しかったかを、見に行きましょう

 ひねくれたレアの物言いに、フェイリュアは苦笑しながら頷く。

じゃあ、時間と場所を決めて……申請しておかなくちゃね

 呟きながら、フェイリュアは手元のタブレットに予定を打ち込んでいく。管理害への外出には、手続きが必要だからだ。
 フェイリュアは手続きを終えると、テーブルに置かれた飲み物をとりこむ。
 冷たい身体に、温もりが広がるのを感じる。即効性のエネルギードリンクだが、感覚器官が感じる味を残してくれている。甘い匂いとともに、口内に広がり、溶けてゆく感覚。
 そんな穏やかな味わいが、フェイリュアはとても好きだった。

太るわよ

太らないよ~

 そんな言葉で、二人の一日は幕を閉じるのだった。

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