...何だ...今のは...

...きて...

...起きて...

......?

...起きて下さい...

...目を覚まして!!

...

!?

……。

……良かった。

このまま目を覚まさないんじゃないかと……。

本当に心配してたんですよ。

……。

誰だこの少女は……?

それにこの場所は……?

見知らぬ少女に起こされ、辺りを見回すと、全く見慣れない部屋とそこかしこに何の為のものなのかすら検討も付かないような、見たこともない機材とモニターが並んでいる部屋が網膜に映し出されていた。

……。

ゆっくりと上体だけ起き上がると、先程起こされた少女が何か物悲しそうな目でこちらの顔を覗きこんでいた。

……昨日は確か仕事から帰っていつも通り家のソファーで酒を飲みながら……、ニュースで墜落事故がどうとか……。

そうかそのまま……。

だとしてもここはどこだ?この少女は誰だ?
この状況は一体……。

寝起きの頭でゆっくりと状況を整理しつつ、現状を把握するべく思考を巡らせている間にも、しばしお互いの顔を見合わせたまま数秒が経過した所で少女が口を開いた。

あ、そうでしたすみません。
この状況を説明しなくてはいけませんでしたね。

第一に、私は地球人ではありません。
第二に、ここはあなたの居た地球ではありません。

あー、そういう事か。

私はリア。あなたのバディ(相棒)です。
訳あってあなたは偶然選ばれて、ここに連れて来られました。

おいおい。
週末だったからまだしも、誰だこんなくだらんメディア企画なんぞに他薦した奴は……。

身勝手な事というのも、無理を言っているのも承知です。
ですが、どうしても私と一緒に『ある目的』を達成して欲しいのです。

それが済めば、あなたの無事な帰還と身の安全は保証されているので、それだけは安心して下さい。

……。

参ったな、どうやって断ったものか。

お嬢ちゃん、お仕事中にすまないがカメラが回っている事も踏まえてあえてはっきりと言わせて貰うよ。

悪いが、この手の奴は不得手でね。たぶん期待には答えられないからスタッフの方も聞こえていたら中止にしてくれるかな?

はい、わかっています。
ですが、残念ながらこれは現実です。

ドッキリ……、ではありません。
そして本当に残念な事に、目的を達成する以外にあなたを開放する術を私は持っていません。

本当に……、ごめんなさい。

参ったな……、どうあがいても企画に参加させる気か。

ですので、これから私が説明する事を良く聞いて、なるべく理解する様に努めて貰えますか?

ここはそうだな……。

解った。

ありがとうございます。
本当に。

だけどその前にちょっと外でタバコを一本だけ吸ってきていいかい?

あ、はい。ですが建物の外には絶対に出ないで下さいね。
私はここでお待ちしてます。

ありがとう。じゃあちょっと行ってくるよ。

ドアは、これか……。
嘘をついたのは心苦しいが、このままおいとまさせて貰おう。

やたら重苦しいドアだな。
何かの研究施設跡なのか、或いはスタジオのセットなのか。

何にせよ一度外に出てみれば分かるだろうし、まずは現在地を確認するしかないな。

ふぅ、重たいドアだな。
まるで本物だ。

部屋の外へと出ると、そこには何もない廃工場のような、或いは工事途中のオフィスのような空間が広がっていて、辺りには人気も無さそうなほど静まり返っていた。

窓の外を見ると、日が陰っていてどんよりとした雰囲気な為に現在の時間帯もはっきりとしない様子だ。

曇ってはいるが日が出ているという事はだ、目覚める前より日付が変わってるのは間違い無さそうだ。

正面から堂々と出て行くのもマズいだろうし、とりあえず裏口から静かに行くとするか……。

辺りを再度注意深く見回し、それとないドアを発見すると、頑丈なドアの向こうに居る少女や、恐らく別フロアで待機しているであろうスタッフ達に気取られないよう、ゆっくりとドアへと向かった。

ドアから外へ出ると、建物の裏側らしき場所へと出てこれたようだ。
運良く裏口側にスタッフの配置はされていないようで、人影のようなものは見当たらなかった。

裏口で合っていたようだな、さてここからどうしたものか。

路地裏から見える景色も、建物の隙間から見える空も全く見覚えのない場所な上に、タバコを探す際にポケットを物色したがどうやら財布は没収されているようだった。
帰り手段を模索しつつタバコに火を付けながら逆のポケットを手探ると、幸いな事にスマホは没収されていないようだ。

電車代はまぁ、交番に説明すれば貸してくれるはずだ。
まずはGPSで現在地を確認しておこう。

……ん?

電源ボタンを押し、ロック画面を開いた所で違和感に気が付く。
電波状況を表すアンテナのアイコンにはX印が描かれ、電波が無い事を示している。

いくら路地裏だからといって、こんな街中で電波が届かないなんて今時あるのか?
とりあえず大通りまで出てからじゃないと話が進まないな。

そう次の行動指針を思案しつつ路地の先を眺めると、もう1つの奇妙な違和感にはと気が付いた。

暗くてはっきりとは見えないが、人通りの少ない場所なのか?
それにしたって静か過ぎる……。

車の排気音も駆動音も、人の喧騒や足音1つすら聞こえない……。
それどころか周りの建物からの室外機や換気音すらしない……。

人払いするにせよ、いくらなんでもこれは……。

奇妙な違和感の正体に感じられた極端な静けさに割って入るかのように、どこからともなくカエルの鳴き声のようなそうでないような音が路地裏に響いた。

腹の、音……?
俺じゃないよな?誰か居るのか?

先程まで無人だと思っていたこの場に、まさかそのような間抜けな音を響かせる潜伏者が居るとは考えにくいのだが、確かに腹の虫が鳴いたような音がすぐ近くから周囲へと鳴り響かせているように聞こえる。

……あっ?

あっ……。

突如として起きた現象に対しての理解と認識が追いつかない状態にありながら、ゆっくりと異変が起きた右手へと視線を落とす。
先程まで吸っていたタバコを持っていた側の手が、手首から先がぽっかりと消え、その喪失感を埋めるように手首の根本から赤い血が吹き出ていた。

…!!

食ってる…!?

気が付くと真横にはまるで大きないちごに腕を付けたかのような物体が地面から生えるように現れ、先程まで自身の腕の先にあったであろう人間の手を拾い上げ、顔なのか胴体なのかすら分からない悍ましいその体躯の、その真ん中に生まれた窪みへと押し込んでいく。
それが口なのかどうかも定かではないが、男の手がズブリズブリと飲み込まれ、骨を砕く何とも言い難い嫌な音が鼓膜へと響いてきた。

くっ、……ああッ!!

咄嗟に腕部分へと強烈な蹴りをかまし、正体不明の謎の物体との距離を稼ごうとした。
起き上がり小法師のような体躯のせいか、物凄い勢いで上体が仰け反ったそれは、根本が繊維の千切れるような音を立てて剥がれ、階段から転がり落ちていった。
一番下の地面に着くとそれは勢いを保ったまま壁へと転がり、まるで地面に落としたいちごのようにぐしゃりと何かが飛び散った。

……ッ!!何っ、だっ……、あれはっ!?

手首から滴り落ちる血を何とか少しでも抑えようと、もう片方の手で腕を押さえながら階段の手すりへと寄りかかる。
事態の把握がまるで追いつかず、脳は完全にパニック状態になり数秒感、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

企画?違う!本物だ!本物って一体何の!?化け物!?そもそも生き物なのか!?
何なんだ、あれは!!

無常にも滴り落ちていくかなりの出血量のお陰か、血の気が減って少し冷静になれたのか、少しづづ状況把握出来るようにと必至に脳をフル回転させる。

くそっ、冗談キツいぜ。
本当に右手から先の感覚が無ぇな……。

事態の深刻さを受け止めようと必死になるがそう安々と異常事態を受け止められる訳もなく、今はアドレナリンのせいか痛みは全くないが、これからやってくるであろう痛みにぞっとしながらも、どう適切に対処すべきかと今は必至に考えなければならない。
放っておいたら確実に失血死は免れられない。

早く中に入って下さい!!急いで!!

!!

この騒ぎに気が付いたのか、勢い良く開けられたドアから先程の少女が物凄い剣幕で飛び出してきた。

ああ、解った。

少女に抱えられながら二人はつい先程まで居たハッチのような重苦しく頑丈な扉で守られている部屋へと戻って行く。
そう、この扉はまさに彼らを守る為に存在していたようだ。

……。

……。

何故、説明も聞かずに出て行ったのですか?
そもそも私は外には絶対に出ないでとお願いしたはずです。

返す言葉も無い…。

……。

でもこれでちゃんと説明を聴いて貰えそうですね。
とりあえず私は敵でも化け物でもありませんので、安心して下さい。

悪かったよ。ちゃんと話を聴こう。
でもその前に救急車と応急手当を頼めるかな。

このままじゃ話どころか死んじまいそうだ。
勿論、この状況で頼めればなんだろうけど。

それならもう大丈夫ですよ。
ご自分の右手を見てみて下さい。

何を言って……?

……!!

視線を右手に落とすと同時に、自身で右手を無意識に持ち上げる動作を取っていたようだが、そこには無くなったはずの右手の感覚も目に入る姿形も元通りになっているではないか。

……は、ははっ、一体どれが現実で、何がどうなっているのかさっぱりだ。

夢でも見ているのか俺は?

いえ、確かにアナタの右手は一度消失し、そして全てが実際に起きている現実で、あなたの右手はたった今復元されたんです。

今から順を追って説明しますから、良く聴いて下さいね?

そこから彼女は淡々と長い説明を話始めた。
重苦しい空気と共に、簡単には受け入れがたいが先程の事といい彼女の表情といい、決して否定し切れない確かな何かがそこにはあった。

この星はその生息規模は小さいながらも、地球の人間達と同じような姿、文化文明を持ちながら地球よりも高い技術力の発展とそれに伴う豊かな暮らしと争いの無い日々を送っていたそうだ。
しかし、この星の面積に対して居住域よりも真っ先に深刻な問題として行き当たったのが【食料問題】だった。
この星に住む全ての人々に関係した大きな問題に対し、その解決案として3つの案が挙がり、それぞれを支持する派閥によって皮肉にもこの星で初めての対立を生む事となった。
しかし、争いを好まない彼らはそれぞれの派閥においてそれぞれの出した結論に対して邁進する事に集中した。
1つは文明を捨て、自然と共に最後までこの星と生きる集団。
もう1つはその高い技術力を駆使し、外宇宙へと向けた移民船団の結成。
そしてもう1つが『食べるものが無いなら、我々自身を食べればいいじゃないか』という考えを持ち出した人々だ。

1つ目の集団は街を捨てて、遊牧民となったらしい。
そして2つ目の集団が目の前にいる彼女たちの移民船グループ。

そして最後の集団が……。

その3つ目の派閥の成れの果てが、さっきの化け物って訳か。

はい、そうなんです。

彼らは自分たちのクローンを培養し、それだけを食べて生きていけるように自身のDNAに手を加えました。

しかし、集団全ての人間にその処置が済んてから暫くしての事です。
突如として彼らはあのような人成らざる姿へと変容し、人だけをただ只管に捕食する化け物と化しました。

まるでSF映画だな。

これが虚構であったのならば、どんなに良かった事か……。

そして遊牧民生活も、あまり現実的な話ではありませんでした。
はっきり言ってただの現実逃避、寧ろ今やほぼ確実に、生存者すら残っていないでしょう……。

そして争いを知らない彼ら移民船団は、その対抗手段も確立出来ぬままパニックの渦中でただただ捕食され続け、先日には彼女とその父親以外の生存者が残っている可能性すらも否定するかのような、心苦しいアナウンスが街に木霊したそうだ。
そこで、二人は彼女の父親が所有しているこの私設研究所に避難しつつ、この状況への対抗策を考えていたという。

それでその、キミの親父さんは今は一体どこで何を?

父は、つい先日死にました。
先程あなたが襲われていたあの赤い化け物に襲われて……。

わ、悪い。

いえ、寧ろこんなに早く仇を討って頂けて感謝しているくらいです。

本当に、感謝しています。

そうか、ならよかった……のかな?

はい。

そしてその彼の父が研究していた研究成果こそが、あの化け物達への唯一の対抗策だったというのだ。
そしてその具体的な対抗策というのがつまり、【彼女と俺】という事らしい。

だから、争いの方法を知らないこの星以外の、野蛮でいてかつ理性的な話の通じる生き物をゲストとして迎えたかったって訳か。

地球人類代表としては、何とも不名誉な選抜理由だな……。

そしてもう一つの秘策が......

このバディ・システムです。

……。

先程あなたの右手が再生されたのもこの力のお陰です。
召喚した私が、脳や心臓が消滅するといったよっぽどな致命傷を負わない限り、二人共多少の時間経過で肉体器官は元通りになります。

それってかなり自分達にキツいチート能力だけど、腕が無くなって治った直後な手前、感謝の気持ちの方が今は強いわ。

ふふっ、そうですね。

ですが、無事に任務を達成さえすれば、晴れてあなたは無事にこちらへと来る直前の地球へと送り還される予定です。

なるほど、俺は不死身の戦闘員兼キミを守るナイトになればいいわけだ。

はい、宜しくお願いしますね。

でもさ。

……。

それってもし俺が拒否したり、キミを守れなくて死なせてしまった場合には帰れないって事なのかな?

いえ、もし私が、或いは二人共死んでしまった場合でも、ノーリスクではありませんが任務を続行出来る方法があるので安心して下さい。

いずれにせよ、最終的にあなたの帰還は保証されています。
それに……。

あなたは絶対に誰かを見捨てたりするような人じゃ、ありませんから……。

そりゃどうも。

まぁでも、こうなっちまった以上はとりあえず最善の選択を心掛けたい所だしな。

それに、こういうのを漫画やアニメや小説で見せられて育った世代としてはな。

……。

ふふっ、そうですか。

それは知らなかったなぁ。

よしっ、じゃあとりあえずその任務って奴の内容を聞かせて貰えるか?

はい、また少し話長くなっちゃいますけど、大丈夫ですか?

それは仕方ないよな。構わない。
けど……。

!?

悪いんだけどさ、その前に何か食べるもの……ある?

……。

ふっ、あははっ、ふふふふっ、はい!

この壊れた世界を壊すのはアナタ ~序章~

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