約束した時間になり、合コンの居酒屋へと向かった。
こちらは4人、向こうも4人の組み合わせだったのだけど。
合コンと言っても、今日のメンバーは以前に会ったことのある子達だった。

あ、平野君だ。めっちゃ久しぶり~。元気にしていた?

というのは、大学に入学した頃にした合コンで初めて俺は千影に出会った。
つまり、彼女たちは千影の友人だったんだ。

……あぁ。久しぶりだね、大学でたまに会う程度だけど

何だ、皆は知り合いだったのか?

彼の恋人の友達なの。何で平野さんがここに?まさか……浮気とか?

してないし、するつもりもない

ちっ、顔見知り相手が合コン相手なことほど辛いことはない。
これが千影にバレたら俺の立場はかなり危ういのでは?

……頼むから喋らないでくれよ

ふふっ、それはどうかな? 平野君の態度次第かもよ

で、どーして千影の彼氏が合コンなんて来てるの?

俺が誘ったんだよ。こいつ、何か気分が沈んでるみたいでさ

西岡が機転を利かせてくれたおかげで俺はそれ以上追及されずにすんだ。

そーなんだ。千影とうまくいってないの?

……今度は別の追及が始まり、俺は苦笑いで誤魔化すだけだった。
そのあと、お酒を飲みながら皆と盛り上がっていた。

えぇー。あの教授の女ってそんなに若いの? 女子高生なんて犯罪じゃんっ

ホントだって。俺、この前、携帯電話で電話していたの聞いたんだよ

いやだぁ。ホントにそんな男の人っているの? 最低だよ

別の教授の方が最低だろ。連れ込んだの、可愛い系の男だぜ。変態だよ、変態

……それは引くわぁ。教授って変態趣味が多いものなのかしらね?

うちの教授の女性問題の話題で盛り上がってると、俺の携帯電話にメールが入っていた。

慧の家の前にいるんだけど、留守だよね。これから会いたい。どこにいるの?

千影からのメールにドキッとしつつ、俺は『友人と飲んでる』と返信する。

つまんなーい。勝手に家に入って待ってるから。早く帰ってきて

可愛い絵文字つきのメールに俺はクスッと笑いながら返事を返した。
彼女には合鍵を渡しているし、問題はないだろう。

何をにやけてるの? あっ、もしかして千影とラブメール?

そんなとこかな

ねぇ、平野君と千影って普段からどういう付き合いしてるの?

あの子って結構、我が侭な姫系じゃない。平野君のことは千影なりに信頼してるみたい

アイツとの付き合い方は大変だ、言葉で説明するのはさらに難しい。

……意外にああ見えて弱いところもあるんだよ。強気な顔から見せない可愛い一面。あれを見ちゃったらアイツにハマるって

うわぁ。惚気ほど好き? あの千影に弱いところなんてあったんだ

千影も乙女ってことかしら?

普段からツンツンしてる千影からは想像できないんだろう。
彼女たちも意外な一面に驚きながら笑いあう。
久しぶりの飲み会。
楽しい時間を過ごしていたら、再び携帯電話がかかってくる。
相手はもちろん、千影……時計を見るとメールから1時間ほど経っていた。

……そろそろ帰らないとうちのお姫様がご機嫌を損ねるか

トイレに行くフリをして電話に出てみる。

悪い、千影。もうすぐ帰るから待っていてくれよ

……

千影? 怒ってるのか? ……返事くらいしてくれ

電話に出てもまったく返事がない。
千影のやつ、相等ご機嫌がななめのようだ。

悪かったよ。すぐに帰ります、だから怒らないでくれ

……ぇっ……?

ん?何だ?

私、ずっと待ってるから……ゆっくりしてきていいよ

千影にしては低い声に違和感があるが、そう言ってくれるならありがたい。

そうか。悪いな、千影。帰りにコンビニで何か買ってきてやるから

そう言って電話を切ると、俺はみんなの元へと戻る。
テーブルに戻ると西岡をはじめ、それなりにグループが出来ていた。
この合コンは成功というところだろうか。

……アイツも誘っておけばよかったな

今さらながら、この場所に千影を誘ってみるのもよかったかもしれない。

ほろ酔い気分で俺が自分のアパートに帰ったのは夜の8時過ぎだった。
西岡たちは盛り上がったまま2次会へといってしまった。
女の子たちに今回の口止めはしておいたし、ちゃんとコンビニで千影の好きなお菓子を買ってきたので千影に怒られることはないだろう。
恋人のご機嫌取りは大変だ……。
アパートに戻ると、部屋の電気が消えていた。

……千影、帰ってしまったのか?

俺がドアを開けようとすると鍵は開いている。

千影、いるのか?

玄関には靴もあるのに……どうしたんだ?
真っ暗闇の室内に異変を感じて、俺は前へと進む。

千影?いるなら、電気ぐらいつけろよ

俺がリビングに入って電気をつけると、そこにはソファーに座る千影がいた。

……どうした。そんな格好で寝てると風邪引くぞ?

俺が声をかけると俯いていた千影はこちらをゆっくりと見上げる。
携帯電話を握り締めて、俺の顔を確認するやいなや弱々しい声を出す

……慧のバカっ

その言葉に驚いた俺は合コンに行った事がバレたんだと思った。
しまった、あの子達に口止めしてたのに……。
俺は慌てて、言い訳しようとすると、

何度も電話したのに……ひくっ……

嗚咽を漏らして、俺にすがりつくように抱きつく。
顔色は悪く、唇も青ざめている……身体も振るえが止まらないようだ。
俺はようやく、彼女の様子がおかしい事に気づいた。

千影……何かあったのか?

うぁ……ここを早く出たい

分かった。お前の家に行こうか

俺の部屋から出ようという千影に頷くと、俺はあきっ放しになってる窓に気づく。
窓を閉めようと俺が近づくと、千影は叫び声をあげた。

……やめて、そこはやめて!!

千影……?

うぅ……いやぁ……もう嫌っ!!

目を伏せて窓を見ないようにする千影に俺は疑問を抱きつつ、窓を閉めた。
このままじゃいけないと彼女を連れて、外へと出る。

……ぐすっ……慧っ……

俺が傍にいることに安心したのか涙を見せる。
今はこいつを部屋まで連れていくしかない。
俺の部屋で何があったって言うんだよ?

俺が彼女の部屋についた頃には、何とか泣き止んでくれた。
水を飲ませるとようやく落ち着いてくれた。
体調が悪いようなのでベッドに寝かせると、彼女はその“恐怖”を語りだす。

……女の人がいたの。窓の外に……こちらに顔を見せて笑っていたの

おいおい……それはないだろ?

俺の部屋の窓から見えたというならそれは幻以外にありえない。
2階の部屋から人の顔を見るなんて不可能だ。
似た噂は聞いたけど、あれは酔った人間の幻だ。

ホントだって!!ドンドンって窓を叩く音がして、変だなって思ってカーテンを開けたら……窓の外に白っぽい女の人がいたの

よっぽど昨日の出来事が滅入っている様子だ。
昨夜のあんな光景を見てしまったら、そういう恐怖を妄想することだってある。

……そうか。悪かったな、早く戻ってきてやれなくて

信じてないでしょ……私が嘘ついてるって思ってる?

信じてるよ。だから、今日はもう休め。千影は疲れているだろ

何で信じてくれないの!?私、怖くて、どうすることもできなくて……

語気は荒いが声は弱々しいままだ。
混乱気味になっている彼女は次第に俺へと八つ当たりする。

電話だって何度もしたのに出てくれない。……ひどいよ、慧

……何の話だ?電話なんて1回しか来てないぞ。それにあの時は、お前も電話に出て『ゆっくりしていい』って言ったじゃないか

えっ……? 何それ? 私、そんなこと一言も言ってないよ

どうも話が食い違ってる。
何が起こっていた?
俺は自分の携帯電話の履歴を彼女に見せた。

俺の携帯電話には1回しか来てない。電源も入れたし、圏外だったわけじゃない

嘘……? 何で? 私、怖くて助けて欲しくてあんなに電話したのに! 通話だって何度か繋がってた。それなのに慧は何も喋ってくれなかった!

俺は彼女の携帯電話の履歴を確認すると、そこには分刻みでずらっと俺への着信履歴が連なっていた……。
それだけじゃない、ちゃんと通話も数十秒程度だが記録されているのだ。

ほら……この時間、ちゃんと繋がってるじゃないか

俺がちょうど千影の電話に出た時間と重なる履歴を見つけた。

その時は繋がったけど、何も返事がなくてすぐに切れたの。私、何も言ってない

そんな……? それじゃ、あの時の返事は誰なんだ?

何か俺達に異変が起きているのは理解した。
千影が見たという女性の人影、そして謎の電話の声。
……何が起きているんだ?
俺は再び怯えて泣き始めた千影を抱き寄せて、慰めながら考えていた。
蜘蛛の巣に入り込んだ蝶々のように、その“影”はジワリと俺達に忍び寄っていた。

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