距離感というのは、とても難しい。

私たちは、物理的に隣あっているとして。

……心というのは、どのくらいの距離なのだろうか?

エーファ

……考えても仕方のない疑問だとは思っているけれど。

私たちは、賢いつもりで賢くない。

エーファ

答えのない問題に、答えを求めるなかれ。

迷宮に飛び込むようなものね。

そう教わったのは、何時だっただろうか?

エーファ

心の距離感など、考えたところで図りようがないのは当たりまえ。

……それはそうよね。定規で測れれば、苦労しないわ。

でも、疑問というのは自ずと生じてしまうのだ。

アレク

……

エーファ

はぁ。

隣の席の王様。

この人は、この方は。

エーファ

……きっと、この王宮で。

誰よりも遠くに心を置いているに違いない。

沈黙しきった王様。

テーブルの上に並べられていた紅茶は、すっかり冷め切っている。

……物音一つ憚られるような静かな沈黙。

アレク

……

エーファ

……

言葉のない二人だけの空間。

言葉にすれば、文学的だ。

それこそ、王様と婚約者ならば吟遊詩人が一幕の歌として歌ってくれることだろう。

エーファ

だけれども、往々にして現実というのは文学ほどに味わい深いものではない……か。

冷たい沈黙。

エーファ

……

ただ、ただ、冷たいだけの沈黙。

アレク

……

きっと。

エーファ

……

その態度が、答えなんだ。

無言のまま立ち上がり、傲岸なままにクルリと自分に背中を見せる『婚約者』様。

残されるのは、触れられもしない冷めたお茶。

……自分が淹れたものではない。

けれども、少し、寂しかった。

だから。

エーファ

陛下。

アレク

……何か?

エーファ

お茶が冷めてしまいました。

アレク

ん? ……ああ、である、か。

エーファ

お開きといたしましょう。

我ながらよく口にしたものである。

アレク

なっ!?

エーファ

お付き合い戴き、ありがとうございます。

片足を内側にゆっくりと斜め後ろへ引く。

もう片方の足の膝は軽く、そう、軽くまげる。

背筋は伸ばしたまま笑顔で挨拶を。

ここ数日のレッスンで叩き込まれたすべてが、この瞬間に結実していた。

我ながら、というべきだろうか?

エーファ

それでは、陛下。

お先に、失礼いたします。

きっと、お手本のように出来ていたことだろう。

第四話 冷めてしまったお茶

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