ほらっ! さっさと歩け屑共ッ!!


 鬼の怒声が鳴り響く。


 目隠しをされ視界を奪われた俺達は言葉に従い誘導に沿って歩みを続ける。


 時折木の枝や大きな石のようなものに躓きそうになりながら、時に躓きながらも怒声と共に鞭で叩かれ無理矢理立たされ歩まされる。


 恐怖という名の感情が俺達を支配していた。


 
 俺は立花《たちばな》大輔《だいすけ》。中小企業に勤める会社員で今年で三十を迎える。


 未だ童貞であり誕生日を過ぎれば見事魔法使い達成だ。虚しい。

 俺は何時も代わり映えしない仕事を続け家に帰ってはテレビやらパソコンやらゲームやらで暇を潰し時々買い物に出かけるというありきたりでだからこそつまらない人生を送っていた。


 宝くじでも当たらないかと夢見ながら男ばかりの仕事場では一切出会いの無い生活。そりゃ恋人も出来ない。


 親に仕送りしながらも、結婚はまだかとお小言を貰う日々。


 そんなありふれた人生に転機があったとすれば──それは間違いなくあの時で、同時、全てが終わった時でもあった。


 その日は土曜で仕事は休み。小腹の空いた俺は自分で何か作るのも面倒で自宅から信号を跨いだ先にあるうどん屋で少し遅めの昼食を取ろうと出かけた。


 財布をズボンのポッケに仕舞い玄関に鍵を掛けて部屋を出る。


 俺の家はアパートの二階で少し古い建物だけれどエアコンも冷蔵庫もあるし一人暮らしするには十分な設備が整っている。


 街道を歩き十字路で信号を待つ事数分。青になったのを確認し両サイドを確認してから横断歩道を渡って行く。


 この信号を渡ればすぐにうどん屋だ。価格は釜揚げ二百五十円。揚げ物とかも置いているので適当に出来たてのでもあれば一緒に買おうと考えながら歩いていると、耳を劈くような爆発音が聞こえて来た。


 その場にいる全ての人が音の出どころである遥か上空を見上げる。


 真っ赤な炎が広がり、何かが落下して来る。


 太陽が丁度同じ位置にあってそれが何かまで理解するのに数秒掛かった。


 その数秒でそれは既にすぐそこまで迫っていた。

 真横にそれが落ちる。

大輔

は?

 飛行機の翼。

 飛行機事故。

 理解したところでもうどうしようもない。

 もう一度空を見上げた時、目の前に映るのは飛行機の金属片で。

 その日、その場にいた全ての命が、降り注いだ鉄の雨の餌食となって……死滅した。

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